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第4話 - 「変わるもの、変わらぬもの」

「よう、ウォレス。うちのせがれ、ちょっとはものになってきたかい?」

「オルドなら心配しなくても、しっかりやってますよ。今日は大活躍でしたから、きっと後で自慢話が聞けますよ」

「そいつぁ、楽しみなこった」

 すれ違い様の質問に色よい返事を受け、男は唇の端を上げた。


 男の足取りが幾分軽快になるのを、ウォレスは見逃さなかった。

 きっと祝い酒でも買って帰るに違いない。歩きながら親子の団欒(だんらん)に思いを巡らせていると、十歩と行かぬうちに、顔見知りの娘が話しかけてきた。


「あっ、ウォレスさん。巡回から戻ったんですね。ご苦労様です。出発前に言われた通り、準備できてますよ?」

 そう言って小柄な娘は、抜群の笑みを見せた。『準備中』の札を裏返し、店先に明かりを灯す。


 話しながらも作業の手が止まらないのは流石であった。彼女の存在こそが、酒場『夢幻の宵亭』の客層に若い世代が増えた最大の理由といって良いだろう。


「ありがとう。当番の連中が後で来ると思うから、よろしくな。連中が先に着くようなら俺を待たずに始めてくれて構わないよ」

「分かりました。じゃあ、皆さんにはそう伝えておきますね」

「ああ、よろしく頼むよ」

 娘が店に戻るのを確認し、ウォレスは歩みを再開した。


 街の入り口に設けられた隊舎に馬を預け、領主館に向かう途中である。


 一旦別れた隊士たちとは、酒場で合流することになっている。看板娘に言付けもしておいたし、後は勝手に始めることだろう。


 ワルアとは街に入る直前で別れており、自分の他にはウルシア、トッドの二人だけだ。


「あの男、所用があるとか言ってたが、ここに知人でもいるのか?」

「さてな。あやつのことだ。色々と忙しいのであろう。なに、時間までには戻ってくるから心配は要らぬ」

 振り向きざまに質問を浴びせると、さして興味もなさそうな返答が返ってきた。


 ワルアについて気にはなったが、そう焦らずとも必要なことは後で説明してくれるだろう。

 ウォレスは気持ちを切り替えると、歩調を落として後続の二人に並んだ。


 軒を連ねる店からは、陽気な歌声が聞こえてくる。溢れ出た灯りが、親友の横顔を照らし出した。故郷の危機を知り、急ぎ駆けつけたのだ。かなりの強行軍で帰ってきたのは疑う余地もなかったが、強気な瞳に疲労の色は見られない。


 雑踏に紛れている所為か、人目を惹いて止まぬはずの彼女に対し、積極的に声を掛けてくる者はない。こうなると、彼女の横顔に釘付けになりそうな自分がおかしいのだろうかとも思えてくる。


「どうだい? ウルシア。久々のステアは」

 張り付きそうになる視線を無理やり引き剥がし、ウォレスは街の感想を聞いてみた。


 現在、ステアの都市人口は一万人ほどだ。都市としては小規模ながらも、目抜き通りは活気に満ち溢れ、家々からは暖かい光と共に、夕食の匂いが漂い出てくる。


 一日の仕事を終え、足早に酒場を目指す男たち。物売りの声もまだしばらくは止まぬことだろう。


「……そうだな。私のいた頃と比べると、随分と賑やかになったんじゃないか?」

「そりゃ、そうですよ。なにせ五年も経ってるんですからね。全く変わってなかったら、その方が問題ですよ」

 街を観察する実姉に、トッドは大きく胸を反らした。


「別にお前が威張ることではあるまい」

「そんなことないですよ。ちゃんと街の治安維持に貢献してるんですから!」

「そうなのか?」

 ウルシアは食い下がる弟に疑わしげな視線を投げかけると、隣を歩く親友に確認を取った。


「ああ。もちろんだ。なんたってトッドは俺の右腕だからな」

「ほらっ!」

「ほぉう、あの泣き虫トッドがねぇ」

 勝ち誇るトッドに尚も疑いの眼差しを向ける。


「ちょっと、姉上! 一体いつの話をしてるんですか!?」

「なぁに、ほんの数年前のことだ」

 げんなりした様子で肩を落とすトッドに、二人の年長者は笑みをこぼした。


「勘弁して下さいよ。まったく……」

 昔を持ち出されては不利になると見たか、トッドは他の話題を探すべく辺りを見渡した。日頃の行いの賜物か、タイミング良く知り合いの姿が飛び込んでくる。


「あっ、ちょっと用事ができたんで、先に行っててもらえます? すぐ追いつくようにしますから」

 トッドは天の助けとばかりに声を上げ、二人の年長者に背を向けた。


「あっ、おいトッド!」

「……ふむ。相変わらず逃げ足の速いことだ」

 実弟は二十歩ほどの距離を置いて立ち止まると、同じ年頃の女の子に話しかけていた。


「あやつめ。久々に会った姉を捨て置いて、女子(おなご)に声を掛けるとは……」

「まあまあ。あれでいて、トッドはもてるんだよ。性格は明るいし、気さくで話しやすいからな」

 ため息を吐くウルシアに、ウォレスがフォローを入れていく。


「一つ言うておくがな、ウォレス。あやつは決して好青年などではないぞ。好青年“風”に見えるだけだ。なにせ姉をからかって面白がる不届き者だからな。あれは」


 もしこの台詞をトッドが聞いていれば『弟の心、姉知らず』とでも心中で独語したことだろう。


 トッドからしてみればただ逃げ出した訳ではなく、姉とウォレスを二人にしてやろうと気を遣ったという側面もあったのだが、どうやら気づいては貰えなかったようだ。


 力説する彼女に、ウォレスは思わず吹き出してしまった。


「何を笑っておるのだ? 私は別におかしなことなど言うておらぬぞ」

「……いや、だってさ。そんなの力説するようなことじゃないだろう?」

「そ、それはそうかも知れぬが、笑うことはなかろう! まったく失礼なやつめ」

 そう言って、ウルシアは唇を尖らせた。


 そんな二人の声を聞きつけたか、背後から近づく声があった。


「もしかして……ウルシアかい?」

 振り向いたウルシアの肩を掴み、赤毛の女は喜色に満ちた声を上げた。


「やっぱりそうだ! アンタいつ帰ってきたんだい?」

 抱擁を交わし、全身をくまなく眺めやる。そして再びの抱擁。


 突然の熱い歓迎に圧倒され、ウルシアは目を白黒させた。


「ラ、ライラ殿!? 落ち着かれよ。私は今……」

「“殿”ってアンタ。相変わらずだねぇ。そんな堅苦しくしなさんな。年だって五つしか違わないんだからね」

「は、はぁ……」

 赤毛の女、ライラがばしばしとウルシアの背を叩く。


 つぎはぎの入った衣服に身を包む彼女だったが、豪快なその性格はウォレスをも圧倒するほどである。身なりが貧しく見えるのも、『可愛い妹に着飾らせてあげたい』という姉心から、節制に努める故であった。


「ウォレス! アンタもアンタだよ。ウルシアが帰ってきたなら、なんで私に一言いいにこないかな?」

「あ、あの……ライラ殿。私はついさっきここに到着したばかりで……」

「なんだ。そうなのかい? じゃあ、ちゃんと領主様たちにも挨拶してきなさいよ? それと、私に対して“殿”はやめなさい」

「りょ、了解した。今後は気をつけるとしよう。館にはちょうど今向かっていたところだ。そう心配せずとも……」

「俺もウルシアとは見回りの途中で会ったんだ。今ちょうど館に向かって……」

 二人は慌てたように声を揃えたが、最後までは言わせて貰えなかった。


「そうかい。そうかい」

 そう言ってライラは人の良い笑みを浮かべると、次いで腕を組み、しげしげとウルシアの顔を見つめた。


「あ、あの……私の顔に何か?」

「まあまあ、気にしなさんな」

「そう言われても……」

 困惑するウルシアは気にもとめず、ライラは目を光らせた。


「ウルシアさ、ちょいとアンタ、くるりと回ってみてくれないかい?」

「は?」

「いいから、ほら! くるっと回る!」


 ウルシアはこの強引な年長者が苦手であった。助けを求めてウォレスの方を見やるも、『逆らうな』と目配せが返ってくる。どうやら彼もこの女性が苦手らしい。


 個性的な人物と対した場合、往々にして『言うだけ(逆らうだけ)無駄』という事態が発生するものだが、この二人にとっては今が正にその状況であると思われた。


 ウルシアは甦る記憶に忌避すべき未来を予感すると、その対策を講じ始めたが、まもなくして出た結論は『不可』やら『やるだけ無駄』という無情にして嘆かわしいものであった。


「別に大したこと頼んでるわけじゃないだろう? ほれほれ、ぱぱっとおやりよ」

 悪びれぬ声に、ウルシアは抵抗の無意味さを悟った。


 ことライラとの関係に限っては、五年という歳月も大した変化をもたらさなかったようだ。


 長い黒髪が街灯の明かりに舞い踊る。


 ウォレスは通行人の一人が感嘆のため息を洩らすのを聞いた。


 一方、ウルシアは二度三度と出される指示に、仕方なしに応じていたが、人の流れが幾分緩やかになったのを感じると、周囲に目を走らせた。


 この街でウォレスを知らぬ者はなかったし、ステア名物とも言えるライラは、どこに居てもよく目立つ。そこへウルシアが加わったとなれば、人目を引くのは当然であったろう。


 行き交う人々、その瞳が三人の姿を映し出している。ウルシアはその意味を自覚した途端、顔が熱くなるのを感じた。

 気恥ずかしさを紛らわそうと、脳裏で羊の数を数え始める。


「……ふーむ。なるほどねぇ」

 ウルシアの脳裏に百匹目の羊が登場したところで、ライラはなにやら納得した様子で呟いた。


 どうやらこれで終わりらしい。ほっと胸をなで下ろすウルシアを前に、ライラは考え事を始めた。


(酒場の看板娘だけあって、うちの妹もなかなかのもんだとは思うけど、こりゃあ、流石に勝ち目はなさそうかねぇ)

 可愛い妹を思いやり、眉根を寄せる。


『猛アタックを仕掛けてとっとと物にしちまえば良かったのに』とも思ったが、今更言っても詮無いことだ。或いは、ライラ自身が強引な仲立ちでもすれば良かったのかもしれない。


 彼女はしばし悩んだ末、『結局のところ恋愛事など当人次第なのだ』との結論にいたり、妹の恋路を影ながら応援することに決めた。


「ごめん、ライラさん。ウルシアへの用事はもう済んだってことでいいかな?」

「ん? ああ、すまないね。もういいよ。気は済んだからさ。ちゃっちゃと館に顔出しといで」

 苦笑いを浮かべるウォレスに、ライラはにこやかな笑顔で応じた。


 後でウルシアから『なんでもっと早く助け船を出さないのだ!』と文句を言われそうだが、今はそれどころではない。


「じゃあ、俺たち急ぐんで……」

「また今度、時間のある時にでもゆっくり話しましょう、ライラど……ライラさん」

 二人は早口にそう告げると、飛ぶようにして立ち去った。


 遠目に見ていたトッドも、この時ばかりは同情的であった。

 ウルシアがあれやこれやと出される注文を実行していくうちに、周囲には人だかりが出来ていたのである。


「あっ、そうだ。ウルシアが帰ってきたことを皆に教えてあげなきゃね」

 解散を始めた輪の中心で、ライラはそう呟いた。


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