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第13話 - 「あの夜の会合」

 イトアニア軍一万二千に対し、千五百に過ぎぬサーディアス軍が如何にして対抗すべきか。ウルシアが帰郷したあの夜、ラースの問いに対し彼女はまず、これまでに知り得た情報を公開した。


 敵の戦力と部隊構成に始まり、指揮官の性格とこれまでの戦ぶり、部隊長たる貴族たちの情報。そしてイトアニア領内の惨状。その多くは、イェルンの活躍によってもたらされたものであった。


「――――と、これが現在までに知り得た情報だな」

「随分と詳しく調べましたね」

「規模が大幅に縮小されたとはいえ、イェルンが動いたのだ。そこいらの密偵など目ではない」

 ウルシアはラースの洩らした感嘆の声にそう応えると、ワルアの胸を叩き、信頼の笑みをこぼした。


「イェルンの実力は分かったわい。それよりも肝心の策とやらを話さんか!」

「歳だな爺様。そう慌てずとも今から話す」

 呆れた様子でため息を吐くウルシアに、ドッツの顔が紅潮する。


 年寄り扱いはドッツの最も嫌うところである。次の展開は予想済みと、ハーンが手慣れてた様子で仲裁に入る。


 スキンシップのつもりか、悪戯気質のためか、ウルシアは昔からよくこうしてドッツをからかった。毎度頭に血を上らせるドッツもドッツであったが、周囲の仲裁までを計算に入れた上で祖父をからかうのだから、ウルシアも質が悪い。


(困ったものですねぇ)

 久しぶりに見るやり取りに、ラースが苦笑する。


「先に言っておくが、此度の戦に勝ったとてイトアニアとの戦が終わるわけではない。むしろ我らはより一層の攻撃に晒されるだろう。国力の劣るサーディアスに勝ち目はない」

「なッ!? 何を言うかこの馬鹿娘! 儂らがイトアニアの小僧共なんぞに負けるわけがあるかッ!」

「少しは現実を見よ爺様。正面からまともにやり合って勝てるほど、イトアニアは甘い敵ではないぞ。兵は多く、将は強く、補給物資にも事欠かんのだからな」

 鼻息荒く捲し立てるドッツに、ウルシアはやれやれと首を振った。


「つまりマトモにはやらないって事なわけだ」

 割って入ったトッドに、ウルシアが口の端を上げる。


「その通りだ。此度の戦だけ見ても敵は八倍。真っ向から戦えば、よしんば勝てたとしても甚大な被害を被ろう。再度の侵攻に打ち勝つなど到底不可能だ」

「で、どうやって勝つつもりだウルシア?」


「一番勝率の高い策は籠城策だろうな。領内深くへと誘い込み、補給を絶つ。本来、籠城策は味方の援軍を見込める時に取る策だ。無論、同盟国も持たない我らにそんなものはない。が、今回に関して言えば強力な援軍が来るからな」

「強力な援軍?」

「冬だよ。ウォレス」


 ウルシアの言に一同が大きく頷いた。サーディアスの冬は寒い。

 雪も積もる。無理をしたところで凍死者が出るばかりで、補給を絶たれたイトアニア軍が長期にわたる対陣を行うことは不可能である。


「退却に追い込むだけなら、さほど難しくないのだ。やりようによっては、殲滅することもな。しかし、それでは今後もイトアニアに狙われ続けることになる。強国としての矜持が必ずそうさせよう。戦が長引く程、不利になると分かっているのだ。できれば今回で終わらせたい」

「それはそうだが、そう上手くいくか?」


「行かせるさ。そのためにまず、イトアニア軍には一度お帰り頂く必要がある」

「随分と簡単に言いますね姉上」

「むろん簡単ではないが、今回は運に恵まれておるようだし何とかなろう。まあ、ウォレスとワルアには頑張ってもらわねばならんがな」


「どんな悪巧みを思いついたんだ?」

「相変わらず失礼な男だ。私はいたってまじめだぞ」

 敵が可哀想だと言わんばかりのウォレスに、軍師候補の才女は不満顔を向けた。


「ニヤつきながら言っても、説得力ありませんよ姉上」

 トッドの指摘に咳払い一つすると、ウルシアは表情を改めた。


 ワルアと出会って以降、ウルシアは大陸各地の情報を、いち早く且つ正確に知ることができるようになった。それらの中でも特に気にかけていたのが、イトアニアの情報であった。


「いつかぶつかる事になるのは分かっておったからな。一度、イトアニアとクワトアの戦を観に行ったこともある」


 クワトアとは、イトアニアの東に位置する領の名である。領土の拡大に精を注いだ先代領主は、死に際に次男クロアを次期領主と定めた。拡大した領土の安定化を穏健な性格の次男に託したのである。この決定に不服を唱えた者たちがいた。長男ガースと、武闘派家臣の一団である。両者は半年に渡って争い、ガースら反対勢力の勝利で決着を見た。


 そして権力を手に入れ気を良くしたガースは、己が実力を示そうと隣国であるイトアニアに攻め入ったのである。


「当時の総指揮官は兄バルドスで、グスタフは一部隊の指揮を任されておった」


 己の武力に絶対の自信を持つグスタフは、部隊を率いては突撃を繰り返し、そしてあっさりと敵の罠に落ちた。


「阿呆か。あの男」

 高台から観戦していたウルシアは、論外とばかりに切り捨てた。


「いつものことだ」

 案内役のワルアは、表情一つ変えずに告げる。


「……それは何とも学ばぬ男だな」

 ウルシアは心底呆れた様子で呟いたが、この時、イェルンの長は異なる見解を持っていた。


 戦場に出る男たちの中には、時折、通常とは感覚の異なる者が現れる。

 あるいは生きるに当たって重要なものが欠落しているのかもしれない。

 彼らは死地に身を置くことで、その命がけのスリルを楽しむのである。

 多くは武に長けた者たちであり、グスタフもまたその一人であろうと言うのだ。


「なるほど。正直、理解に苦しむが、世の中にはそんな変わった輩もおるのだな」

 ウルシアは半ば感心し、半ば呆れた様子で呟いたものである。


 当時の様子を語り終え、周囲を見回すウルシアに『早く続きを話さんか』とばかりの視線が注がれる。


 ウルシアは、せっかちな爺様だと苦笑を洩らし、ウォレスの言うところの『悪巧み』を説明し始めた。


「馬鹿な男ゆえ、総指揮官になったくらいで行動に大きな変化は見られんだろう。まず間違いなく先陣を切って我が軍の真っ直中に突っ込んで来る……そこでウォレスの出番だ。お前にはエサになってもらう。一騎打ちを仕掛けて好敵手と認めさせてこい。ただし! 勝ってはいかんぞ」


「難しい注文だな。仮にもイトアニアを代表する猛将だぞ?」

「なに、できぬ注文はしておらぬ。まあ、どうしても自信がないというのなら、私が代わりにやるが?」

 こう言われてはウォレスも引き下がれない。


「難しいといっただけだ。できないとは言ってないぞ」

 胸を叩いて了承の意を示す。


「イトアニアからしてみれば、圧倒的優位を持って臨む戦だ。グスタフなぞに大役を任せたことからも、敵の油断の程が窺える。領主からしてそうなのだ。グスタフの認識も大差あるまい。他人の話を聞かぬ男だから、副官が(いさ)めたとて耳を貸すこともなかろう。ウォレスとの勝負に熱を上げさせれば、領内深くへ誘い込むことが出来るはずだ。まったく、頭の弱い敵は楽でよい」

 ウルシアはグスタフが聞いたらさぞ憤慨するであろう台詞をさらりと口にし、笑みをこぼした。


「この作戦において最も重要な点は、人的損害を極力少なくすることにある。サーディアスは無論、イトアニアの兵士もできる限り殺してはいかん」

「姉上、それはいくら何でも無茶が過ぎますよ!?」


「サーディアス領内で戦うのだ。地の利はこちらにある。道幅の狭い場所を選んで戦えばよい。ウォレスがグスタフと一騎打ちに及べば、後続の兵は手出しも出来ぬさ。下手に近づこうものなら命がないからの」

 作戦説明の折、ウルシアはさも見てきたかのように告げた。


「普段は狭い道なんて不便なだけなんだがなぁ」

「それも沢山あるんですからねぇ」

 複雑な思いに駆られ、一行は眉根を寄せた。


「多くの戦死者が出るような策は、例え勝てたとしても良策とは言えん。これは此度の戦で最も重要なポイントでもあるのだ」


 ウルシアは敵の被害を抑えるため、グスタフ率いる騎士隊に狙いを定めた。貴族諸子から成る騎士隊にはロクな経歴の者がいない。


 ある者は領内で婦女暴行を働き、ある者は酒に酔って通行人を斬り殺している。

 ブロス・アラニアが領主となって以降、貴族とは名ばかりの輩が増えていたのである。権力を笠に着る分、ゴロツキ連中より質が悪い。彼らの中に、今回の戦で脅威となり得る者は見当たらない。この際、きつく灸を据えてやるべきだろう。


「編成を見る限り、総指揮官であるグスタフを倒せば撤退に追い込めよう。最終段階では各部隊の指揮官は倒したいところだが、むやみに被害を拡大させぬためにも、まず第一陣を後続部隊と切り離す必要がある」


 ウルシアは第一陣の行軍速度を速め、こちらの定めた戦場に誘き寄せるための指示を出した。


「戦っては退き、退いては奇襲をかける。ウォレスとの勝負にこだわるグスタフが突出すれば、自然、第二陣以降はその行軍速度を上げねばならなくなる。全員が馬上にある第一陣と違い、第二陣以降は大半が歩兵だ。そう足の上がるものではない。足場も悪く疲労は蓄積されていくだろう。すると兵の足はますます遅れ、グスタフは苛立ちを募らせる。敵が冷静さを欠くほど、こちらの策は成功しやすくなる」


「交戦に当たっては、敵側にあまり大きな被害を与えず、慢心を助長させ敵意を煽る――と、難しい注文だとは思いませんかね。姉上?」

「泣き言は聞かん。お前とて難しいとは考えていても、不可能だとは思っていないのだろう?」

 ウルシアは口を尖らせ抗議する弟を一蹴した。


「ろくでなし共に負けて帰るなど許さんぞ! 儂の孫なら如何に厳しい戦だろうと、必ず勝利を掴んでこい!」

「若者の頑張りに期待しておるぞ」

 老齢の二人は、それぞれ異なる口調で励ました。


「自分たちは戦に出ないからって、気楽に言ってくれちゃってさぁ」

 不満顔のトッドはブツブツと文句を呟いた。


「若いもんが甘ったれるでないわッ! 若い内は苦労は買って出ろというだろう」

「儂らが安心してみていられるような戦をするのだぞ」

「さっき厳しい戦になるって言ってたじゃないですか。ホント無責任なんだから」

「ぼやくなトッド。イトアニア領主の奴隷になりたくなければ、戦うしかないのだ」

 ウルシアが諭すように言うと、トッドはため息を吐いてうな垂れた。


 重大な会議の場であるはずなのに、そうは思えぬ雰囲気が漂っているのは、果たして誰の所為であろうかと、ウォレスが小首を傾げる。


 そんな皆の様子に、ラースは思わず口元をほころばせた。

(頼もしい仲間がいるというのは、幸せなことなのでしょうね)

 陣頭に立つことが叶わぬ以上、皆を信頼するほかないのだ。


「そして後続が疲弊したところで、第一陣を誘い出し、あらかじめ仕掛けておいた罠でグスタフ率いる第一陣のみを殲滅する。と、いうことですか。勝算はどれくらいあると見ているんですか? ウルシア」

 ラースは、逸れ始めた話を本題に戻した。


「そうだな。まあ、八割はあるだろう」

「十割だ」

 ウルシアの見解を、静かな声音が訂正した。


「まさか、私より強気な発言が出るとは思わなかったぞ。戦に絶対はないと思うがどうだ。ワルア?」

「敵を知り、己を知る――お前が立てた策だ。自信を持て」

「自信があるから八割と言うたのだぞ?」

 怪訝な表情を返すウルシアであったが、同時にその瞳は好奇の光りを宿してもいた。


 いつも慎重なワルアが、こうも強気に出るのが珍しかったのだ。


「いざとなれば、どんな手を使ってでも我らイェルンが、サーディアスを優位に立たせてみせる」

「ほっほっ。頼もしい限りだな」

 ハーンは鋭利な気配を放つワルアの肩を叩いた。


 驚くワルアを尻目に、室内にはハーンの笑い声が響いたのだった。

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