腐っていたのはあなたの鑑定眼だったようですね
「エメット、お前を鑑定してやるよ。お前の価値は……コイン一枚だな。アッハッハッハ!」
下品に笑う夫ダーセルに私は辟易していた。
結婚して一年、夫は豹変した。
かつての私は子爵令嬢で、夫からの情熱的なアプローチで始まったこの結婚だけど、私は最初から乗り気ではなかった。
なぜなら、最初から夫の本性がなんとなく分かっていたから。
だけど、ダーセルのグティス家は王家とも繋がりの深い伯爵家だ。だから家のために結婚を受け入れた。
ダーセルが明確に変わったのは、家業でもある『王家鑑定人』を継いでからだ。
これはようするに、王家に対して「この品は本物ですよ」「価値ある物ですよ」というお墨付きをする役職だ。
王家鑑定人がいるからこそ、王家はさまざまな芸術品を安全に購入することができる。
「この冠はよいものですので、購入されるべきです」
「これは粗悪品ですね。買わない方がよいでしょう」
「これは間違いなく、ミューレ作の絵画ですね」
こうした仕事をしていれば、まるで自分が王家の財布の紐を握っているような感覚になり、ある程度尊大になるのも無理はない。
だけど、ダーセルは明らかに行きすぎていた。
私に対しても、どんどん態度が悪化していく。
私への興味をなくし、夜遊びすることが多くなり、深夜に御者が王都の繁華街まで迎えに行くことも常になった。
甘い匂いを携えて帰宅したこともあり、浮気をしているのは明らかだ。
「コイン一枚女、私と結婚できたことに感謝しろよ! 本来ならワゴンセールされてたような女なんだからな!」
それなのに、こんなことを言われても、私は立場上逆らうこともできず、見えないところで歯を食いしばるしかなかった。
それに、夫には不審な点があった。
夫は私を仕事場には入れてくれないけど、ドアがわずかに開いており、たまたま鑑定しているところを見たことがあった。
夫はあるティアラを本物だと鑑定し、鑑定書を書いている。
しかし、そのティアラの扱いが雑だったのだ。まるで投げ捨てるように扱う。
鑑定人としてはあるまじき行為だ。
邸宅に商人がやってきて、夫と打ち合わせをすることもあった。
その商人は笑顔を張りつけていたが、目はまるで笑っていない。少なくとも私の見立てでは、あまりいい印象を受けなかった。
ある日私は、思い切ってこれらの点を指摘してみた。
すると、夫は顔を真っ赤にして激怒した。
「私が鑑定品を粗末に扱った? 胡散臭い商人と会っている? 言いがかりもはなはだしい!」
私としては「あなた仕事が雑じゃない?」「変な人に騙されてない?」程度の意味合いで言ったのだが、ここまで怒るとは予想外だった。
「お前の目は腐ってる! もういい、離婚だ!」
いきなり別れ話になり、有無を言わさず離婚されてしまった。
一方的な話だったにもかかわらず、私が夫を侮辱したような話にされてしまい、慰謝料すら出ることはなかった。
こうして、およそ一年間の結婚生活は幕を閉じた。
***
離婚し、身軽になった私は、肩に触れるほどの栗色の髪をなびかせ、ベージュのブラウス姿で王都郊外を歩いていた。
中心地と違い、建物や人通りはまばらで、寂しさを感じる反面どこか落ち着く。
ふと、他とは異質な雰囲気を纏っている家屋を見つけた。
そっと覗いてみる。これは……工房だ。
目をやると、中から青年が出てきた。
手に壺を持っており、エプロン姿なので、工房の主だろうか。
長身で逞しい体躯、やや癖のある金髪、力強い碧眼、野性的でありながら確かな気品も感じられる男性だった。
すると――
「こんなものっ!」
壺を割ろうとする。
私は咄嗟に叫んだ。
「待ってください!」
「……! ん?」
「その壺を割るのはやめてください!」
いきなり現れた私に、青年は怪訝な顔を向ける。
「私も多少は芸術品に触れたことがある身の上でして、つい口出しをしてしまいました」
かつての夫を思い出しつつ、青年が持っている壺に目をやる。
「その壺、とてもいいものだと思います」
「とてもいいもの? どこがだい?」
青年は首を傾げる。
私は改めて青年の壺を見る。
空色の丸っこい壺。一見形が整っているようでいて、よく見てみるとかすかに歪みがある。だが、その歪みがなんともいえない“味”を醸し出していた。
私は抱いた感想をそのまま伝える。
「……なら、割るのはやめておこう」
青年の顔立ちが穏やかになる。
「私はフィグルスという。君は?」
「私はエメット。エメット・アリエと申します」
アリエとは私の生家。自己紹介しながら、自分が離婚した身だということをしみじみ実感する。
「エメット、よかったら工房を覗いていくかい?」
「ぜひ」
こうして誘いを受けても、気兼ねすることはない。
独り身の身軽さというものを、私は肌で感じた。
***
工房の中はこざっぱりしていて、棚にはいくつもの“作品”が並んでいた。
こればかりは夫のおかげというべきか、私も多少審美眼には自信がある。
壺、皿、ティーポットにティーカップ。いずれも高いレベルの物といえた。
「あなたは陶芸家なんですか?」
フィグルスさんは首を横に振った。
「陶芸は副業……いや、趣味というべきか」
曖昧ではあるけど、フィグルスさんにはなにか“本業”があるということは分かった。
とはいえ、あまり話したくないと察することができるので、「本業は?」とは聞かなかった。
だから私は陶芸に関して話題を振る。
「こうして拝見すると、フィグルスさんはオリエ様式がお好みのようですね」
「よく分かるね。その通り、私の陶芸はだいたいがオリエ様式だ。あの質実剛健とした中に繊細な美があるところが好きでね」
「分かります! 私も美術館でオリエ様式の壺を見ると……」
ここぞとばかりに、ダーセルとの付き合いで得た知識を総動員する。
彼との関係が悪化するまでは、美術芸術に関するうんちくを散々聞かされたものだ。
大いに話は弾んだ。決して楽しいとはいえなかったダーセルとの結婚生活だけど、全くの無駄な時間ではなかったと分かって嬉しかった。
気づいたら、窓からオレンジ色の光が差し込んでいた。
そろそろ帰らねばならない。
だけど、私の口からは自然と言葉が出た。
「また来てもよろしいですか?」
「もちろんだとも」
夫人であればこんな振る舞いは許されない。
独り身の身軽さというものを改めて噛み締める思いだった。
***
フィグルスさんが壺を作るところを見せてくれるという。
ろくろに粘土を乗せ、回転させ、壺の形を整えていく。
フィグルスさんは陶芸を副業や趣味といったが、私の目からすると、技術は十分プロの陶芸家といっていいレベルである。よほど真剣に打ち込んでいるのだろう。
ただし――
「いかがだったかな。私の仕事ぶりは?」
「とても素晴らしかったです。ただの塊だった粘土が壺になっていく様子はまるで魔法のようでした」
「ありがとう」
「ただし、あなたを見ていると“迷い”があるのかな、と思いました。だから、壺にもほんのかすかな歪みが生まれます。それが味になることもあるのでしょうが、作品の安定性には欠けてしまうと思います」
私はあえて正直に言った。
これがダーセルならば「女如きが知った風な口を叩くな」と怒るところだろうが、この人はそうではないと確信していたから。
「そうだ、その通りだ。私には迷いがある」
「……」
「私はある貴族の長男でね。我が家には重要な家業があり、このままいけばその家業も私が継ぐことになるのだが、そのことについて迷っているんだ。こうして陶芸に打ち込んでいれば答えが出ると思ったのだが、なかなか難しいものだね」
フィグルスさんが断片的にだけど、身の上を語ってくれた。
貴族か、豊かな家の出というのは察しがついていた。でなければ、専門家でもないのに自分の工房を持つことなんてできないからだ。
そして、家業。かつての夫ダーセルも王家鑑定人という家業を継いだが、フィグルスさんは迷っているようだ。
ダーセルは家業を継ぎ、分かりやすく増長した。私はこの人にはそうなって欲しくない。
「じっくり迷ってください。時間が無限にあるわけではないけれど、しっかり迷った末の結論であれば、家業であれ、陶芸であれ、あなたは一角の人物になれる。私、人を見る目には自信があるんです」
ダーセルの本性をなんとなく見抜いていたように、私はフィグルスさんの本性を見抜いていた。そんな私にできる精一杯のアドバイスだった。
「……ありがとう。じっくり迷うとしよう」
ここからなんとなく、私とフィグルスさんの交際がスタートした。
といっても内容はいたって平穏なものだ。
美術についておしゃべりしたり、作品作りを見学したり、私もやらせてもらったことがあったけど本当に難しかった。
「お皿を作ったはずが、なんですかね、これ?」
「あえて形容するならアメーバ……とか?」
「ひどい!」
「アハハ、ごめん」
失敗作を肴に笑い合うのも楽しい。
時には一緒に市場に店を出して、作品の数々を売ることもあった。
フィグルスさんの作品は飛ぶように売れる。
「これでも、陶芸界ではちょっと名を知られるようになってきたからね」
こう言って歯を見せて笑うフィグルスさんは、とても爽やかだった。
ちなみに、私の“アメーバ”も出品していたのだけど、明らかに変人っぽい人が買っていった。
「素晴らしい……。こういった個性的で独創的で前衛的で破滅的なお皿にはなかなか出会えるものではありませんよ」
全く褒められてる気がしなかったけど、売れたことは嬉しかった。
***
工房で、私はフィグルスさんに尋ねる。
「陶芸家として、なにか夢とか目標ってあるんですか?」
フィグルスさんは答えてくれた。
「いずれは王家に品物を献上してみたいね」
「王家……」
胸がズキリと痛む。
「その場合、王家鑑定人に私の品を見てもらうことになる。そのお眼鏡にかなえばいいんだが……」
王家鑑定人――瞬時に、私の中であの男の顔と声がよみがえった。
『エメット、お前を鑑定してやるよ。お前の価値は……コイン一枚だな』
『コイン一枚女、私と結婚できたことに感謝しろよ! 本来ならワゴンセールされてたような女なんだからな!』
『お前の目は腐ってる! もういい、離婚だ!』
猛烈な吐き気を催す。
心の奥底に閉じ込めていた闇が一気に噴出するような感覚。
私がダーセルから受けた心的外傷は自分が思っている以上に深刻だと分かり、それが悔しかった。
心の平衡を取り戻すのに、十五分はかかった。
「……落ち着いた?」
「……はい」
こんなことになってしまった以上、話さないわけにはいかない。
私は離婚した身であること、かつての夫ダーセルから受けた仕打ち、そして離婚の理由――全て打ち明けた。
「臭うな」
「え?」
「君に人を見る目があるように、私にもある人間を見抜くことに長けている。それは……“犯罪者”だ」
フィグルスさんの目が今までとは別人のような鋭さを帯びた。
「さっそく調査しよう。心配いらない、すぐに終わる。君を傷つけた男は必ずや報いを受けることになるだろう。我がラファーゼ家の名誉に懸けて」
ラファーゼ家……!
私はこの瞬間、フィグルスさん――いえ、フィグルス様の正体を悟ることができた。
***
後日の昼下がり、王宮の謁見の間。
玉座には陛下が座り、その横には礼服姿のフィグルス様がおり、周囲には兵士が並んでいる。
私は謁見の間内のカーテンに隠れ、様子を見守る。
そこにやってきたのは――ダーセルと今の妻ゼナーレだ。
ダーセルは茶髪を五、五に分けた髪型。端正な顔立ち。ただし、少し肥えたようにも思える。贅沢三昧しているのだろう。
ゼナーレも派手な見た目をしている。男爵家の出とのことだが、夫とともに散財していることが窺える。
「陛下、王家鑑定人ダーセル・グティス、参上いたしました」
「わたくしは妻のゼナーレ・グティスと申します」
陛下が告げる。
「うむ……実は、おぬしの鑑定眼を疑う声が余の元に届いてな」
「……え?」
「無論、下らぬ中傷の類だとは思うが、今一度おぬしの力をテストしたいと思い、ここに呼んだ。悪く思わないでもらいたい」
さらに――
「立会人としてここにラファーゼ家の子息フィグルスに来てもらった。これがどういう意味か、おぬしには分かるだろう」
「は、はい……」
ダーセルの顔が分かりやすく青ざめる。
貴族で『ラファーゼ家』という家名の持つ意味を知らない者はいない。
使用人によって台車が運ばれてくる。そこには壺が置いてあった。
灰色で、まだら模様のある、美しい壺である。
「これは“トルベの壺”と呼ばれるものだ」
「もちろん存じております」
すでに王家が所有しているもので、国宝級のお宝というのは言うまでもない。
「そして、ここにもう一つ“トルベの壺”がある」
「……え」
もう一つ、“トルベの壺”が運ばれてきた。
遠目では二つの壺は、全く同じに見える。
「おぬしには“本物の壺”を見抜いてもらいたい」
「……!」
分かりやすく青ざめた。これで二度目。
「主人であれば、この程度わけありませんわ!」
ゼナーレが助け舟のつもりで口にしたであろう言葉に、ダーセルの顔が歪む。
きっと「余計なことを言いやがって」とでも思っているに違いない。
ダーセルが二つの壺を見比べる。というより、目が泳いでいる。
「触ってもよろしいでしょうか……?」
「もちろんだ」
ダーセルが二つの壺を触り、持ち上げ、凝視する。
その手つきは緊張を差し引いてもたどたどしく、とても熟練の鑑定人とは思えない。
「こんなの楽勝よねえ?」
「お前は……黙ってろ……!」
甘い声を出す妻に、ダーセルは怒りと焦りを内包した言葉を浴びせる。
一分、二分、時間が過ぎていく。
陛下の横にいるフィグルス様が、冷たい眼差しで針のような言葉を投げる。
「陛下はお忙しい。早いところ頼むぞ」
「は、はい……!」
しかし、ダーセルの目が明るみを帯びる。正解を見つけた、という顔になる。
そして、片方の壺を持ち上げる。
「こちらです! こちらが本物のトルベの壺です!」
ダーセルの顔は自信に満ちていたが、陛下は静かに言った。
「それは偽物だ」
「え……」
すると、ダーセルはすぐさまもう片方の壺を手に取る。
「――し、失礼しました! 本物はこちらですよね! なにしろ、この壺の裏側にあるへこみこそが、本物であるなによりの証……!」
しかし、陛下はさらに静かに、冷たい声で言い放った。
「そちらも偽物だ」
「へ……?」
フィグルス様がダーセルに近づき、種明かしをする。
「このトルベの壺は、どちらも私が作ったものだ。私も多少陶芸をかじっているものでね」
ダーセルは目を見開き、分かりやすく青ざめる。これで三度目。
「お前のことはすでに調べがついている。商人と癒着し、粗悪な品に『本物』のお墨付きをする鑑定書を書き、その代わり商人からは賄賂を手に入れる。こんなことを繰り返し、相当の額を懐に収めていたようだな」
フィグルス様の言葉は核心を突いており、ダーセルはなにも言い返せない。
「このことを教えてくれたのはある女性だったよ。入ってきてくれ」
ようやく私の出番。私はカーテンの裏側からしずしずと登場した。
「エ、エメット……!」
「お久しぶりです。ダーセル様」
私がにこりと笑うと、ダーセルは分かりやすく青ざめた。ついに四度目。
「私はあなたと結婚していた時、鑑定中、高価であるはずの品を乱暴に扱っているところを目撃しました。あれは品物に“価値がないこと”を知っていたからですよね。そして、時折会っていた胡散臭い商人、あれはあなたと癒着していた商人だった。私がこのことに気づきつつあったから、あなたは慌てて離婚したんです」
ダーセルは小刻みに震えている。
「このことをフィグルス様にお話ししたら、すぐにあなたが臭うとおっしゃい、調査をしたら、次々に証拠が出てきました。このことは陛下にすぐさま報告しました」
バトンを受けるように、フィグルス様が言葉を続ける。
「しかし、この時彼女が言った。『ダーセルの鑑定眼をテストし、もしそれをクリアできたら、王家鑑定人の解任ぐらいで済ませられないか』と」
陛下がうなずく。
「余はそれに賛成し、おぬしに最後のチャンスを与えた。先ほどの『“本物の壺”を見抜いてもらいたい』に対し、もし『どちらも本物ではない』と見抜けたなら、鑑定眼だけは評価することとし、偽物や粗悪品に鑑定書をつけた罪は問わぬ、と……。が、結果は実にお粗末なものだった」
ダーセルは見抜けなかったばかりか、あからさまなハズレとして用意した壺を「この壺の裏側にあるへこみこそが、本物であるなによりの証」とまで言ってしまった。
ただ見抜けなかっただけの方がどれだけマシだったことだろう。
先ほどの手つきといい、ダーセルは長い間まともな鑑定をしていなかったに違いない。かつて私に美術のうんちくを披露してくれた在りし日の彼はもういない。
鑑定眼のテストを申し出たのは、別に温情をかけたわけじゃない。最初からこうなることは分かり切っていた。
だから、私はダーセルをまっすぐ見据え、言ってやった。
「離婚する時、あなたは私の目が腐っていると言ったけど、腐っていたのはあなたの鑑定眼だったようですね」
これを聞いたダーセルは私を睨みつけ、偽のトルベの壺を持ち、私を殴りつけようとした。
が、フィグルス様はこれを完全に読んでおり、あっさり床に取り押さえる。
「あぐぅ……!」
「ダーセル・グティス。執行官の権限によりて、今この場で貴様を逮捕する」
執行官――自身の裁量で犯罪を捜査し、逮捕する権限を有する強大な官職。歴史上、王家の人間が執行官に裁かれた例すらある。
ラファーゼ公爵家の人間は代々執行官を務めており、悪党の中にはラファーゼ家の名を聞いただけで震えを起こす者もいるとされる。
フィグルス様もつい先日、家督を継ぎ、正式に執行官についたばかりであった。
「わ、私は知らないわ! 全部夫がやったことよ!」
妻ゼナーレは逃げようとしたが、すぐさま兵士たちに囲まれた。
陛下は神妙な面持ちで「終わったようだな」とつぶやき、私とフィグルス様は「はい」と答える。
取り押さえられているダーセルの顔面は、絶望のあまり、もはや青を通り越して白に染まっていた。
***
フィグルス様の迷い――それは執行官を継ぐかということであった。
能力的には言うことなしだったが、フィグルス様は「果たして自分に悪を裁く重責を背負えるか」という迷いがあった。
お父上もそれを見抜いており、
『もし、迷いがあるなら執行官は継がず、別の道を歩むがよい。心に迷いがあって務まる職ではない』
と言ったという。
その迷いは作る陶器に表れるほどだった。
だが、私からダーセルの情報を聞いたフィグルス様の目には「悪を放置しておけない」という執行官としての光が宿っていた。
「どうやら私は犯罪者を見過ごせる性分ではないようだ」
こうしてフィグルス様はお父上やご家族に激励されつつ、執行官の地位を継いだ。
その表情に、もはや迷いはなかった。
これから先、王国にはびこる犯罪者たちはさらに震える日々を過ごすことになるだろう。
その先駆けとなったダーセルは王家への重大な背信者と見なされ、完成まで百年かかるとされる城壁の労役送りとなり、王家に多くの偽物を購入させてしまったグティス家もまた没落の一途をたどることとなる。
妻ゼナーレも、ダーセルの不正を知りつつ協力していたことが明らかになり、牢獄へ。生家も大きく評判を落とした。
ダーセルと付き合いのあった商人たちも根こそぎ逮捕されることとなった。
王家鑑定人の後任には、信頼のおける貴族が選ばれることとなった。
――後日、私たちは今回の事件解決への賞賛という名目で、王宮に招かれた。
陛下はさっそく私たちに笑いかける。
「おぬしたち、婚約したそうだな」
フィグルス様が答える。
「はい、エメットは私の迷いを断ち切ってくれた人ですから。父も祝福してくださいました」
私も笑顔で問いに応じる。
「これからはフィグルス様の伴侶として、陛下に仕えます」
陛下が優しい面差しでうなずく。
「おぬしらは二人とも見抜く目に長けた者同士だ。きっと上手くやっていけることだろう。どうか、王国の行く末もしっかり見守って欲しい」
もちろん、そのつもりだ。前を見据え、未来を見据え、フィグルス様とともに歩んでいきたい。
***
私は執行官フィグルス・ラファーゼに嫁ぎ、公爵夫人となった。
夫が公爵家の柱であるなら、私はいわば看板。相応の振る舞いを求められるし、多忙ではあるけど、充実した日々を送るようになる。
フィグルス様は執行官としてますます活躍し、先日は大規模な汚職事件を鮮やかな手並みで解決してみせた。
ちなみに、フィグルス様は結婚してからというもの、陶芸家としてもますます名が売れている。
迷いがなくなったことで作品にキレと安定感が生まれ、元々高水準だった彼の腕前は、更なる高みに達している。
今や陶芸家としての収入が、執行官としての収入を上回る勢いだ。
本人が「どっちが私の本業か分からなくなるよ」と冗談を飛ばした時は笑ってしまった。
そのためか、かつてフィグルス様が割ろうとして、私が止めた壺には、私たち夫婦のドラマ性も手伝って『決して割れぬ愛』という名がつけられ、破格の値段がついている。
しかし、私に手放す気はなく、今も手元に置いてある。
フィグルス様は苦笑いする。
「その壺、売ってしまえばいいのに。もちろん、売れたらそのお金は君の物にしていいからさ」
「いいえ、絶対売らないわ!」
私はあの日、私たちを引き合わせてくれた空色の丸い壺をぎゅっと抱きしめた。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




