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第8話:ダンジョン管理システム(妖精)の顕現

挿絵(By みてみん)


 極上の温泉でリフレッシュした翌朝。

 私はかつてないほど爽快な気分で目を覚ました。

 肌は若々しく張りを取り戻し、思考はクリアだ。ブラック企業時代の慢性的な倦怠感が嘘のようである。


「さて、今日の業務タスクは温室の設計だな」


 私はコーヒーを片手に、いつものように農場へ向かった。

 だが、その日の第1階層は、いつもと様子が違っていた。


 スライムたちが作業を止め、一箇所に固まってプルプルと震えている。

 タロサも警戒モードに入り、赤いアイセンサーを明滅させていた。

 その視線の先。

 トマト畑の中央に、それは「浮いて」いた。


「……ホログラムか?」


 そこにいたのは、手のひらサイズの少女だった。

 透き通るような羽、発光する金髪、そしてフリルのついたドレス。

 ファンタジー映画に出てくる妖精そのものだが、その表情は憤怒に歪んでいた。


『ちょっと! そこの人間! 聞こえてるの!?』


 彼女は私を見つけるなり、頬を膨らませて飛んできた。

 目の前で急停止し、腰に手を当てて仁王立ち(空中だが)する。


『私の神聖なダンジョンで、勝手に何してるのよ! ここを何だと思ってるの! ここは人類の脅威、深淵なる魔宮なのよ!?』


 キンキンと高い声が頭に響く。

 私は眉をひそめ、冷静に分析した。

 音声出力機能あり。自律思考型。そして、このダンジョンの管理者権限アドミニストレータを主張する態度。


「君は、ここのOSオペレーティング・システムか?」


『オーエス? 何それ! 私はこのダンジョンの核、ダンジョン・コアの化身よ! あんたが昨日、温泉なんて掘って魔力を充満させたせいで、予定より早く目が覚めちゃったじゃない!』


 なるほど。

 昨日の温泉掘削が、システムの再起動トリガーを引いてしまったらしい。

 つまり彼女は、私が勝手に改造したこの「サーバー」の正規管理者というわけだ。

 これは面倒なことになった。

 不法占拠で訴えられるか、あるいはアカウント停止(ダンジョン追放)か。


『だいたいねぇ、トマトって何よ! 普通はもっとこう、スケルトンとかゾンビとか配置するでしょ!? こんなのダンジョンの美学に反するわ! 今すぐ出ていって……』


「まあ、落ち着け」


 私はポケットから、風呂上がりに飲み残していた「コーヒー牛乳」の小瓶を取り出した。

 そして、蓋を開けて彼女の鼻先に差し出した。


『……ん? な、何よこの黒い液体。毒? 私に貢物をして許されようって魂胆……』


 彼女の鼻がヒクヒクと動く。

 砂糖とミルク、そしてコーヒーの芳醇な香り。

 ダンジョン内には存在しない、文明の香りだ。


『……い、一応、毒見だけしてあげるわ』


 彼女は恐る恐る、瓶の縁に口をつけた。

 ごくり。


『…………ッ!!』


 カッ! と彼女の目が見開かれた。

 背中の羽がパタパタと高速で羽ばたき、体からキラキラしたパーティクルが噴き出す。


『な、何これぇぇぇぇ! あまーい! ほろ苦ーい! コクが深ーい!! 美味しいぃぃぃ!!』


 彼女は小瓶を抱きかかえ、一気に飲み干した。

 そして、うっとりとした表情で頬を染める。


『はぁ……信じられない。地上にはこんな「神の飲み物」があるのね……』


「気に入ったか? なら、これもどうだ」


 私は続けて、足元のカゴから採れたての『完熟魔力トマト』を一つ放り投げた。

 彼女はそれを空中でキャッチし、ガブリと齧り付く。


『んんーっ! これまた濃厚な魔力! 私のコアが震えるわ! ねえ、これあんたが作ったの!?』


「ああ。私が設計し、最適化した生産ラインだ」


『天才ね! あんた、天才ダンジョンマスターだわ!』


 彼女の態度は180度変わっていた。

 私の周りをクルクルと飛び回り、キラキラした目で尊敬の眼差しを向けてくる。

 ちょろい。

 セキュリティレベルが低いにも程がある。

 だが、話のわかる管理者で助かった。


『決めた! 私、あんたと契約してあげる! 今日から私が、この農場の管理AIになってあげるわ!』


「ほう。それは助かる」


 願ってもない申し出だ。

 私は畑仕事に専念したい。ダンジョンの魔力調整や、細かなシステム管理を任せられるなら、それに越したことはない。


「では採用だ。役職は『広報兼システム管理者』とする。給与はトマト食べ放題と、週一回のコーヒー牛乳支給でどうだ?」


『契約成立! よろしくね、主様マスター!』


 彼女は嬉しそうに私の肩に着地した。

 こうして、私の孤独な農場に、賑やかな同居人が増えた。


 その時、彼女が私の持っていたタブレットを覗き込んだ。


『あら? 主様、この莫大なデータは何?』


 彼女が指差したのは、私がミュートしていた「配信アプリ」の画面だ。

 そこには相変わらず、滝のようなコメントと、謎の数字(投げ銭)が表示されていた。


「ああ、それはエラーログだ。バグで文字化けしていてな。鬱陶しいから無視している」


『エラーログ?』


 彼女は不思議そうな顔をして、小さな手を画面にかざした。


『……違うわよ、主様。これ、「信仰心リソース」よ』


「リソース?」


『ええ。外の世界の人間たちが、主様に送っている「祈り」の結晶だわ。これだけの量があれば、ダンジョンをあと3階層は拡張できるし、新しい魔物(従業員)だって召喚し放題よ!』


「……なんだと?」


 私は思わず足を止めた。

 この迷惑な通知の嵐が、資源リソース

 つまり、これはバグではなく……『予算』だったということか?


『すごいわ主様! これなら、夢の「全自動巨大農園要塞」が作れるわ! 温泉も拡張しましょう! サウナも作りましょう!』


 はしゃぐ妖精。

 私は呆然とタブレットを見つめた。

 画面には『¥1,000,000』という文字列。

 これが全て、私の農場の拡張予算になるというのか。


「……フッ」


 自然と笑みがこぼれた。

 予算があるプロジェクト。納期のない開発。優秀なスタッフ(スライム、ゴーレム、妖精)。

 これ以上の環境が、世界にあるだろうか。


「よし。やるぞ、コアちゃん(仮)」


『コアちゃん言うな! ……まあいいわ、その名前で登録してあげる』


「プロジェクト・フェーズ2へ移行だ。目標、世界一快適な『ホワイト・ダンジョン』の構築」


 私は昇り始めた朝日を見上げた。

 実家の裏山から始まった私の第二の人生は、どうやら私が思っている以上に、壮大なものになりそうだ。


 ――こうして、元社畜のシステムエンジニアと、承認欲求強めのポンコツ妖精、そして忠実な魔物たちによる『裏山農協』の伝説が、幕を開けたのである。


(第1章 完)


第2章へつづく

【第2部予告】過疎の村に「ダンジョン産直・道の駅」オープン!


~ブラック企業の元上司が「権利」を主張してきましたが、ホワイト待遇のモンスター社員たちが激怒したようです~


無自覚配信で世界を騒がせたケンジの次なるミッションは、「限界集落の村おこし」!?

幼馴染の村長に泣きつかれ、ダンジョン入り口に直売所**『道の駅・アンダーグラウンド』**を開設!

店頭に並ぶのは、常識外れのラインナップ。


「HP全回復ポーション大根」

「S級美肌スライムゼリー」


その異常な品質は瞬く間に噂となり、寂れた村に長蛇の列を作る大観光ブームが到来!

順風満帆なスローライフ……かと思いきや、その成功を嗅ぎつけた**「過去の悪夢」**が襲来する。


「そのダンジョン技術の所有権は会社にある! 利益をよこせ!」


現れたのは、かつてケンジを過労死寸前まで追い込んだブラック企業の元上司。

理不尽な言いがかりに溜め息をつくケンジ。

だが、彼が動くよりも早く――**「最高のホワイト職場」**を愛するダンジョンの従業員モンスターたちがブチ切れた!


『我が主(CEO)の安眠を妨げる者は、排除します』


事務処理特化ゴーストによる**「完全法的論破」!

警備ゴーレムによる「物理的排除」!


さらに、お忍びで来店していた「国民的アイドル探索者」**までもが味方につき……?

最強の農家が、最強の「ホワイト企業」を作り上げ、ブラックな過去と決別する!

痛快・経営&防衛譚、開幕!


【第2部】過疎の村に「ダンジョン産直・道の駅」オープン!

――その道の駅、国家予算クラスの野菜につき。


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