第7話:ダンジョン温泉とコーヒー牛乳(福利厚生の充実)
害虫とバグ(迷惑配信者)を排除し、農場のセキュリティは盤石となった。
システムが安定稼働期に入ると、管理者(私)が次に考えるべきは何か。
そう、『福利厚生』の充実である。
私はシャベルを片手に、ダンジョンの第2階層へ降りていた。
第1階層は農地として最適化されているが、この下の階層はまだ岩盤がむき出しの荒野だ。
だが、事前の地質調査(ソナー探索)により、ここには有力なリソースが眠っていることが判明している。
「タロサ、掘削開始だ。座標X:30、Y:120。深度5メートル」
『御意』
タロサが右腕のパイルバンカーを唸らせる。
ガガガガガッ!!
激しい振動と共に、硬い岩盤が豆腐のように砕かれていく。
私は日本人のDNAに従い、こう結論づけていた。
「スローライフには、風呂が必要だ」と。
実家のユニットバスは狭いし、足も伸ばせない。
しかし、ここは活火山帯の近く。そしてダンジョンという高エネルギー空間。
地熱と地下水脈があれば、必然的にアレがあるはずなのだ。
――プシューーーッ!!
掘削開始から十分後。
タロサが杭を引き抜くと同時に、白濁した熱湯が勢いよく噴き出した。
硫黄の香りと、濃厚な魔力の気配。
「ビンゴだ。源泉かけ流し」
私はガッツポーズをした。
湯温は約42度。加水の必要なし。
成分分析(鑑定)……『重曹泉・魔素含有量SS』。
美肌効果、疲労回復、神経痛、そしてMP(精神力)の即時回復。
完璧だ。これぞ私が求めていたリカバリー・システムだ。
「よし、建造するぞ」
私は即座に周辺の岩を切り出し、浴槽の作成に取り掛かった。
タロサが岩を運び、スライムたちが隙間を埋めるパテ役を果たす。
私が指先で『最適化』コードを走らせ、岩肌を滑らかに研磨する。
一時間後。
そこには、高級旅館も裸足で逃げ出すような、野趣あふれる『岩風呂』が完成していた。
湯船からは真っ白な湯気が立ち上り、天井の発光苔が幻想的な灯りとなって水面を照らしている。
「……最高かよ」
私は服を脱ぎ捨て、掛け湯をしてから、ザブンと湯船に身を沈めた。
「ふあぁぁぁぁ…………生き返る……」
思わず漏れる吐息。
全身の細胞が歓喜の声を上げている。
肩の凝りも、腰の痛みも、ブラック企業時代のトラウマも、全てがお湯の中に溶け出していくようだ。
これだ。この瞬間のために私は会社を辞めたのだ。
私は湯船の縁に置いた桶から、瓶入りのコーヒー牛乳を取り出した。
これだけは、わざわざ街のコンビニまで降りて買ってきたこだわりの品だ。
腰に手を当てて飲むのが作法だが、今は浸かっていたい。
キュッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……プハァッ!
「うまい。五臓六腑に染み渡るとはこのことか」
最高の風呂。最高のドリンク。
私は天井を仰ぎ、完全に脱力していた。
――もちろん、その間も私のタブレットは岩陰で稼働しており、この極上の入浴シーンを世界中に垂れ流していたわけだが。
◇
『Dチューブ』のコメント欄は、別の意味で沸騰していた。
【視聴者のコメント】
:風呂回きたああああああ!
:誰得だよおっさんの入浴シーンwww
:目がぁぁぁぁ!
:いや待て、あのお湯……光ってないか?
:ゲーミング風呂?
:鑑定班! 解析急げ!
:……ヤバい。あれ、ただの温泉じゃない。「霊薬」の原液だ
:は?
:意味わからん
:成分表示:MP回復速度+500%、状態異常全回復、若返り効果(特大)
:チートすぎて草
:それを……風呂にしてるだと?
:贅沢の極み
:国家予算レベルの液体に肩まで浸かってるwww
:俺の年収、その一滴以下かよ
:一滴でいいから売ってくれええええ!
:排水溝の水舐めさせて!
:おっさん、肌がツヤツヤになっていくぞ!?
:5歳くらい若返ってないか? イケオジ化してる
:無駄に美肌で草
:コーヒー牛乳飲んでる場合じゃねぇ!
:その牛乳もどうせヤバいやつだろ
視聴者たちは戦慄していた。
世界中の富豪が喉から手が出るほど欲しがる「若返りの霊薬」。
それを惜しげもなく排水溝に流しながら、スーパーで百円のコーヒー牛乳に舌鼓を打つ男。
その圧倒的な贅沢と、無自覚な浪費。
「強さ」とは、こういうことなのかもしれないと、謎の感動すら呼んでいた。
◇
「ふぅ……メンテナンス完了」
三十分ほど浸かっていただろうか。
私は湯船から上がり、タオルで体を拭いた。
なんだか体が軽い。肌も水を弾くようだ。
やはり温泉の効能は素晴らしい。血行が良くなったおかげだな。
「タロサ、スライムたちも入っていいぞ。福利厚生だ」
私が許可を出すと、待機していたスライムたちが嬉しそうに湯船に飛び込んだ。
ジュワァァァ……と彼らの体積が増え、色が鮮やかになっていく。
どうやら彼らにとっても、この湯は良いメンテナンスになるらしい。
「よし、明日はこの温泉熱を利用して、ハウス栽培の温調システムを組むか」
私は湯上がりのポカポカした体で、新しいアイデアを練り始めた。
頭が冴えている。
今の私なら、どんな複雑なコードでも一瞬で書けそうだ。
私は着替えを済ませ、鼻歌交じりに第1階層へと戻っていった。
その背後で、温泉の蒸気が凝縮し、キラキラと輝く小さな人影――妖精のようなシルエットが形成されつつあることには、まだ気づいていなかった。
(第8話へ続く)
【次回予告】第8話「ダンジョン管理システム(妖精)の顕現」
極上の温泉でリフレッシュしたケンジだったが、その高濃度の魔力蒸気が、ついに**「ダンジョンの核」**を目覚めさせてしまう!
翌朝、農場に現れたのは、半透明の羽を持つ生意気そうな美少女。
彼女こそ、このダンジョンの管理者システム、通称**「コアちゃん」**だった。
「ちょっと主様! 私のダンジョンで勝手に農業しないでくれる!?」
お怒りモードの彼女だったが、ケンジが差し出した**「風呂上がりのコーヒー牛乳」と「完熟魔力トマト」**を口にした瞬間、態度は一変!
「……ンマッ! なにこれ!」
「採用。君を『広報担当』に任命する」
チョロすぎるダンジョンの守護神が、まさかの従業員として入社!?
さらに彼女は、ケンジも知らない**「配信のコメント欄」**を可視化する能力を持っていて……?
「ねえ主様、この『スパチャ』って何? すごい量溜まってるけど」
ついに「世界からの反応」に気づく時が来るのか!?
次回、第8話「ダンジョン管理システム(妖精)の顕現」
――その妖精、承認欲求モンスターにつき。




