第6話:迷惑系配信者の襲来と撃退(セキュリティ・アップデート)
アース・ドラゴンを肥料にしてから二日。
農場のトマトは、常識外れの速度で成長していた。
茎は太く逞しく、葉はエメラルドのように輝き、実は大人の拳ほどもある深紅の宝石へと育っている。
「素晴らしい。やはり天然素材の肥料は違うな」
私はタブレットで生育データをチェックしながら、満足げに頷いた。
この農場は順調だ。
スライムによる自動耕作、ゴーレムによる物理防衛。そして、最強の肥料。
完璧なエコシステムが完成しつつある。
だが、システムというものは、運用が安定した頃にこそ外部からの攻撃を受けるものだ。
――ウゥゥゥゥゥン。
手元のタブレットが、低い警告音を鳴らした。
エリアセンサーの反応だ。
場所は第1階層の入り口。
「ん? また害獣か?」
私は画面を切り替え、監視カメラ(例のジャンク水晶)の映像を確認した。
そこに映っていたのは、モンスターではなかった。
人間だ。
それも、やたらと派手な格好をした三人組の男たち。彼らは自撮り棒を掲げ、大声で何かを叫びながら、土足で私の神聖な農場(私有地)へと踏み込んできていた。
◇
彼らの正体は、動画サイト『Dチューブ』で悪名を轟かせる迷惑系配信グループ『ギリギリ・ボーイズ』だった。
過激なドッキリや、他人の敷地への無断侵入、「やらせ」の暴き行為などで再生数を稼ぐ、いわゆる炎上系配信者だ。
彼らの今の標的は、突如としてランキング1位に躍り出た謎のチャンネル『test_stream_001』――つまり、私だった。
「ヘイヘイヘーイ! こんちはー! ギリギリ・ボーイズのリーダー、カズマでーす!」
カズマと呼ばれた金髪の男が、カメラに向かって唾を飛ばす。
「今日はね、今話題の『農家のおっさん』の化けの皮を剥ぎに来ましたよ! CGだか特撮だか知らねえけどよぉ、俺たちのリアルな突撃で全部暴いてやるからな! みんな拡散よろしくぅ!」
彼らは農場の入り口にある『私有地につき立ち入り禁止』の看板を蹴り飛ばし、ゲラゲラと笑いながら侵入を開始した。
彼らの目的は、農場を荒らし、スライムをいじめ、管理人の私を挑発して「キレる映像」を撮ることだ。
しかし、彼らは知らなかった。
このダンジョンが、元セキュリティ・エンジニアによって管理された、鉄壁の要塞であることを。
◇
「……人間か。一番厄介なバグだな」
私は休憩用の椅子に座ったまま、タブレットの画面を冷ややかな目で見つめていた。
看板を蹴ったな。器物破損だ。
それに、私の畑に土足で入ろうとしている。これは衛生管理上、看過できない。
「直接行って追い返すのも面倒だ。言葉が通じる相手には見えないしな」
私はコーヒーを一口啜り、管理コンソールを開いた。
対人用の防衛プロトコルは、まだベータ版だが実装済みだ。
致死性のトラップは法律的にマズいが、追い返す程度の「お仕置き」なら問題ないだろう。
「セキュリティレベル2へ移行。迎撃システム、起動」
私が画面上の『ENTER』をタップした瞬間。
ダンジョンの空気が変わった。
モニターの中で、先頭を歩いていた金髪の男が足を止めた。
彼の足元、美しく整地された地面が、突如として泥沼のように液状化したのだ。
「うおっ!? なんだこれ!?」
「カズマ、どうした!」
慌てる三人組。
それはただの泥ではない。私がスライムの粘液を配合して作った、特製の『とりもち沼』だ。
一度足を踏み入れれば、強力な粘着力で二度と抜け出せない。
「うわぁぁ! 靴が抜けない! っていうか沈む!」
「おい、なんか臭いぞ!?」
さらに、沼からは強烈な悪臭を放つガスが噴出し始めた。
これはダンジョン奥に生えている『スカンク草』のエキスを濃縮したものだ。害虫除けに使っているが、人間にも効果覿面らしい。
「くっせぇぇぇぇ!! なんだこれ、吐きそうだ!」
「カメラ止めろ! いや止めるな、これが証拠だ!」
パニックに陥る彼らの頭上から、次のシステムが作動する。
天井に設置していたスプリンクラー(元は水やり用)が起動。
散布されたのは水ではない。
『麻痺毒カズラ』の花粉を100倍に希釈した、即効性の痺れ薬だ。
「……あ、あれ? なんか舌が……」
「カズマ、足が、動か……」
バタッ、バタッ。
数十秒もしないうちに、三人は糸が切れた人形のように泥沼の中に倒れ込んだ。
意識はあるようだが、指一本動かせない状態だ。
泥まみれになり、悪臭に包まれ、涙目になりながらプルプルと震えている。
「ふむ。制圧完了」
私はタブレットを見て頷いた。
完璧な動作だ。
さて、あとはこの「粗大ゴミ」をどうするか。
放置しておくと肥料になってしまうが、さすがに人間をトマトの養分にするのは倫理規定に反する。
「排出しよう」
私はタロサに指令を送った。
画面の中で、待機していたタロサが出動する。
泥まみれの三人を、まるでゴミ袋でも扱うかのように無造作に掴み上げるタロサ。
そして、ダンジョンの入り口まで運ぶと――
ポイッ。
綺麗な放物線を描いて、三人はダンジョンの外へと放り出された。
二度と近づけないよう、入り口には改めて『猛獣・有毒植物あり。命の保証なし』という新しい看板データを投影しておいた。
◇
この一連の出来事は、もちろん『ギリギリ・ボーイズ』のチャンネルと、私の『test_stream_001』の両方で配信されていた。
私のチャンネルのコメント欄(私には見えていない)は、お祭り騒ぎとなっていた。
【視聴者のコメント】
:ざまぁwwwww
:メシウマwww
:セキュリティ意識高すぎだろ
:ALSOKもびっくり
:泥(物理)→毒(化学)→ロボ(物理)のコンボ強すぎ
:殺意の塊で草
:おっさん、一歩も動かずに撃退しやがった……
:魔王かな?
:まさに「アドミニストレータ(管理者)」の所業
:あの悪臭ガス、画面越しにも伝わってきそうw
:スライムが泥だらけの侵入者を汚いものを見る目で見てるの草
:汚物を見る目www
:結論:この農家に喧嘩を売ってはいけない
:生存本能が「逃げろ」と言っている
一方、『ギリギリ・ボーイズ』のチャンネルは炎上していた。
「迷惑行為」「自業自得」「ざまぁみろ」のコメントで埋め尽くされ、彼らは社会的信用と共に、配信者生命を絶たれることになった(後日、不法侵入罪で警察のお世話になったらしい)。
◇
「ふぅ。バグ取りも終わったし、仕事に戻るか」
私は空になったコーヒーカップを置き、立ち上がった。
モニターには、平和を取り戻した農場の姿が映っている。
スライムたちが、泥で汚れた地面をせっせと清掃しているのが健気だ。
「お詫びに、今日は高級魔素サプリを配給してやろう」
私は上機嫌で居住区を出た。
ネットの向こうで私が「セキュリティの神」として崇められていることも、侵入者たちの無様な姿が切り抜き動画として世界中に拡散されていることも知らずに。
私にとって彼らは、ログに残る価値すらない、ただの「処理済みスパム」に過ぎなかったのだ。
(第7話へ続く)
【次回予告】第7話「ダンジョン温泉とコーヒー牛乳」
害獣とバグ(迷惑配信者)を排除し、完全なセキュリティを確立したケンジ。
彼が次に求めたのは、労働の後の「癒やし」だった!
「日本人の心、それは風呂だ」
ダンジョン下層を掘削し、まさかの**「天然温泉」**を湧出させる!
効能:疲労回復、魔力増強、美肌効果(Sランク)。
完成した極上の露天風呂で、腰に手を当ててコーヒー牛乳を飲むおっさん。
『サービス回きたあああ!』『誰得だよwww』『いい湯だな』
癒やしの波動が視聴者を包み込む中、その温泉の効能がまたしてもとんでもない事態を引き起こす!?
次回、第7話「ダンジョン温泉とコーヒー牛乳」
――いい湯につき、長風呂注意。




