脱構築の向こうにあるもの ――デリダと「水平の持続としての意志」
序:同じ地盤から出発しながら、異なる未来へ向かう二つの思想
デリダの脱構築と、
本書が提唱する「関係の持続としての意志」は、
どちらも西洋形而上学の批判という共通の地盤から出発する。
• ハイデガーのDestruktion(解体)
• ニーチェの価値転換
• ロゴス中心主義の批判
• 二項対立の揺らぎ
しかし、
両者が目指す未来はまったく異なる。
• デリダ:構造を揺らし続ける運動
• 水平の意志:倒れない関係を建築する意志
この章では、
二つの思想がどのように交差し、
どこで分岐し、
どのように補完しうるのかを明らかにする。
Ⅰ 共通基盤:形而上学の垂直性を解体する
1. ハイデガー経由の形而上学批判
ハイデガーは、
西洋哲学が「存在の忘却」に陥っているとし、
その歴史をDestruktion(解体)する必要を説いた。
デリダはこれを継承し、
ロゴス中心主義、現前性、二項対立の階層性を脱構築する。
水平の意志の哲学もまた、
ニーチェの「垂直の意志」を批判的に継承し、
その垂直性を解体する。
三者は、
垂直にそびえる形而上学の塔を揺らす
という一点で連続している。
2. 再読・再構成としての批判
デリダも水平の意志も、
伝統を破壊するのではなく、
読み替え、ずらし、再構成する。
• デリダ:二項対立の階層を揺らす
• 水平の意志:垂直の意志を水平の意志へと転回する
批判は破壊ではなく、
新しい構造への入口である。
Ⅱ 差異と関係性:不安定性を前提にした開かれ
1. デリダのdifférance:ずれ続ける関係
デリダのdifféranceは、
意味が固定されず、
他者との関係が常にずれ、延期され続けることを示す。
• 関係は安定しない
• 他者は常に“来たるべきもの”
• 意味は決して閉じない
関係は「持続」ではなく、
“到来の可能性”として開かれている。
2. 水平の持続:断絶を前提にした再接続
水平の意志の哲学も、
関係の断絶・不安定性を否定しない。
しかし水平の意志は、
不安定性を前提にしながら、それでも関係を続ける意志
を中心に据える。
• 関係は壊れる
• しかし壊れたまま放置しない
• 編み直す
• 倒れない構造をつくる
デリダ:関係は“来る”
水平の意志:関係は“続ける”
この差は決定的である。
Ⅲ 意志の扱い:解体か、転回か
1. デリダ:意志の解体・分散
デリダにとって意志は、
形而上学的主体の残滓であり、
“差延の運動”の中に分散される。
• 意志は主体の力ではない
• 意志は痕跡の効果
• 意志は常にずれ、遅れ、延期される
→ 意志は解体される。
2. 水平の意志:意志の再定義(転回)
水平の意志は、
ニーチェの垂直的意志を批判しつつ、
意志そのものを捨てない。
むしろ、
意志を水平の建築力として再定義する。
• 関係を編み直す
• 倒れにくい構造をつくる
• 重さを持ち合う技術を発明する
→ 意志は解体されず、転回される。
デリダ:意志は“消える”
水平の意志:意志は“変わる”
Ⅳ 実践性:脱構築の不安定性 vs 持続の技術
1. デリダ:構造を崩し続ける運動
• 正義は来たるべきもの
• 法は脱構築可能
• 決定は常に暴力を含む
• インフラは完成しない
脱構築は、
“完成”を拒む倫理である。
2. 水平の意志:倒れない構造をつくる実践
水平の意志は、
不安定性を前提にしながら、
持続可能な関係のインフラを設計する。
• 災害前の準備
• 重さの共有
• 透明化
• 再接続の技術
デリダ:構造は常に崩れる
水平の意志:崩れることを前提に、倒れない構造をつくる
Ⅴ 垂直と水平:二項対立の扱い
1. デリダ:二項対立を脱構築する
垂直/水平という対立そのものを揺らし、
階層を逆転・置換し、
最終的には安定させない。
→ どちらも“決定不可能”なまま開かれる。
2. 水平の意志:垂直の超克を拒否し、水平の持続へ転回
水平の意志は、
二項対立を脱構築するのではなく、
垂直の意志を水平の意志へと方向転換する。
• 垂直=英雄的超克
• 水平=関係の持続
水平の意志は、
“水平を優位にする”のではなく、
水平を選び取る。
これは、
デリダには存在しない“実践的選択”である。
Ⅵ 脱構築の向こうに、建築がある
デリダの脱構築は、
構造を揺らし、開き、延期し続ける。
水平の意志の哲学は、
その開かれを否定せず、
開かれの上に、倒れない構造を建てる。
• デリダ:延期の倫理(justice à venir)
• 水平の意志:持続の意志(倒れにくくする技術)
デリダが「来たるべき正義」を語るなら、
水平の意志は「持続する関係のインフラ」を語る。
デリダが「遊びの無限性」を示すなら、
水平の意志は「持続の現実性」を示す。
脱構築の後に残る“開かれ”を、
水平の意志は文明の建築へと変換している。
結語:脱構築の「後」を生きるための設計図
デリダが暴いた「構造の脆さ」は、
もはや克服すべき欠陥でも、
称揚すべき遊びでもない。
それは、
**私たちが生きる世界の“住環境としての所与の条件”**である。
意味はずれ続け、
関係は安定せず、
制度は常に揺らぎ、
共同体は未完のまま放置される。
この「揺れ」を、
水平の意志は悲観でも楽観でもなく、
構造的な前提として受け入れている。
脱構築が残したもの:更地としての世界
脱構築は、
形而上学の塔を破壊したのではなく、
その基礎が揺れていたことを露わにした。
• どんな制度も永続しない
• どんな関係も固定されない
• どんな意味も安定しない
デリダが示したのは、
「世界は最初から更地だった」
という事実である。
あるいは、
更地ですらなく、
常に微振動を続ける地盤だったという事実である。
水平の意志:揺れる地盤の上に建てる建築
水平の意志の哲学は、
この揺れを止めようとしない。
揺れを否定せず、
揺れを前提にし、
揺れの上で倒れない構造をつくる。
水平の意志が目指すのは、
**静的な建築ではなく、
揺れを吸収し、変形し、
壊れた痕跡を強度へと変換する
キネティック・アーキテクチャ(動的建築)**である。
• 完成しないことを欠陥と見なさない
• 修復の痕跡を弱点ではなく履歴として扱う
• 関係の断絶を終わりではなく再接続の契機とする
• 破局を避けるのではなく、破局後の持ち直しを設計する
水平の意志は、
「何度でも壊れることができる構造」
をつくる意志である。
脱構築の後に残るもの:建築の開始
脱構築は、
世界を更地に戻すための運動ではなかった。
脱構築は、
更地の上でどう生きるかを問うための運動だった。
水平の意志の哲学は、
その問いに対するひとつの答えである。
• 揺れ続ける地盤の上で
• 完成しない共同体の中で
• 断絶と再接続を繰り返しながら
• 倒れにくい関係を編み直す
それは、
脱構築の後に始まる
文明の建築学である。
脱構築の向こうに、建築がある
デリダが示したのは「揺れ」であり、
水平の意志が示すのは「揺れの上に立つ技術」である。
脱構築が地盤を揺らしたのだとすれば、
水平の意志はその地盤の上に、
壊れることを前提にした、
それでも倒れない建築を立ち上げる。
脱構築の向こうに、
水平の意志は建築を見ている。




