幻惑
街のイルミネーションは煌びやかに夜を飾り クリスマスシーズンであることを俺に知らせてくれる
いつものように今日もまた俺は海岸の夕景を撮影する為に 湘南の海へと足を運んでいた
SCWで見た雲の動きから 夕方はグラデーションが美しい夕景が撮影できる そう期待していたのだが...
気がつけばシーキャンドルのイルミネーションが灯り 冬風が吹く暗い海岸には もう 誰もいなかった
いや 正確には 誰もいない そう 思い込んでいた...
さてと 帰るか... カメラをリュックにしまい顔をあげようとした その時
『ねぇ!』
という声と共に 色白の美しい君は突然 俺の目の前に現れた..
『こんな賑やかな場所で何してんの?』
突然の質問に 俺は一瞬 目を丸くして君を見つめた
『すみません すぐ行かないといけないので』
すぐにその場を立ち去ろうとしたのだが
『待ちな!』
そう言って君は 俺を強引に引き留めた...
『何してるの?』『 何処からきたの?』『なんでここにいるの?』『他にも誰かいるの?』
『あなたは 何者?』
矢継ぎ早な質問... 何かを言って笑いながら パーソナルスペースを完全に無視して
君はどんどん俺の中に入り込んでくる...
そうしたやりとりが どのくらいあっただろう?
そういえば 俺は何年も 他人と話しをしていなかったような気もしていたが...
それはさておき 気がついた時には 俺は君への警戒感を解いていた...
『私...今日は妹と会うんだ』
矢継ぎ早な質問攻めから 突然君は自分のことを話し始めた
『毎年この時期はね ここで妹と会う約束なんだ』
『私と違って引っ込み思案で いつもおどおどしている 不思議な娘なんだ』
いやいや 君が不思議なんだけどって突っ込みたかったけど 君はすぐにこう言った
『あなたみたいな変な人がいるからじゃない?』
君はケラケラ笑って そう話した
こんな感じでも 君といるとすごく居心地が良かった
同じ側にいて 自然に君に吸い込まれていくようなそんな気分になっていた
そのうちに 本当に気が遠くなってきて....徐々に...君に吸い込まれていくような気がしていた
『 パァーン!』
『いってぇ〜』
唐突に誰かが 俺の背中を思いっきり叩いた
思わず叫んだ瞬間に ハッとした 俺のとなりにいた君は
いつの間にか 暗い砂浜に 1人 ぽつんと立っていた
『ちょっと 向こうに 行ってくるね...』
そう言って君は 真っ暗な砂浜を歩いて行き やがて 消えていった...
どのくらい時間が過ぎたのだろう...ただ静かに 波音だけが聞こえてくる...
シーキャンドルがキラキラ輝く海岸で 1人だけの時間が緩やかな川のように流れていく...
静かに 緩やかに...そして その緩やかな流れの中から 彼女が 戻って来ることは
もう 無かった...
君がいたあの時間は なんだったんだろうか... 夢? いや そんなはずはない
俺は今 現実の世界を過ごしているし こうして湘南の景色を眺めている
誰もいない冬の湘南の海 目の前に広がっている世界は現実であり事実なんだ
では 何故君は突然現れて消えてしまったのか...
消えてしまってもまだ君がすぐ近くで笑っているような気がしてならないのは 何故なんだ...
そうか もしかして...君は...
(自分の中で 真実が 創り上げられていく...)
......
ふと 顔を上げると 砂浜に美しいイルカのオブジェが作られているあたりの 海沿いの遊歩道に
うっすらと 人影があることに気がついた
それは 君によく似た シルエットだった...
俺はすぐにそのシルエットの方へと駆け寄り 声をかけた
『どこ行ってだんだよ ずっと待ってたんだぜ』
女性はもの凄く驚いてゆっくり振り返ると 呟くような声で こう言った...
『あ あなたは 誰?』
君と顔はそっくりだが 確実に俺との距離を取りこわばった表情を崩さない
明らかに 君とは違う人物だと理解する事ができた
『ああっ すみませんでした あなたを怖がらせるつもりはありません
先ほど あなたにそっくりな方とお会いしました その方は 妹さんに会う約束をしている
そう言っていました もしかしたら あなたは今日 お姉さんとお会いする約束をしていますか?』
女性はさらに顔をこわばらせ 懐疑的な視線で俺を見ながら こう言った。
『姉が あなたと話をしたんですか?』
そう言って後ろを向くと 何やらヒソヒソと 誰かと話をしているような素振りを見せていた
『今日はなんだか不思議な日だな』
俺はそう思って その場を離れようとした...
『あ あのう...』
離れようとした俺を 彼女が引き留めた
『あ 姉は 好奇心旺盛な人だから あなたに興味を持って 声をかけたんだと思います 何か、
失礼なことをしていたら謝ります、ご、ごめんなさい...』
そう言って彼女は頭を下げてこう続けた...
『カメラ そのカメラ 写るんですか?』
え?当たり前じゃん そう思っていたが
『もちろん写りますよ!』
と 静かに受け答えをした
『なら 私と一緒に そのカメラで 私とあなたを一緒に撮ってくれませんか?』
お?マジで?なんか 今更モテ期が来たのか?
なんて ありもしないことを思いながら
『もちろんいいですよ』
にこやかにそう答えると 近くにあったツリーの前に彼女を導き 三脚をセットした
『じゃあ 撮りまーす』
そう言ってシャッターを押して 彼女のとなりでピースサインをした
自分を撮るのは本当に久しぶりだったから なんかちょっと緊張したのと
少し気持ちが高ぶっていた
『カシャ』
設定はバッチリ 玉ボケのきれいな写真が撮れていることを期待して
俺は急いでカメラのモニターで 撮影した画像を確認した
俺は カメラのモニターを見た時に しばらく動くことが出来なかった
何か 全身にカミナリが落ちたようなそんな衝撃を受けていた...
...ピースサインをしているはずの俺が...写っていないのだ...
頭の中で 徐々に 少しづつ 点と点が 線で つながってゆく...
・誰もいない湘南の海
・こんな賑やかな場所で
・あんたみたいな変な人
・こわばった表情、懐疑的な視線...
・そのカメラ、写るんですか?...
そうか そうゆうことか...
海岸には誰もいないんじゃない あの姉妹は不可思議な存在なんかじゃない...
自分の目に見えた事実から 都合の良い真実を作り出し 他の真実には一切興味を持たなかった結果
自分自身が何者なのかさえ ずっと 気がつかないなんて...
俺はなんてマヌケで ノー天気なやつだったんだ...
全てを悟ったときには もうすでに 彼女の姿はなく 暗い波打ち際には
白い菊の花がそっと 供えられていた
また 1人だけの時間が 緩やかな川のように流れていく...
静かに 緩やかに ゆっくりと...
俺は 何も変わることが出来ず
ただ この一人だけの世界で流されてゆく...




