第7話 早春の間 ①
誰もが一生に一度は行きたい温泉宿。
そこには優しく客を出迎える女将と従業員たちがいる。
優しくて、そして哀しい。
温泉宿のお話。
この宿に来て、もう何日経ってんの?
1週間?2週間とか経っちゃってる?
やばっ!3週間経ってるよ、もう。
でも・・たいくつぅ~・・宿の周りには何もないし、ただ川が流れてるだけ。
あたしったら、なんでこんな遊ぶとこもない温泉に長居してんだろ?
泊まるお金だって、もうないんじゃないかな?
あれぇ?
そう言えば、あたしって、すっごい大金持ってんじゃん!
そうだったそうだった!泊まるお金は大丈夫だわ。
爺ちゃんから貰ったお金・・・
ふふん、あれさえあれば、こんな温泉宿なんて、どってことないわよね。
でっかいだけで、ほんとつまんないんだもん。
でも、ここってメシだけは、うっまいわぁ~
でもでも、ウザいんだよなぁ。
従業員どもがとにかくウザい。
あれ食えこれ食えそれも食え、なんかやりたいことは無いのかないのかナイノカぁーー!
ウザいウザいウザい!!
あたしってば、なんでこんな萎びた温泉なんて予約したんだろ。
あたしの趣味じゃないっつぅ~の!!
特に・・特にアイツ、調理場担当のくせに、やけにこの部屋に来る・・
アイツよ。
”ドンドンドンっ”
ふいにドアを叩かれて目が覚めた。
今の今まで夢を見てたのに、おかげでぜ~んぶ吹っ飛んじゃったわ。
「ハイハイハイ!そんなに叩かないで、もう、入ってきていいからっ!」
あたしの返事に応えてドアを開けたのは、アイツだ。
よ~し。
「早春の間のお客さま!!朝でございますよ!!さぁ、起きて!!」
「キャー--ッ!!なんなの?あたしまだ着替えてないし!もう、浴衣だってこんなにはだけて!!」
ふふん、やってやったわ。見てよ、はだけたこの胸元、そしてフトモモ!!これでコイツは犯罪者。女将に言ってクビにしてやるんだから!!
「なにがです?ここは温泉宿なんだから、わたしゃ裸なんて見慣れてますよ?」
「はぁ?なによ、この17歳のおっぱい!見慣れてるって言うのっ?!」
「ああ、それおっぱいですかぁ、わたしゃ~また、夕べのデザートに付いてた、干しぶど・・」
「かぁーーー!!それ以上言うな!!このバカ!!朝メシ置いたら、さっさと出てけ!!」
「はいはい、ではお客様、今日は私が渓流をご案内しますので、お食事が終る頃合いでお迎えに・・」
「あぁああーもうっ!ウザいんだよお前!!」
「ハイハイ、では朝のお食事を整えますので、しばらくお待ちくださいね」
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あぁ、腹が立つ。
なんでアイツ、あたしの世話を焼きたがるんだろ・・ホント、ウザいったらないわ。
でも、これってあたしの好きだった朝ごはん。
白身はこんがり焼けてるけど、黄身は半熟の目玉焼きと、これもカリカリに焼けたベーコン。
醤油とマヨネーズを掛けて、ちぎった白身とベーコンをあったかいご飯に・・で、最後は黄身をご飯にのっけて・・
真っ白いご飯が醤油やマヨネーズや玉子の黄身でめっちゃ汚れるんだけど・・
これ、いっつもお代わりしてたなぁ・・
でも、ここのご飯ってなんで、いつもあたしの好きなものなんだろ・・
あーー!そんなこともういいや!ご飯食べたら、お風呂に行こっと!!
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ふぃ~、いいお湯加減だわ。朝ごはん食べてすぐにお湯に浸かるなんて、おばあちゃんみたいだけど・・この宿、退屈で従業員がウザい以外は最高なのよね。ご飯も、温泉も。
でも、毎日毎日部屋とお風呂だけじゃ、退屈にも程があるわ。
そう言えばアイツ、渓流を案内するとか言ってたな。
行ってやってもいいかな、仕方ないから。
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つづく




