水吐く花 上
どこにでもある、茶色い煉瓦の植木鉢。
そこから、にゅっと太い茎が伸びていて、立派な薄橙の花弁がもさりと開いていた。
見事なサイズ感とは裏腹に、葉も萼もない。おしべやめしべも見当たらない。
花の形も独創性を突っ走っている。合弁花とも離弁花ともいえない、絶妙につながる五つの花弁のうち一つは最も巨大で上向きに生え、他の比較的細長の花弁は下向きに生えている。
これが正面だと何ともアピールの激しい花である。
名護 林は、もちろん正面を違わず鉢植えを自室の文机の上に置き、花と対面する形で座り込み、にらめっこをしていた。
花と広い和室の一室。
染めた鮮やかな金髪と、両の耳を三つ四つとピアスで飾った派手な風体の林が、溶け込むはずもない。
文机やちょっとした座椅子がいくつか、こざっぱりとした藺草の香り漂う空間に、奇妙な花と共にぽっかりと浮いていた。
辛うじて、背筋をすっと伸ばし膝を揃えて座する育ちのよさやらを滲み出すのみである。
そもそも、林は植栽など趣味にしていない。小学生の時分、課題としてとうもろこしの栽培を選んだのは、単に好物だったからである。夏に向かう季節になると、醤油香ばしいもろこしが恋しくなるーーーー。しかし、目論見は外れ、結末は見事に枯らして休みに持ち帰るという、何とも物悲しいものだった。
それくらいの遍歴しかない林には、花が奇妙だとはわかるが、どこがと言われるとまともに聞いていない授業教科書の知識を捻り出す羽目になる。
あとは、彼女の勝手知ったるお社に秋に咲き乱れる彼岸花が思い浮かんだくらいだ。あれを摘んで家に持ち帰って怒られた記憶が朧気にある。子どもには理不尽な話だと今も思うが、火事を呼び寄せる不吉な花なのだそうだ。
今のお社の主は、そういったことには無頓着なので、わざわざ刈り取る労力を割かないだろう。また一月もすれば、赤で鮮やかな光景が見れそうだった。
じーわじーわと蝉が鳴く。
ぱたりとデジタル置き時計が時間を進める。
じっと花を見つめていると、むき出しの足につうと汗が伝う。
ふと、照りつける日光が雲に隠れたのか、掻き消えた。
強い日差しで格子状だった影も陰に呑み込まれてゆく。
とりとめのない思考は止んでいる。
蝉の声は心なしか遠くなる。
ごとり。
鉢植えが動いた。
林はもちろん触れてもいない。
ごとごと。
いや、動いているのは鉢植えではない。
がたごとがたごとがたごと。
見るからに根を深く張っているだろう、花自身がーーーー。
にゅっと奇妙な花はひときわ大きな花弁をできる限り上向きに持ち上げた。
林は微動だにせずただ花を見つめている。
その切れ長の瞳がすうう、と細くなった。
花弁に模様が浮き出てきたのだ。
丸ふたつに、大きな楕円ひとつ。
花の繊維を無視したような、染みのような模様だ。
花は、変わらず植木鉢をがたごとやりながら、もがくように動いている。
見る見る、染みが、だんだん窪んでぷくりと膨らんで、肉感をもった凹凸ができてゆくーーーー。
顔だ。
林は直感した。
いつの間にか、蝉の声も止んでいる。
日陰のせいか外の明るさが嘘のように薄暗い中、汗もすっかり乾いている。
花にあるまじきそれは、花びらの下のほうに偏っている。肉肉しさが伴うにつれてぺちゃんこにされた顔の様相を呈していた。
これは赤ん坊だ。
尚も睨み付けるように、一歩も引かず林は花を見る。
今にも泣き出しそうな、赤ん坊を模した人面花を。