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廃ホテル


 なんだ、大したことねぇじゃん。

 スマホのライトで足下を照らしながら、瓜野は口を尖らせた。


 県内でも有名な廃ホテル。


 どんなホテルだったかは知らないが、十数年前に廃業したらしい。夕方、伸びすぎた草に悪戦苦闘しながらスクーターでぼろぼろのフェンスまで漕ぎ着けたのは、もちろん泊まるためではない。


 この廃ホテルは、出る、らしいのだ。


 ぽりぽりと七分丈のジャージパンツからはみ出た脛を掻いた。なんで長ズボンにしなかったんだろう。スクーターだし暑さと相談して折衷案の七分丈だったのだが、草にやられるのがまるで頭から抜け落ちていた。とにかく、夜も更けてきたというのに茹だる暑さが悪い。


 廃ホテルの入り口は、不自然かつ大胆に割れたところを通る。片付ける者がいないから当然だろうが、未だにガラスが散らばっている。入るまでもなく見える、天井からえらく垂れ下がった壁紙とは違い、あまりにも人為的な臭いのするお出迎えだ。きっと中も落書きだらけなんだろうなと、瓜野は大きな音を出さないように注意深くホテルに入館した。

 明かりをつけなくても出迎えたソファーのぼろぼろ具合がわかった。偽物の幽霊のように布地がめくれ上がって揺らめいている。意外にも、入り口以外のガラスはこなれてきた夜目では、割れているところは見つけられなかった。それよりも、照明が落っこちているところがあったり、床のタイルが剥がれていたり、このホテルに地下があるなら床が抜けないか心配になる有様だ。


 瓜野は前を行く二人をそっと見た。

 懐中電灯を振り回し、興奮して先へ先へと進んでいる。


 あーあ。あんまり派手に光源出してはしゃいじゃうと、近所にわかっちゃうんだけどなあ。

 この廃ホテルに、今夜三人も訪れた目的というのが、動画撮影だった。確か「夏のホラー体験行ってきたぜ」みたいなテーマだったと思う。

 雰囲気を出すためとはいえ、ある程度の光源がないと動画に現実味がないだろうし、明るすぎると色んな方面から問題が生じる。あの二人はどこまでのレベルの動画を作るつもりだろうか。


 瓜野は余計な音を出さないように息を潜めて柱に擦り寄った。検索バーに地名、スペースを空けてホテルと検索して、在りし頃のホテルの姿を眺めた。古くさくてぱっとしない外観は民宿のような気安さと温泉が売りだったのだろうか。山のほうにあるホテルにしては、それほど大きくなかったようだが、地下は駐車場になっていたようだった。

 やっぱり床が引っこ抜けるんじゃないかという懸念が現実味を帯びてきていた。むしろ、心霊現象よりそっちで怪我するほうが危ない。むしろ、そう意味でしかひやりとしない。



 あーあ。つまんねえの。

 

 全国的に有名な廃墟と違って、セキュリティの緩さを見越して選んでみたら、こうだ。他の二人にこの廃ホテルを紹介してみたのは瓜野だった。前で騒いでいる通り、定番の怪奇現象が起きるというエレベーターも、電気が止まっているから当然かもしれないがうんともすんとも動かない。開きもしない。


 こうなっては、目的が遂げられない。

 瓜野はデイパックをこっそり開けて、中から輪ゴムで無造作に束ねた手持ち花火をいくつか取り出した。

 火をつけると人魂のように見える花火、激しく燃える花火、ねずみ花火――――。花火セット定価330円煙少なめのものから厳選したものだ。とりあえず、二人の驚く様子と派手な絵面で動画映えはするだろう。


 ライターを探してポケットに手を突っ込んだそのとき、手が湿っていることに気づいた。汗もかいていないのに、しっとりと手が冷たかった。


 雨漏りでもしているのだろうか。花火は湿っていないだろうか。

 思わず瓜野は、天井や床を見渡したが水滴の音一つしない。

 ふと正面階段のほうに目をやると、背筋に冷たいものが、ざざざと通り過ぎた。


 階段の下に、ぼうっと白い姿が見えたのだ。


 それは淀みない足取りで、前の二人に向かっていく。

 そして、声も出せずに佇む瓜野を振り返り、笑った。

 顔もおぼろげにしか見えないが、無邪気な笑みであることは伝わってきた。

 よくよく目をこらすと、Tシャツに短パン、そこから白い手足をすらりと伸ばした少年である。

 すっかり冷えた手をこすり合わせ、瓜野は白い影が人間だとわかって深く息を吐いた。


 少年の後ろを追うように瓜野が近づいていくと、少年と二人組の会話が聞こえてきた。 


 「こんばんは、お兄さんたち。ここ、なんにもないでしょ」

 「お前も、幽霊見に来たんか? コメント欄見てきたけど、ここ、人気じゃーん! 」


 意外にも、なかなか友好的に話している。

 この二人は、いわゆる「陽キャ」に分類されるようで、廃ホテルに深く考えて入ることはないし、否定されなければ特に噛みつくこともないようだった。


 少年は曖昧に笑って、もっといいホラースポットがあると嘯いてきた。

 開かないエレベーターに対して騒ぐのに飽きたアツシは、LEDライトを手の中でいじくり回しながらどこにあんの、と食いついていた。

 それに対して、自撮り棒にスマホを取り付けたままのタカトは、どんなスポットか聞けよと軽く応じている。


 少年の話では、このホテルの近くにある池だという。通称「かっぱ池」。河童が出ると有名らしい。


 「河童なあ・・・」

 アツシは顎をさすった。動画の趣旨に合わないのだろう。河童と言えば、頭に皿を乗せくちばしと甲羅がある妖怪のイメージだ。アツシの脳裏を泳ぐ河童は愛嬌のある妖怪なのだろうか。

 「河童が引き込んで溺れ死んでしまった女のひとの幽霊のうわさもあるよ。昼間でもけっこう不気味な場所なんだよ」


 だから、夜に行くのが面白い。

 そう言って少年はまた無邪気に笑った。







 




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