表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喰らいの王座  作者: 高野マサムネ
第1部 覚醒編
9/12

旅立ちの朝

王都ルミナスの朝は、想像以上に慌ただしかった。


修人は宿の食堂で朝食を取りながら、外から聞こえてくる雑踏の音に耳を傾けていた。馬車の車輪の音、商人たちの掛け声、冒険者たちの装備の音。この世界の「朝の通勤ラッシュ」といったところだろうか。


「今日は王都から北に向かう街道を通って、隣の街まで行く予定です」


昨夜のうちに決めた旅程を、エレナが改めて説明してくれた。隣の席でカイルは魔法の教本を読み、ジンは情報収集から戻ったばかりで、まだ少し息を切らしている。


「で、俺が調べた限りでは」ジンが水を一口飲んでから続けた。「街道の治安はまあまあってところだな。最近魔物の活動が活発になってるらしいが、大型の危険な奴はいないそうだ」


「大型じゃない危険な奴はいるんですか?」修人が不安そうに尋ねた。


「ゴブリンの集団とか、野盗とか。まあ、4人いれば何とかなるレベルだ」


何とかなるレベル、と軽く言われても、修人としては不安が残る。戦闘経験がほとんどない自分が足を引っ張らないか心配だった。


「キリヤさん、昨日教えた魔法の練習はいかがでしたか?」カイルが教本から目を上げて尋ねた。


「はい、部屋で少し練習しました。ライトは安定して出せるようになったと思います」


実際、昨夜は夜中まで練習していた。同部屋の商人たちは最初驚いていたが、「新人冒険者の練習か」と理解してくれて、むしろ応援してくれた。


「見せてもらえますか?」


修人は手のひらに意識を集中した。魔力の流れを感じ、それを光に変換する。すると、昨日よりも明るい光の玉が現れた。


「おお、いいじゃないか」ジンが拍手した。「一日でこんなに上達するなんて、才能あるんじゃないか?」


「魔力の量が多いようですね」カイルが興味深そうに観察した。「もう少し練習すれば、戦闘でも使えるかもしれません」


エレナも満足そうに頷いた。


「今日の道中でも練習を続けましょう。歩きながらでもできる魔法ですし」


朝食を終えた4人は、それぞれの荷物をまとめて宿を出た。修人の荷物は相変わらず貧弱だったが、昨日仲間たちが基本的な装備を揃えてくれていた。


「これは予備の短剣です」エレナから渡されたのは、シンプルだが良く手入れされた武器だった。「私の昔の練習用ですが、まだ十分使えます」


「ありがとうございます」


「それと、これは応急処置用の薬草です」カイルからは小さな袋を受け取った。「切り傷や打撲に効きます」


「俺からはこれだ」ジンが差し出したのは、小さな鈴だった。「迷子防止用。何かあったらこれを鳴らせ」


鈴。まるで子供扱いされているようで少し複雑な気分だったが、心配してくれているのは分かる。


「みなさん、本当にありがとうございます」


修人は深々と頭を下げた。現代日本では体験したことのない、仲間からの温かいサポート。会社の同僚たちとは全く違う関係性だった。


「気にしないでください」エレナが優しく言った。「私たちも最初は先輩たちに助けてもらいました。今度は私たちが助ける番です」


王都の北門は、朝の出発ラッシュで混雑していた。商人の隊商、冒険者のパーティ、巡礼者の一団、様々な人々が街道に向かって出発の準備をしている。


衛兵に冒険者証を見せて、簡単な出発手続きを済ませた。目的地、予定帰還日、メンバー構成などを記録される。何かあった時の捜索用らしい。


「では、出発しましょう」


エレナの掛け声で、4人の旅が始まった。


王都の外に出ると、景色は一変した。石造りの建物に代わって、緑豊かな田園風景が広がっている。遠くには山々が連なり、空は東京では見ることのない青さで輝いている。


「きれいですね」


修人は思わず感嘆の声を上げた。現代日本の汚染された空気とは全く違う、澄んだ空気が肺を満たす。


「ああ、この辺りは平和だからな」ジンが自慢げに言った。「王都から離れると、もっと自然が豊かになるぞ」


街道は石畳から土の道に変わった。歩きにくいが、馬車の轍があるので道筋は分かりやすい。


歩きながら、修人は仲間たちのことをもっと知ろうと思った。昨日から一緒に行動しているが、まだ表面的な付き合いでしかない。


「エレナさんは、なぜ冒険者になったんですか?」


修人の質問に、エレナの表情が少し曇った。


「それは...」


エレナは答えに詰まった。何か複雑な事情がありそうだ。


「すみません、答えたくないことでしたら...」


「いえ、大丈夫です」エレナは小さく微笑んだ。「みなさんには話しておくべきことですし」


エレナは歩きながら、自分の過去を語り始めた。


「私は辺境の伯爵家の三女として生まれました。ヴァルハラ家という、それなりに名門の家です」


貴族の出身。それは意外だった。確かに立ち居振る舞いに品があるとは思っていたが。


「でも、3年前に...」エレナの声が震えた。「領地が大規模な魔物の襲撃を受けました。父と母、それに長兄は領民を守ろうとして...戦死しました」


4人の歩みが止まった。重い話だった。


「次兄は爵位を継いで領主となりましたが、私は家を出ることにしました。同じような悲劇を繰り返さないために、自分の力で戦いたかったんです」


「それで冒険者に...」


「はい。騎士の修行は受けていましたが、実戦経験が足りませんでした。冒険者として経験を積んで、いつか魔物の脅威から人々を守れる騎士になりたいと思っています」


エレナの話を聞いて、修人は自分の悩みがいかに小さなものかを思い知った。家族を失った悲しみ、それでも前向きに生きる強さ。現代日本での自分の絶望など、比較にならない。


「立派な志ですね」


「ありがとうございます。でも、まだまだ未熟です。今も、家族を救えなかった自分を責める気持ちがあります」


カイルがエレナの肩に手を置いた。


「過去は変えられませんが、未来は変えられます。エレナさんの想いはきっと実現しますよ」


ジンも頷いた。


「そうだ。俺たちがついてるじゃないか」


修人も言葉を添えた。


「僕は戦闘の経験がありませんが、できる限りお手伝いします」


エレナは涙ぐんだ目で微笑んだ。


「ありがとうございます。良い仲間に恵まれました」


しばらく歩いてから、今度はカイルが自分の話をした。


「僕の場合は、そんなに重い理由じゃありません」カイルは苦笑した。「学術都市アルケインの魔導学院で魔法を学んでいたんですが、教授に『実戦経験を積みなさい』と言われて」


「追い出されたってことですか?」ジンがからかうように言った。


「追い出されたわけじゃありません!」カイルは慌てて否定した。「ただ、研究ばかりしていて実用性に欠けるって...」


「で、冒険者になったと」


「はい。でも、実際に冒険者をやってみると、実戦での魔法と研究での魔法は全然違うことが分かりました」


カイルの話は庶民的で親しみやすかった。エレナのような重い過去もなく、普通の学生が就職活動の一環で冒険者になったような感じだ。


「研究に戻るつもりはあるんですか?」修人が尋ねた。


「いずれはそうしたいと思っています。でも、今は実戦経験を積むことが重要ですね。特に古代魔法の研究がしたいんです」


古代魔法。修人は興味を持った。


「古代魔法って、現在の魔法と何が違うんですか?」


「規模が全然違います」カイルの目が輝いた。「現在の魔法は個人レベルの小さなものですが、古代魔法は都市や国を動かすような大規模なものでした」


「都市を動かす?」


「文字通りです。古代の魔導都市は、まるごと空を飛んでいたという記録もあります」


それは壮大な話だった。現代の魔法技術では考えられないスケール。


「でも、なぜそんな技術が失われたんですか?」


「それが謎なんです」カイルの表情が真剣になった。「1000年ほど前に、古代魔法技術が突然失われました。『記憶崩壊』と呼ばれる大災厄があったとされていますが、詳しい記録は残っていません」


記憶崩壊。修人は背筋に寒気を感じた。記憶に関連する災厄。自分の能力と何か関係があるのだろうか。


「記憶崩壊って、どんな災厄だったんですか?」


「詳しくは分からないんです。ただ、人々の記憶が混乱し、文明が一度リセットされたような痕跡があります」


「記憶が混乱...」


修人は自分の記憶操作能力を思い出した。他人の記憶を読むことができるこの能力。使い方によっては、確かに災厄を起こしかねない。


ジンが話題を変えてくれた。


「重い話が続いたな。俺の話はもっと軽いぞ」


ジンは笑いながら自分の過去を語り始めた。


「俺は王都の下町で生まれ育った。両親は普通の職人だったが、俺は勉強も手仕事も苦手でな」


「それで盗賊に?」


「まあ、そういうことになるな」ジンは照れくさそうに頭を掻いた。「でも、悪いことはしてないぞ。主に情報収集とか、軽い偵察とかだ」


「軽い偵察って何ですか?」エレナが疑問を示した。


「浮気調査とか、行方不明者の捜索とか。現代で言う探偵みたいなもんかな」


なるほど、それなら悪いことではない。むしろ社会に役立つ仕事だ。


「で、冒険者ギルドができてから、正式に登録したってわけだ。技能はそのまま斥候として活かせるしな」


ジンの話は気楽で楽しかった。3人とも、それぞれ違った理由で冒険者になっているが、みな前向きに生きている。


「キリヤはどうなんだ?」ジンが修人に尋ねた。「記憶を失う前は、何をしてたと思う?」


困った質問だった。記憶喪失という設定上、詳しくは答えられない。


「うーん...何となく、複雑な作業をしていたような気がします。細かい計算とか、論理的な思考とか」


「学者だったのかな?」カイルが推測した。


「それとも商人?」エレナが別の可能性を示した。


「もしかして、官僚とか?」ジンも参加した。


3人の推測を聞きながら、修人は苦笑した。プログラマーという職業は、この世界には存在しない。説明しようにも、コンピュータという概念から説明する必要がある。


「よく分からないんです。でも、論理的に物事を考えるのは得意だと思います」


「まあ、記憶が戻ったら分かることだ」ジンが話をまとめてくれた。


歩いているうちに、太陽が頭上に昇ってきた。そろそろ昼食の時間だ。


「あそこに休憩所がありますね」エレナが指差した。


街道沿いに小さな建物が見える。『旅人の憩い』という看板が掲げられていた。街道沿いによくある休憩施設らしい。


4人は休憩所に入った。簡素な造りだが、清潔で居心地が良い。他にも数組の旅人が休憩している。


「何にしますか?」


店主らしき中年女性が注文を取りに来た。メニューは簡単で、パンとスープ、それに茶くらいしかない。


「パンとスープをお願いします」


4人とも同じものを注文した。料金は一人2銅貨。街道沿いの相場らしい。


食事をしながら、修人は他の旅人たちを観察した。商人らしき人々、巡礼者の一団、そして冒険者らしき武装した集団。みな平和な雰囲気で食事をしている。


「平和な光景ですね」


「ああ、この辺りは王都に近いからな」ジンが説明した。「定期的に王国騎士団が巡回してるから、治安も良い」


「でも、これから先はどうなんですか?」


「だんだんと治安が悪くなる」エレナが答えた。「特に夜は危険です。野営をする時は、交代で見張りをする必要があります」


野営。修人は不安になった。森での一人野営は経験したが、魔物が出るかもしれない状況での野営は初めてだ。


「大丈夫だ」ジンが修人の不安を察して言った。「俺が見張りの方法を教えてやる」


「私も剣術を教えます」エレナが追加した。「基本的な構えと動きだけでも覚えておけば、いざという時に役立ちます」


「僕も魔法の実戦的な使い方を教えますよ」カイルも協力してくれた。


仲間たちの心遣いに、修人は胸が温かくなった。


昼食後、4人は再び歩き始めた。午後の太陽は暖かく、歩いていると汗ばんでくる。


「では、約束通り剣術の基本を教えますね」


エレナが歩きながら実演してくれた。足の位置、剣の持ち方、基本的な振り方。簡単そうに見えて、実際にやってみると難しい。


「剣は重いものだと思って振り回してはいけません」エレナが指導した。「重さを利用して、効率よく振るのです」


修人は教えられた通りに練習した。最初はバランスを崩してばかりだったが、だんだんとコツを掴んできた。


「なかなか筋が良いですね」エレナが褒めてくれた。「運動神経は悪くないようです」


運動神経。現代日本では運動不足で体力に自信がなかったが、この世界に来てから体が軽くなったような気がする。異世界転移の副作用だろうか。


カイルからは魔法の実戦的な使い方を教わった。


「ライトの光を突然強くすれば、相手の目を眩ませることができます」


昨日実際にやった技術だ。偶然だったが、有効な戦術だったようだ。


「他にも、暗闇で突然光を点滅させれば、相手を混乱させることができます」


なるほど、照明魔法も使い方次第で戦闘に応用できる。


ジンからは野営の技術を教わった。


「まず重要なのは場所選びだ。風を避けられて、水が近くにあって、逃げ道が確保できる場所を選ぶ」


「逃げ道?」


「万が一魔物に襲われた時のことを考えるんだ。袋小路に追い込まれたら終わりだからな」


現実的な知識だった。ゲームとは違い、現実では逃げることも重要な選択肢だ。


午後の歩きながらの実技講習は、とても有意義だった。修人は着実に冒険者としてのスキルを身につけている実感があった。


夕方になって、4人は野営地を探し始めた。


「あそこはどうでしょう」エレナが小高い丘を指差した。


見晴らしが良く、近くに小さな川も流れている。ジンが確認して、「いい場所だ」と判断した。


野営の準備を始めた。修人は初めての経験だったが、仲間たちの指導で何とか手伝うことができた。


テントの設営、焚き火の準備、食事の支度。現代日本では経験したことのない、原始的だが充実した作業だった。


「焚き火の火が綺麗ですね」


修人は炎を見つめながら呟いた。電気の明かりに慣れた目には、炎の光は神秘的に見える。


「火は重要だからな」ジンが説明した。「光源として、暖房として、そして魔物除けとして」


「魔物除け?」


「ほとんどの魔物は火を恐れる。完全ではないが、ある程度の効果はある」


夕食は簡単なものだった。乾燥肉、固いパン、それに川の水で作ったスープ。豪華ではないが、みんなで食べると美味しく感じる。


「今夜の見張り当番を決めましょう」エレナが提案した。


「俺が最初に立つ」ジンが志願した。「キリヤは一番最後で良いだろう」


見張りは2時間交代で行うことになった。ジン、エレナ、カイル、修人の順番だ。


「何かあったら、遠慮なく起こしてください」修人は申し出た。


「大丈夫だ。この辺りなら、大した危険はない」


ジンは自信満々だったが、修人には不安が残った。


夜になると、焚き火の明かりだけが4人を照らした。星空は東京では見ることのできない美しさで輝いている。


「星が綺麗ですね」


「ああ、王都では見えない星もたくさんある」カイルが天体に詳しいようだった。「あの星座は『冒険者の星』と呼ばれています」


カイルが指差した方向を見ると、十字のような形の星座が見える。


「冒険者の星?」


「古い伝説があるんです。昔、世界を救った冒険者たちが星になったという話です」


世界を救った冒険者。修人はその言葉に何となく引っかかりを感じた。病院で聞いた謎の声を思い出す。『お前なら...再び世界を救えるはずだ』


再び、という言葉が気になる。まるで、以前にも世界を救ったことがあるような言い方だった。


「伝説の冒険者って、どんな人たちだったんですか?」


「詳しくは分からないんです」カイルが困ったように答えた。「記録が曖昧で。ただ、記憶に関する特殊な力を持っていたという話があります」


記憶に関する特殊な力。修人は背筋がゾクッとした。自分の記憶操作能力と関係があるのだろうか。


「記憶の力って?」


「他人の記憶を読んだり、操作したりする力らしいです。でも、詳細は不明です」


修人は動揺を隠すのに必死だった。まさに自分が持っている能力の説明だった。


「その伝説の冒険者は、最後どうなったんですか?」


「それも謎なんです。世界を救った後、忽然と姿を消したと言われています。一説には、力を使いすぎて記憶を失ったとも」


記憶を失った。修人は自分の設定との共通点に驚いた。偶然なのか、それとも何か関係があるのか。


「まあ、古い伝説ですから、どこまで本当かは分かりませんけどね」カイルが付け加えた。


でも、修人には確信があった。その伝説は、自分と何らかの関係がある。


焚き火を囲んでの夜話は続いた。それぞれの故郷の話、冒険者としての目標、将来の夢。修人は記憶喪失という設定のため、主に聞き役に回った。


「キリヤも記憶が戻ったら、色々話してくれよ」ジンが言った。


「はい、その時は」


修人は複雑な気持ちで答えた。記憶が戻る日は永遠に来ないだろう。でも、新しい記憶は確実に積み重なっている。この仲間たちとの記憶が。


夜も更けてきて、最初の見張り交代の時間になった。


「じゃあ、俺は寝るから」ジンがエレナに引き継いだ。「何もなければ良いが」


エレナは剣を膝に置いて見張りについた。焚き火の光が彼女の金髪を照らし、凛々しい横顔を際立たせている。


修人も毛布にくるまって横になったが、なかなか眠れなかった。新しい環境、野営の不安、そして伝説の冒険者の話。様々なことが頭の中を駆け巡っている。


しばらくして、修人は小さな音を聞いた。草むらを何かが移動する音だ。


「エレナさん」修人は小声で呼びかけた。


「私も聞こえました」エレナが警戒しながら答えた。「でも、まだ様子を見ましょう」


音はだんだんと近づいてくる。複数の何かが、慎重に移動しているようだ。


その時、茂みから小さな影がいくつも飛び出してきた。


「ゴブリンです!」


エレナが剣を抜いて立ち上がった。現れたのは5匹のゴブリンだった。緑色の肌、尖った耳、醜い顔。手には粗末な武器を持っている。


「みんな起きて!」


エレナの声で、カイルとジンも跳ね起きた。修人も慌てて短剣を手に取った。


「包囲されてる!」ジンが状況を確認した。


確かに、ゴブリンたちは4人を囲むように配置していた。計画的な襲撃だ。


「陣形を組んで!」エレナが指示した。「私が前衛、カイルは後ろで魔法、ジンは側面、キリヤは私の後ろで支援を!」


5匹のゴブリンが一斉に攻撃を開始した。


「ギャー!」


甲高い叫び声を上げながら、ゴブリンたちが武器を振り回して襲いかかってくる。


エレナが最も大きなゴブリンと剣を交えた。金属音が夜の静寂を破る。


「ファイアボルト!」


カイルの魔法が1匹のゴブリンを襲った。小さな火の玉が命中し、ゴブリンが悲鳴を上げた。


ジンは短剣を巧みに操り、2匹のゴブリンを相手にしていた。さすがに実戦経験豊富だけあって、動きに無駄がない。


残りの1匹が修人に向かってきた。


「うわあ!」


修人は慌てて短剣を構えた。ゴブリンが木の棒を振り下ろしてくる。間一髪で避けたが、バランスを崩して転んでしまった。


ゴブリンが追撃しようとした時、修人は反射的に魔法を使った。


「ライト!」


強い光がゴブリンの顔を照らした。ゴブリンは目を眩まされ、攻撃が止まった。


その隙に、修人は短剣でゴブリンの足を斬った。致命傷ではないが、ゴブリンは痛みで動きが鈍くなった。


「キリヤ、ナイス!」ジンが褒めてくれた。


戦闘は5分ほどで終わった。ゴブリンたちは逃げ去り、4人に怪我はなかった。


「お疲れ様でした」エレナが全員の無事を確認した。「初戦闘でしたが、よく頑張りましたね」


修人は安堵のため息をついた。初めての実戦だったが、何とか役に立てたようだ。


「ありがとうございます。でも、まだまだですね」


「最初はそんなものです」カイルが慰めてくれた。「僕も初戦闘の時は腰が抜けて動けませんでした」


「本当ですか?」


「本当です。魔法を使おうとしたら、緊張しすぎて詠唱を間違えて、自分の髪を燃やしてしまいました」


カイルの失敗談に、みんなが笑った。緊張がほぐれる。


「でも、今夜はもう安心でしょう」ジンが周囲を見回した。「ゴブリンは一度負けると、しばらく近づいてこない」


焚き火の薪を追加して、見張りを続けることになった。さっきの戦闘で目が冴えてしまい、誰も眠くない。


「せっかくですから、もう少し話をしませんか」エレナが提案した。


4人は再び焚き火を囲んだ。戦闘を共に戦い抜いた仲間意識が、確実に強くなっている。


「キリヤの魔法、なかなか見事でしたね」カイルが評価してくれた。「とっさの判断でライトを戦闘に使うなんて、センスがあります」


「ありがとうございます。でも、偶然です」


「偶然でも結果が全てです」エレナが励ましてくれた。「それに、短剣の使い方も悪くありませんでした」


確かに、実際に戦ってみると、体が思ったよりも動いた。現代日本での運動不足が嘘のようだ。


「この世界に来てから、体調が良いんです」修人が正直に話した。「前は...記憶にある限りでは、もっと体力がなかったような気がします」


「記憶を失う前に病気でもしていたのかもしれませんね」カイルが推測した。「この世界の空気と食べ物で回復したとか」


それも一理ある。確かに、この世界の空気は澄んでいるし、食べ物も添加物がない自然なものばかりだ。


「ところで」ジンが興味深そうに言った。「キリヤって、戦闘中に妙に冷静だったな」


「そうですか?」


「ああ。普通、初戦闘だと頭が真っ白になって動けなくなるもんだが、お前はちゃんと状況を見て判断してた」


それは確かにそうかもしれない。プログラマーとしての論理的思考能力が役立ったのかもしれない。


「何となく、戦術ゲームをやってるような感覚でした」


「戦術ゲーム?」


しまった。ゲームという概念を説明するのは難しい。


「えーと...頭の中で戦闘をシミュレーションするような感じです」


「なるほど、それは良い感覚ですね」エレナが理解してくれた。「冷静に状況を分析できるのは、冒険者として重要な能力です」


話をしているうちに、夜が更けてきた。明日も長い道のりが待っている。


「そろそろ休みましょう」エレナが提案した。「見張りは予定通り続けます」


修人の見張り当番は明け方近くだった。エレナ、カイルと交代して、修人が最後の見張りを務めることになった。


夜明け前の静寂の中で、修人は一人焚き火を見つめていた。


今日一日で、自分の人生は大きく変わった。仲間たちとの絆が深まり、実戦を経験し、この世界での生き方が見えてきた。


現代日本での孤独で絶望的な日々とは、全く違う充実感がある。確かに危険はあるが、生きている実感がある。


『この世界に来て良かった』


修人は心からそう思った。


朝になって、4人は朝食を取りながら今後の予定を確認した。


「今日中に次の街に到着できそうですね」エレナが地図を確認した。


「グリーンヒルという街です」カイルが補足した。「小さな街ですが、冒険者ギルドの支部があります」


「そこで一泊して、情報収集しましょう」ジンが提案した。「この先の街道の状況も確認したいですし」


野営の片付けを済ませて、4人は再び歩き始めた。


朝の空気は爽やかで、昨夜の戦闘の疲れも吹き飛ぶようだった。


歩きながら、修人は昨夜の戦闘を振り返った。確かに怖かったが、仲間がいることの心強さも実感した。一人なら絶対に勝てなかった戦いだ。


「チームワークって大事ですね」


「ああ、冒険者は仲間が命だからな」ジンが同意した。「一人でできることには限界がある」


現代日本では個人主義が重視されがちだったが、この世界では協力の重要性を痛感する。


街道を歩いていると、向こうから商人の隊商がやってきた。大きな荷車を数台連ねた、立派な隊商だ。


「お疲れ様です」


エレナが挨拶すると、隊商の責任者らしき男性が応えてくれた。


「冒険者の方々ですか。この先の街道はいかがでしたか?」


「昨夜ゴブリンが出ましたが、大したことはありませんでした」


「そうですか。実は、この先で盗賊の噂があるので心配していたんです」


盗賊の噂。それは穏やかではない。


「詳しく教えていただけますか?」


商人は親切に情報を教えてくれた。この先の森で、最近旅人が襲われる事件が続いているらしい。


「『黒マントの盗賊団』と呼ばれています。10人ほどの組織的な集団で、なかなか手強いそうです」


10人の盗賊団。4人のパーティには厳しい相手だ。


「迂回路はありますか?」


「一応ありますが、3日ほど余計にかかります」


3日の遅れは大きい。でも、無理をして全滅するよりはマシだろう。


「情報ありがとうございました」


商人の隊商と別れた後、4人は作戦会議を開いた。


「どうしましょうか?」エレナが意見を求めた。


「迂回が安全だとは思います」カイルが慎重な意見を述べた。


「でも、3日の遅れは痛いな」ジンが悩んでいた。


修人は考え込んだ。記憶操作の能力を使えば、盗賊の情報を事前に収集できるかもしれない。でも、まだ仲間には能力を明かしていない。


「僕は迂回に賛成です」修人が結論を出した。「まだ経験不足ですし、無理は禁物だと思います」


「そうですね」エレナも同意した。「安全第一で行きましょう」


4人は迂回路を選択することにした。少し遠回りになるが、安全が最優先だ。


迂回路は山道だった。街道より歩きにくいが、景色は美しい。


「空気が美味しいですね」


山の清らかな空気を吸いながら、修人は心からリラックスできた。現代日本の都市部では味わえない、純粋な自然の恵みだ。


「あ、あれを見てください」カイルが山の斜面を指差した。


見ると、青い花が群生している。美しい光景だった。


「ブルーベルの花ですね」エレナが識別した。「薬草としても使えます」


「採集しましょう」ジンが提案した。「売れますし、自分たちでも使えます」


4人はしばらく花摘みに専念した。まるでピクニックのような和やかな雰囲気だ。


「平和ですね」修人が感想を述べた。


「こういう時間も大切です」エレナが微笑んだ。「いつも戦闘ばかりでは疲れてしまいますから」


確かに、適度な息抜きは重要だ。精神的なバランスを保つためにも。


花摘みを終えて、再び歩き始めた。山道は思ったより険しく、途中で何度も休憩を取った。


「うーん、やっぱり街道の方が楽ですね」カイルが息を切らしながら言った。


「でも、安全が一番です」エレナが励ました。


夕方になって、ようやく山を越えた。眼下にグリーンヒルの街が見える。


「着きましたね」


小さいながらも、整然とした美しい街だった。緑に囲まれた丘の上に築かれた街で、名前の通りの光景だ。


街に入ると、のどかな雰囲気に包まれた。王都のような喧騒はなく、田舎町らしい静けさがある。


「冒険者ギルドはどこでしょうか?」


道行く人に尋ねると、親切に道を教えてくれた。この街の人々は皆親切で、よそ者にも優しい。


ギルドの支部は小さな建物だった。王都の本部と比べると見劣りするが、機能は十分備わっているようだ。


「いらっしゃいませ」


受付の女性が笑顔で迎えてくれた。


「旅の冒険者です。宿泊施設を紹介していただけますか?」


「もちろんです。『緑の丘亭』という宿がおすすめです。料理も美味しいですよ」


宿を紹介してもらい、4人は部屋を確保した。個室は高いので、相部屋を2つ借りた。エレナが一人、残り3人が一部屋という配分だ。


「久しぶりのベッドですね」


野営の後だけに、ベッドの有り難みを実感する。


夕食は宿の食堂で取った。噂通り料理が美味しく、4人とも満足した。


「明日はどうしましょうか?」エレナが今後の予定を相談した。


「ここで少し仕事をしてから出発するのはどうでしょう」ジンが提案した。「資金も稼げますし、経験も積めます」


それは良いアイデアだった。修人もこの街で冒険者としての経験を積みたい。


「賛成です」


翌朝、4人はギルドで依頼を確認した。


「『森のキノコ採集』報酬4銅貨」


「『農場の害虫駆除』報酬6銅貨」


「『行方不明者の捜索』報酬10銅貨」


どれも危険度の低い依頼ばかりだ。地方都市らしい平和な内容だった。


「行方不明者の捜索が気になりますね」エレナが関心を示した。


詳細を聞くと、街の少年が昨日から行方不明になっているらしい。家出の可能性が高いが、念のため捜索してほしいとのことだった。


「やってみましょう」


4人は行方不明者の捜索を受けることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ