仲間たちの素顔
翌朝、修人は珍しく他の宿泊客より早く目を覚ました。
昨夜は興奮して寝付けなかったのに、深く眠ることができたようだ。初めての依頼を成功させた達成感が、良い睡眠をもたらしてくれたのだろう。
簡単に身支度を整え、宿の食堂で朝食を取った。今日は昨日より少し豪華に、黒パンにチーズを追加した。3銅貨の出費だが、仲間との活動で稼げる見込みがあるので、少しは食事に投資してもいいだろう。
ギルドに向かう道中、修人は王都の朝の活気を改めて感じた。商人たちが店の準備をし、職人たちが工房に向かい、冒険者たちが依頼に出かける準備をしている。活気に満ちた街だ。
ギルドに到着すると、今日もエレナが既に待っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。今日も早いですね」
エレナは微笑んだ。今日は昨日とは少し違う装備をしている。軽装鎧は同じだが、腰に小さな袋をいくつか下げている。
「冒険用の道具を追加で用意しました」エレナが説明した。「薬草を保存する袋や、応急処置用の包帯などです」
「準備が良いですね」
「騎士の修行時代に叩き込まれました。『準備を怠る者は冒険で死ぬ』と」
エレナの表情が少し曇った。騎士の修行は厳しかったようだ。
しばらくすると、カイルとジンも到着した。今日のカイルは大きな書物を抱えている。
「おはようございます。それは?」
「魔法の教本です」カイルが説明した。「キリヤさんに基本的な魔法を教えようと思って」
「ありがとうございます」
修人は感謝した。魔法を覚えられれば、戦闘でも役に立てるかもしれない。
「俺も護身術の基本を教える準備をしてきた」ジンが言った。「まあ、本格的な修行は後日だが」
仲間たちが自分のために時間を割いてくれている。修人は改めて感謝の気持ちを抱いた。
「今日の依頼はどうしましょうか?」
4人は依頼掲示板を確認した。昨日と同じヒールハーブ採集もあるが、他にも様々な依頼が貼り出されている。
「『王都近郊の農場で害獣駆除』報酬8銅貨」エレナが読み上げた。「『商人の護衛』報酬12銅貨」「『古い屋敷の調査』報酬15銅貨」
「古い屋敷の調査は危険そうですね」カイルがコメントした。「幽霊が出るという噂があります」
「幽霊?」修人は驚いた。「そんなものも実在するんですか?」
「この世界では霊的な存在も珍しくありません」エレナが説明した。「アンデッドモンスターという分類になります」
アンデッド。ゲームでよく出てくる敵だが、現実に存在するとは思わなかった。
「今日は害獣駆除にしましょう」ジンが提案した。「適度な難易度で、実戦練習にもなります」
害獣駆除の依頼を受けて、4人は王都の南門から出発した。目的地は農場だが、途中で魔法の基本を教わることになった。
「まず、魔法の基本理論から」カイルが教本を開いた。「魔法は『魔力』という特殊なエネルギーを使って現象を起こします」
「魔力は誰でも持っているんですか?」
「はい。量の差はありますが、誰でも多少の魔力は持っています。ただし、それを上手く制御できるかどうかは別問題です」
カイルは歩きながら簡単な魔法を実演してくれた。手のひらに小さな光の玉を作り出す。
「これは『ライト』という初歩的な魔法です。魔力を光に変換している単純な魔法です」
「すごい...」
修人は素直に感動した。本物の魔法を目の前で見ているのだ。
「キリヤさんもやってみてください」
カイルに指導されながら、修人は魔法の基本を試してみた。まず魔力を意識する。体の中を流れるエネルギーを感じ取る。
「うーん...」
最初は何も感じられなかった。でも、集中していると、微かに温かいような感覚があることに気づいた。
「何か感じますか?」
「温かいような感覚が...」
「それが魔力です」カイルが嬉しそうに言った。「魔力を感じ取れれば、魔法を覚えられる可能性があります」
次に、その魔力を手のひらに集中させる練習をした。イメージが重要らしい。
10分ほど練習していると、修人の手のひらに微かな光が灯った。
「おお!」ジンが驚いた。「いきなり成功するなんて、才能あるじゃないか」
「初回でライトが使えるのは珍しいです」エレナも感心した。
修人は嬉しくなった。記憶操作以外にも、この世界で通用する能力があるのだ。
農場に到着すると、農場主が出迎えてくれた。
「冒険者さんたちですね。ありがとうございます」
農場主は50代の男性で、日焼けした顔に深い皺が刻まれている。長年農業に従事してきた人の顔だ。
「害獣はどのような?」エレナが尋ねた。
「『クロップイーター』という魔物です。普通のネズミより少し大きくて、作物を荒らすんです」
クロップイーター。名前からして、農作物を食べる魔物のようだ。
「数は?」
「10匹くらいいると思います。納屋に住み着いているようで」
農場主に案内されて、問題の納屋を確認した。古い木造の建物で、穀物を保存している。確かに、あちこちに齧られた跡がある。
「作戦を考えましょう」エレナがリーダーシップを発揮した。「ジンさん、まず偵察をお願いします」
「了解」
ジンは忍び足で納屋に近づき、中の様子を確認した。しばらくして戻ってくる。
「確認できたのは8匹です。大きさは猫くらい。動きは素早いですが、攻撃力はそれほど高くなさそうです」
「では、私とジンさんが中に入って、魔物を外に追い出します」エレナが作戦を説明した。「カイルさんとキリヤさんは外で待機して、出てきた魔物を魔法で攻撃してください」
「分かりました」
4人は配置についた。修人は緊張した。今度は自分も積極的に戦闘に参加する必要がある。
「行きますよ」
エレナとジンが納屋に突入した。中から慌ただしい音が聞こえてくる。
「きー!きー!」
クロップイーターの鳴き声と、エレナたちの掛け声が混じり合う。
「出てきました!」
納屋から茶色い毛玉のような生き物が飛び出してきた。確かに大きなネズミという感じだが、牙が鋭く、目が赤く光っている。
「ファイアボルト!」
カイルの魔法が1匹目を捉えた。クロップイーターは倒れたが、まだ生きている。
2匹目が修人の方に向かってきた。
「えーと...ライト!」
修人は覚えたばかりの魔法を唱えた。手のひらに光の玉ができるが、攻撃魔法ではないので効果はない。
「攻撃魔法じゃないと意味がありません!」カイルが叫んだ。
そうだった。ライトは照明の魔法で、攻撃には使えない。修人は慌てた。
クロップイーターが修人に飛びかかってくる。修人は反射的に光の玉を投げつけた。
すると、予想外のことが起こった。
光の玉がクロップイーターに命中した瞬間、魔物の動きが止まった。まるで目が見えなくなったかのように、ふらふらと歩き回っている。
「あ、あれ?」
「閃光効果ですね!」カイルが解説した。「強い光で目を眩ませたんです。本来のライトにはそんな効果はないはずですが...」
修人は戸惑った。確かに、普通より強い光を出した気がする。記憶操作能力の影響だろうか。
目を眩ませたクロップイーターに、カイルが魔法で止めを刺した。
「やるじゃないか!」
納屋から出てきたジンが称賛してくれた。
「応用力がありますね」エレナも評価してくれた。
30分ほどで、8匹のクロップイーターを全て退治した。誰も怪我をすることなく、依頼を完了できた。
「ありがとうございました」農場主は深く頭を下げた。「これで安心して農作業ができます」
報酬の8銅貨を受け取り、4人はギルドに戻った。
「今日もお疲れ様でした」
依頼報告を済ませた後、4人は近くの酒場で休憩することになった。
「『猪の牙亭』という酒場です」エレナが案内してくれた。「冒険者がよく利用する店です」
酒場は活気に満ちていた。多くの冒険者が食事をしたり、酒を飲んだり、情報交換をしたりしている。
4人はテーブルについて、軽い食事を注文した。
「今日のキリヤさんの魔法は面白かったですね」カイルが話題を振った。「普通のライトより強力でした」
「なぜでしょうか?」修人は首をかしげた。
「魔力の量が多いのかもしれません」エレナが推測した。「記憶喪失の影響で、潜在的な力が目覚めているとか」
記憶喪失を理由にされると、修人としては反論しにくい。実際は記憶操作能力の副作用かもしれないが、それは言えない。
「ところで、みなさんはなぜ冒険者になったんですか?」修人が質問した。
3人は顔を見合わせた。それぞれに事情がありそうだ。
「私は...」エレナが最初に話し始めた。「家族を魔物に殺されたんです。3年前、辺境の領地で大規模な魔物の襲撃がありました。両親と兄は領民を守ろうとして...」
エレナの表情が暗くなった。まだ心の傷は癒えていないようだ。
「それで復讐を?」
「最初はそう思いました。でも、騎士として修行しているうちに、復讐よりも大切なことがあることに気づいたんです」
「大切なこと?」
「人を守ること。同じような悲劇を繰り返さないことです」
エレナの言葉には重みがあった。個人的な復讐を超えて、より大きな使命を見つけたのだ。
「僕は...」カイルが続いた。「学院で魔法を学んでいましたが、実戦経験が必要だと言われて。本当は研究者になりたかったんですが、まず現場を知れと」
「研究者志望なんですね」
「古代魔法に興味があるんです。失われた技術を復活させたいと思っています」
カイルの目が輝いた。学者肌の人間らしい、知識欲に満ちた表情だ。
「俺は...」ジンが最後に話した。「実を言うと、元は本当に盗賊だったんだ」
3人は驚いた表情を見せた。冗談だと思っていたようだ。
「でも、ある冒険者に助けられてから、考えが変わったんだ。その人は言ったんだ。『君の技術は人を傷つけるためじゃなく、人を助けるために使えばいい』って」
ジンの表情が柔らかくなった。その冒険者への感謝の気持ちが伝わってくる。
「その人も冒険者だったんですか?」
「ああ、すごい人だった。もう引退しちゃったけど、俺の恩人だ」
3人の話を聞いて、修人は感動した。みな、それぞれの理由で冒険者になり、それぞれの目標を持っている。
「僕も...」修人が話し始めた。「記憶は戻りませんが、きっと何か大切なものを守りたくて、この道を選んだんだと思います」
嘘ではない。現代日本では守るべきものがなかったが、この世界では守りたいものができた。目の前にいる3人の仲間たちだ。
「みんなで頑張りましょう」エレナが笑った。「一人じゃできないことも、仲間がいれば乗り越えられます」
「そうですね」
修人は改めて、この3人と出会えたことを感謝した。現代日本では得られなかった、本当の仲間との絆がここにある。
酒場を出る頃には、日が傾き始めていた。
「また明日、一緒に依頼を受けましょう」カイルが提案した。
「はい、ぜひ」
4人は明日の約束をして、それぞれの宿に帰っていった。
宿に戻る道すがら、修人は今日の出来事を振り返った。魔法の基本を覚え、2回目の依頼も成功させ、仲間たちの過去も知ることができた。着実に成長している。
記憶操作の能力についても、新たな発見があった。魔法に影響を与える可能性がある。これは今後、詳しく調べる必要がありそうだ。
宿に戻ると、同部屋の商人がまた話しかけてきた。
「今日も無事だったみたいだな」
「はい。害獣駆除をしてきました」
「そうか。仲間にも恵まれているようだし、いい感じじゃないか」
商人の言葉に、修人は頷いた。確かに、いい仲間に恵まれている。
夕食を取りながら、修人は明日への期待を胸に膨らませた。冒険者としての新しい生活が軌道に乗り始めている。
ベッドに横になりながら、修人は今日覚えた魔法を思い出した。手のひらに小さな光を作り出す感覚。魔力を制御する感覚。新しい力を身につけた実感があった。
『この世界でなら、きっと何かできる』
修人はそんな確信を抱きながら眠りについた。
しかし、その夜、修人は奇妙な夢を見た。
古い石造りの建物の中で、自分とよく似た人物が何かを必死に訴えかけている。その人物の口は動いているが、声は聞こえない。背景には見覚えのない文字で書かれた古い書物が山積みになっている。
そして、その人物の手から光が発せられていた。でも、それは優しい光ではなく、何かを破壊するような激しい光だった。
人物の表情は苦悩に満ちており、まるで大きな決断を迫られているように見えた。
夢の最後に、その人物が修人の方を向いて、口の形だけで何かを言った。
『...すまない』
そんな言葉が聞こえたような気がして、修人は目を覚ました。
「変な夢だったな...」
修人は汗をかいていた。ただの夢にしては、あまりにもリアルすぎた。
病院で聞いた謎の声のことを思い出した。『お前なら...再び世界を救えるはずだ』という言葉。「再び」という部分が、今でも気になっている。
まるで、以前にも世界を救ったことがあるような言い方だった。でも、修人にはそんな記憶はない。
『あの夢の人物と関係があるのだろうか』
考えても答えは出ない。修人は頭を振って、現実に意識を戻した。今は目の前のことに集中すべきだ。
翌朝も、修人は仲間たちとギルドで待ち合わせた。
「おはようございます」
「おはよう、キリヤ」
今日のジンは少し様子が違った。いつもの軽薄そうな笑顔の代わりに、真剣な表情をしている。
「どうしたんですか?」
「実は、昨夜、ちょっと気になる情報を入手したんだ」
ジンは周囲を見回してから、声を潜めた。
「王都で連続記憶喪失事件が起きているらしい」
「記憶喪失?」修人は驚いた。自分と同じような症状の人がいるのか。
「ああ。でも、君のような魔物による記憶喪失じゃない。誰かが意図的に記憶を消しているかもしれないって噂だ」
「意図的に?そんなことができるんですか?」
「記憶操作魔法というのがあるらしい」カイルが説明した。「非常に高度で危険な魔法です。一般的には禁術とされています」
記憶操作魔法。修人の能力と似ているが、修人の場合は記憶を読むことができても、消すことはできない。少なくとも、今のところは。
「で、なんで俺たちがその話を?」エレナが疑問を示した。
「実は、ギルドから非公式の調査依頼が来てるんだ」ジンが説明した。「表向きは一般的な護衛任務だが、実際は記憶喪失事件の調査らしい」
「非公式?」
「王家や貴族が関わっている可能性があるから、表立って調査できないんだって」
複雑な事情があるようだ。政治的な陰謀が絡んでいるかもしれない。
「報酬は?」エレナが現実的な質問をした。
「通常の3倍。ただし、危険度も高い」
3倍の報酬は魅力的だが、危険度が高いのは心配だ。
「私たちのような新人に、そんな重要な仕事を任せるんですか?」修人が疑問を示した。
「逆に、新人だから疑われにくいってことらしい」ジンが答えた。「ベテラン冒険者だと、目立ちすぎて調査がバレるかもしれない」
なるほど、それは理にかなっている。
「みんなはどう思いますか?」エレナが意見を求めた。
「面白そうじゃないか」カイルが興味を示した。「古代魔法の研究にも役立つかもしれませんし」
「俺は...正直に言うと、個人的な関心もあるんだ」ジンが告白した。「俺の古い知り合いも、記憶喪失になったかもしれない」
「それなら、やってみましょう」エレナが決断した。「ただし、無理は禁物です。危険だと思ったら、すぐに撤退しましょう」
修人も同意した。記憶操作という能力を持つ自分にとって、この事件は他人事ではない。何か関連があるかもしれない。
「では、まず情報収集から始めましょう」
4人は王都の街に繰り出した。記憶喪失事件の被害者や目撃者を探すのだ。
最初に訪れたのは、商人街だった。情報通の商人たちから話を聞けるかもしれない。
「記憶喪失事件?ああ、噂は聞いてるよ」
雑貨商のマルコが情報を教えてくれた。
「被害者は主に商人や職人だな。ある日突然、記憶の一部を失うんだ。名前や家族のことは覚えているが、仕事のことだけ忘れてしまう」
「仕事のことだけ?」
「そうだ。商売の手法、取引先、商品の知識。職人なら技術的なノウハウ。そういう専門的な記憶だけが抜け落ちるんだ」
それは奇妙な現象だった。記憶の一部だけを選択的に消すなんて、高度な技術が必要だろう。
「何か共通点はありますか?」エレナが尋ねた。
「みんな、ここ1ヶ月で急に商売が上手くいき始めた人たちだな」
「急に上手くいき始めた?」
「新しい商品を開発したり、新しい取引先を見つけたり。でも、その後で記憶を失って、元の木阿弥になってしまう」
興味深い情報だった。成功した直後に記憶を失うという共通点がある。
次に、職人街を訪れた。ここでも似たような話を聞くことができた。
「俺の友人の鍛冶屋がそうだったよ」武器商人のドワーフが教えてくれた。「新しい合金の製法を開発したんだが、翌週には完全に忘れてしまった」
「その製法は?」
「誰も覚えていない。彼以外に知る者はいなかったからな」
技術や知識の独占。それが狙いかもしれない。
「最近、新しい技術や知識を開発した人が狙われているようですね」カイルが分析した。
「でも、なぜ記憶を消すんでしょうか?」修人が疑問を示した。「技術を奪うなら、記憶を読むだけでも十分では?」
「証拠隠滅かもしれません」エレナが推測した。「技術を盗んだことがバレないよう、元の開発者の記憶を消している」
それは恐ろしい考えだった。知識や技術を盗むだけでなく、その痕跡まで消去している。
「犯人の手がかりは?」ジンが重要な質問をした。
「みんな、記憶を失う前に、同じ人物と会っているって話だ」マルコが教えてくれた。「身なりの良い中年男性。名前はダルトンとか言ったかな」
ダルトン。ついに具体的な名前が出てきた。
「どんな人物ですか?」
「貴族らしい。新しい技術や商品に興味を示して、投資話を持ちかけるんだって」
「投資話?」
「『君の技術に投資したい。詳しく話を聞かせてくれ』みたいな感じで近づくらしい」
巧妙な手口だった。投資という名目で技術の詳細を聞き出し、記憶操作で盗む。そして証拠隠滅のために記憶を消去する。
「そのダルトンという人物について、もっと詳しく調べる必要がありますね」エレナが総括した。
4人は一旦ギルドに戻り、情報を整理した。
「貴族のダルトンという人物が怪しい」
「投資話で技術者に接触」
「記憶操作で技術を盗み、証拠隠滅のために記憶を消去」
「被害者は新しい技術や知識を開発した人々」
パターンは見えてきた。問題は、どうやってダルトンの正体を突き止め、証拠を掴むかだ。
「貴族となると、迂闊に手を出せませんね」エレナが心配した。「下手をすると、こちらが罪に問われる可能性があります」
「でも、放置するわけにもいかないでしょう」カイルが反論した。「このまま続けば、王都の技術者や商人がみんな被害に遭ってしまいます」
「まずは、ダルトンという人物の身元を調べてみましょう」ジンが提案した。「俺の情報網を使えば、なんとかなるかもしれません」
修人は記憶操作の能力について考えていた。もしダルトンに接触できれば、記憶を読むことで真実を知ることができる。ただし、相手も記憶操作の使い手なら、危険が伴う。
「僕も協力します」修人が申し出た。「記憶喪失の当事者として、この事件は他人事ではありません」
「ありがとうございます」エレナが感謝した。「みんなで力を合わせれば、きっと解決できます」
4人は調査を続けることを決めた。しかし、相手は貴族で、しかも記憶操作という危険な能力を持っている。
慎重に、しかし確実に真実に迫る必要があった。
その夜、修人は再び奇妙な夢を見た。
今度は、古い図書館のような場所で、多くの人々が本を読んでいる光景だった。しかし、その本からは光が発せられており、読んでいる人々の表情は苦悶に満ちていた。
そして、図書館の奥で、前回と同じ人物が何かを操作している。その手からは、本と同じような光が発せられていた。
人物の表情は、前回よりもさらに苦悩に満ちていた。まるで、自分のしていることが正しいのか分からず、苦しんでいるように見えた。
修人が近づこうとすると、人物が振り返った。その顔は確かに修人とよく似ていたが、年齢がもっと上に見えた。そして、目には深い悲しみが宿っていた。
『君は...』
人物が何かを言おうとした瞬間、修人は目を覚ました。
「また同じような夢...」
修人は困惑した。この夢に何か意味があるのだろうか。記憶操作事件と関係があるのだろうか。
考えても答えは出ない。修人は今日の調査に集中することにした。
朝になり、4人は再び情報収集を開始した。今日はジンの情報網を使って、ダルトンの正体を探る。
「分かったぞ」ジンが興奮気味に報告した。「ダルトン・ヴェントハイム。王都の上級貴族だ」
「上級貴族...」エレナの表情が曇った。「それは厄介ですね」
「屋敷は貴族区にある。警備も厳重だ」
直接的なアプローチは難しそうだった。
「でも、今夜、貴族区でパーティーがあるんだ」ジンが続けた。「ダルトンも出席する予定らしい」
「パーティー?」
「年に一度の慈善パーティー。王都の有力者が集まる社交場だ」
「僕たちが参加できるんですか?」修人が疑問を示した。
「普通は無理だが...」ジンがニヤリと笑った。「俺には伝手がある」
ジンの情報網は思った以上に広いようだ。
「でも、パーティーに参加しても、ダルトンに近づけるでしょうか?」カイルが心配した。
「そこは、エレナの出番だな」ジンがエレナを見た。「辺境伯爵家の令嬢なら、堂々と参加できるだろう」
「確かに、家を出たとはいえ、血筋は本物ですから」エレナが考え込んだ。「でも、かなり危険な作戦になりますね」
修人は提案した。
「僕がエレナさんの護衛として同行するのはどうでしょう?記憶喪失で身元が曖昧なので、怪しまれにくいかもしれません」
「それはいいアイデアですね」エレナが同意した。「カイルさんとジンさんは?」
「俺たちは外で待機して、万が一の時の脱出路を確保する」ジンが役割分担を提案した。
作戦は決まった。今夜、貴族のパーティーに潜入してダルトンの正体を探る。
修人は緊張した。記憶操作能力を持つ相手との初めての対峙になるかもしれない。
しかし、同時に期待もあった。この事件を解決できれば、この世界での自分の役割が見えてくるかもしれない。
夕方になり、4人は作戦の最終確認をした。エレナは久々に貴族らしい服装に身を包み、修人も借り物の正装を着た。
「準備はいいですか?」
「はい」
修人は深呼吸をした。今夜がこの事件の転機になる。そして、自分の能力の真価が問われる夜でもある。