初めてのパーティ活動
翌朝、修人は他の宿泊客の寝息で目を覚ました。
昨夜は複雑な気持ちで眠りについた。ようやく仲間ができたが、明らかに歓迎されていない。特にカイルの「足手まとい」という言葉が頭から離れない。
でも、愚痴を言っても仕方がない。実際に足手まといにならないよう、精一杯頑張るしかない。
簡単に身支度を整え、宿の食堂で朝食を取った。今日は気合いを入れて、いつもより早めにギルドに向かうことにした。
ギルドに到着すると、既にエレナが待っていた。
「おはようございます、キリヤさん」
「おはようございます。早いですね」
「騎士の修行時代から早起きが習慣になっているんです」
エレナは微笑んだ。昨日と違って、今日は優しい表情をしている。一晩考えて、修人を受け入れることにしたのかもしれない。
しばらくすると、カイルとジンも到着した。カイルの表情は相変わらず不満そうだが、ジンは普通に挨拶してくれた。
「おはよう、キリヤ。昨日はきつい言い方をして悪かったな」ジンが謝ってくれた。
「いえ、事実ですから」
修人は素直に答えた。確かに、今の自分は足手まといでしかない。
「でも、俺だって最初は何もできなかった。盗賊...じゃなくて、斥候の技術も、先輩に叩き込まれて覚えたんだ」
ジンの言葉は励みになった。少なくとも、一人は自分を見捨てずにいてくれる。
カイルは依然として不機嫌そうだった。
「早く基本的なスキルを身につけてください。このままでは、本当に足を引っ張ることになります」
カイルの言葉は厳しいが、的確だった。修人は頷いた。
「頑張ります」
エレナが仲裁に入った。
「みんな揃いましたね。では、依頼の詳細を確認しましょう」
4人は依頼書を囲んで内容を確認した。
「ヒールハーブ10本の採集。王都から北東に1時間ほどの森。報酬5銅貨。期限3日」
「簡単な依頼ですね」ジンがコメントした。「ヒールハーブなら見つけやすいし、あの辺りの魔物は弱い奴ばかりです」
「でも油断は禁物です」エレナが注意を促した。「初心者の事故は、簡単な依頼で起こることが多いんです」
リーダーとしての責任感が感じられる発言だった。確かに、気の緩みが一番危険だろう。
「必要な装備は揃ってますか?」カイルが尋ねた。
修人は自分の装備を確認した。ガルバンから拾った小さなナイフ、水筒、ロープ。あまりにも貧弱な装備だった。
「ちょっと心もとないですね...」
「まあ、最初はそんなものです」ジンが慰めてくれた。「俺も最初は裸同然でしたから」
「裸?」
「比喩ですよ、比喩。装備が何もなかったという意味です」
ジンは慌てて訂正した。変な想像をしてしまった。
「ヒールハーブ採集なら、この装備で十分です」エレナが判断した。「では、出発しましょう」
4人は王都の北東門から街を出た。門の衛兵に冒険者証を見せると、簡単な手続きで通してもらえた。
「いい天気ですね」
空は青く晴れ渡り、適度な風が吹いている。絶好の冒険日和だった。現代日本では味わえない、清々しい空気が肺を満たす。
「キリヤさんは、記憶を失う前はどんなお仕事を?」
歩きながら、エレナが質問してきた。予想していた質問だが、答えに困る。
「よく思い出せないんですが...何か、複雑な作業をしていたような気がします」
嘘ではない。プログラミングは確かに複雑な作業だった。
「学者だったとか?」カイルが興味を示した。「何となく、知的な雰囲気がありますし」
「さあ...どうでしょうか」
修人は曖昧に答えた。あまり詳しく聞かれると、ボロが出そうだ。
「まあ、記憶が戻ったときのお楽しみですね」ジンが話をまとめてくれた。
1時間ほど歩くと、目的地の森に到着した。
「ここがヒールハーブの採集ポイントです」エレナが説明した。「この森の入り口付近に生えています」
森は王都近郊だけあって、よく整備されていた。道も歩きやすく、危険な魔物は定期的に駆除されているらしい。ガルバンが逃げた森とは大違いだ。
「ヒールハーブはこんな感じの草です」カイルが見本を示してくれた。「緑の葉に白い斑点があって、根元が少し赤くなっているのが特徴です」
確かに、ガルバンの記憶で見た通りの外見だった。記憶操作の能力が役に立っている。
「みんなで手分けして探しましょう」ジンが提案した。「でも、あまり離れすぎないようにしてください」
4人は森の入り口付近に散らばって、ヒールハーブを探し始めた。
修人は慎重に辺りを見回した。緑の多い森の中で、特定の植物を見つけるのは思ったより難しい。似たような植物がたくさんある。
「あ、これかな?」
修人は緑の葉に白い斑点がある植物を見つけた。でも、根元の色が少し違う気がする。
「ちょっと違いますね」カイルが確認してくれた。「これはヒールハーブモドキという別の植物です。見た目は似ていますが、薬効はありません」
「そうなんですか...難しいですね」
「最初は誰でも間違えます。僕も学院時代、さんざん間違えました」
カイルの言葉に、修人は安心した。プロでも最初は間違えるのだ。
30分ほど探したところで、ジンが声を上げた。
「こっちにありました!」
ジンが見つけたのは、確実にヒールハーブだった。緑の葉、白い斑点、赤い根元。特徴が全て揃っている。
「よし、これを基準に探しましょう」エレナが言った。
ジンの発見を機に、他のメンバーも次々とヒールハーブを見つけていく。修人も2本目を発見することができた。
「やりました!」
修人は嬉しくなった。小さな成功だが、この世界での初めての仕事の成果だ。
「その調子です」エレナが微笑んだ。
1時間ほどで、目標の10本を集めることができた。思ったより簡単だった。
「これで依頼完了ですね」カイルが満足そうに言った。
「ちょっと待てよ」ジンが突然緊張した表情を見せた。「何か変な音がしないか?」
4人は耳を澄ませた。確かに、ガサガサという音が聞こえる。何かが茂みを移動している音だ。
「魔物かもしれません」エレナが剣に手をかけた。「警戒してください」
その時、茂みから小さな影が飛び出してきた。
「きー!」
現れたのは、リスのような小動物だった。ただし、普通のリスより一回り大きく、牙が鋭い。
「スパイクリスですね」カイルが識別した。「弱い魔物ですが、素早いので注意が必要です」
スパイクリスは4人を見回すと、明らかに敵意を示した。縄張りに侵入されたと判断したのだろう。
「みんな、陣形を組んで」エレナが指示した。「私が前衛、カイルが後衛で魔法、ジンは側面からの牽制をお願いします」
「僕は?」修人が尋ねた。
「キリヤさんは後ろで待機していてください。危なくなったら逃げて」
修人は少し複雑な気持ちになった。戦力外扱いされているのは分かるが、仕方がない。実際、戦闘経験がないのだから。
スパイクリスが攻撃を仕掛けてきた。素早い動きでエレナに飛びかかる。
「はっ!」
エレナが剣を振るうと、スパイクリスは器用に避けた。予想以上に俊敏だ。
「ファイアボルト!」
カイルが魔法を唱えると、小さな火の玉がスパイクリスに向かって飛んだ。しかし、スパイクリスは跳躍してそれも避けた。
「ちょこまかと...」ジンが短剣を構えて距離を詰める。
スパイクリスはジンの接近に気づき、今度はジンに向かって攻撃を仕掛けた。鋭い牙で噛みつこうとする。
「うわっ!」
ジンは慌てて後ろに下がったが、バランスを崩して転んでしまった。スパイクリスはその隙を見逃さず、ジンに向かって跳躍した。
修人は反射的に動いた。
近くにあった石を掴んで、スパイクリスに投げつけた。狙いは外れたが、スパイクリスの注意を引くことができた。
「こっちだ!」
スパイクリスが修人の方を向いた瞬間、エレナの剣が閃いた。
「そこ!」
エレナの剣がスパイクリスを捉えた。致命傷ではないが、確実にダメージを与えている。
「今です!」
カイルの魔法が正確にスパイクリスを捉えた。小さな火の玉が魔物に命中し、スパイクリスは動きを止めた。
「やったね」ジンが立ち上がった。「キリヤ、ナイスアシストだった」
「いえ、運が良かっただけです」
修人は謙遜したが、内心では少し嬉しかった。役に立てたのだ。
「いえ、とっさの判断が良かったです」エレナが評価してくれた。「戦闘の才能があるかもしれませんね」
戦闘の才能。修人には信じられなかったが、エレナの言葉は嬉しかった。
「スパイクリスの牙も採取しておきましょう」カイルが提案した。「薬の材料になります」
ジンが器用にスパイクリスの牙を取り出した。盗賊...もとい斥候のスキルだろう。
「これで今日の収穫は完了ですね」
ヒールハーブ10本とスパイクリスの牙2本。初日としては上出来の成果だった。
帰り道、4人は今日の冒険について話し合った。
「キリヤさん、戦闘に参加したのは初めてでしたよね?」エレナが尋ねた。
「はい。すごく緊張しました」
「でも、ちゃんと状況を見て判断できていました。冒険者の基本ができています」
エレナの褒め言葉に、修人は照れた。現代日本では誰からも評価されなかったのに、この世界では認めてもらえている。
「ただし、もう少し体力をつけた方がいいかもしれませんね」カイルがアドバイスした。「魔法の基礎も学んでおくと役立ちます」
「魔法も覚えられるんですか?」
「基本的な魔法なら、誰でも覚えられます。才能の差はありますが」
それは朗報だった。記憶操作以外の能力も身につけられるかもしれない。
「俺が基本的な身のこなしを教えてやるよ」ジンが申し出てくれた。「下町で覚えた護身術だけど、役に立つはずだ」
仲間たちが自分を受け入れ、成長を手助けしてくれる。こんな温かい関係は、現代日本では味わえなかった。
王都に戻ると、ギルドで依頼の報告をした。
「ヒールハーブ10本、確かに受領しました」受付嬢が確認した。「それと、スパイクリスの牙も買い取らせていただきます。2本で4銅貨になります」
報酬5銅貨にスパイクリスの牙4銅貨で、合計9銅貨。4人で分けると、一人当たり2銅貨と1銅貨の端数だった。
「端数は次回に持ち越しましょう」エレナが提案した。「今日はみんなお疲れ様でした」
「明日も一緒に依頼を受けませんか?」カイルが提案した。「少しずつレベルアップしていきましょう」
修人は嬉しくなった。継続的にパーティを組んでもらえるのだ。
「ぜひお願いします」
「じゃあ、明日も朝8時にここで」ジンが確認した。
「はい、よろしくお願いします」
4人は解散し、それぞれの宿に向かった。修人は一人で安宿に戻る道を歩きながら、今日の出来事を振り返った。
初めてのパーティ活動は成功だった。ヒールハーブの採集も、スパイクリスとの戦闘も、無事に乗り切ることができた。何より、仲間たちに受け入れてもらえたのが嬉しい。
宿に戻ると、同部屋の商人が話しかけてきた。
「おい、新人さん。今日は冒険者デビューだったのか?」
「はい。ヒールハーブ採集をしてきました」
「そうか、それは良かった。最初の依頼を無事に終えるのは大事なことだ」
商人は自分の冒険者時代の話を聞かせてくれた。失敗談もあれば成功談もある。どれも参考になる話だった。
夕食を取りながら、修人は記憶操作の能力について考えた。今日は使う機会がなかったが、いずれ役に立つ時が来るだろう。ただし、慎重に使わなければならない。
また、仲間たちとの関係も大切にしたい。エレナ、カイル、ジン。みな個性的で魅力的な人たちだ。この関係を大切に育てていきたい。
ベッドに横になりながら、修人は明日への期待を胸に眠りについた。冒険者としての新しい生活が始まった。これからどんな冒険が待っているのだろうか。