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記憶喰らいの王座  作者: 高野マサムネ
第1部 覚醒編
6/12

ギルド登録の試練

案内された部屋は、思ったより殺風景だった。木製のテーブルと椅子がいくつか置かれただけの簡素な部屋。窓からは王都の街並みが見えるが、特に装飾などはない。


「お待たせしました」


入ってきたのは、50代くらいの男性職員だった。髭を生やした厳格そうな顔つきで、ギルドの制服を着ている。


「私はフランク、新人指導担当です。まず、冒険者という職業について説明させていただきます」


フランクは慣れた様子で説明を始めた。


「冒険者とは、ギルドに登録して様々な依頼を受ける職業です。主な仕事内容は、魔物退治、護衛任務、調査・探索、薬草採集、運搬などです」


修人は真剣に聞いた。これが自分の新しい職業になるかもしれない。


「冒険者にはランクがあります。G級からS級まで8段階です。新人はG級からスタートし、実績を積んでランクアップしていきます」


「どのくらいでランクアップできるんですか?」


「個人差がありますが、G級からF級へは1~2ヶ月程度です。ただし、昇格試験があります」


フランクは続けた。


「報酬は依頼内容とランクによって決まります。G級の薬草採集なら1日2~5銅貨程度、F級の魔物退治なら1匹につき1~3銅貨といったところですね」


修人は計算した。宿代が1泊2銅貨程度と聞いたので、薬草採集だけでは生活が厳しそうだ。


「それと、安全のため、基本的にはパーティを組んで活動することを推奨しています。一人での活動も可能ですが、危険度が高くなります」


パーティ。つまり仲間が必要ということだ。でも、修人のような新人に組んでくれる人がいるだろうか。


「では、適性検査を行います。まず体力測定から」


体力測定と聞いて、修人は嫌な予感がした。運動不足の体で、どこまでできるだろうか。


最初は腕立て伏せだった。


「できるだけ頑張ってください」


フランクの指示で、修人は腕立て伏せを始めた。1回、2回、3回...


10回で既に息が上がった。腕がプルプルと震えている。


「はあ、はあ...」


15回でついに限界が来た。腕に力が入らない。


「15回ですね。次は腹筋です」


腹筋も散々だった。20回でギブアップ。学生時代は50回くらいできたはずなのに、社会人になってからの運動不足が如実に表れた。


「懸垂は...」


「1回もできません」


修人は正直に答えた。懸垂は学生時代からできなかった。


フランクは淡々と記録していく。その表情からは「また運動不足の新人か」という諦めが読み取れた。


「次は基本的な武器の扱いについて確認します」


武器と聞いて、修人は少し期待した。ゲームの知識があるので、なんとかなるかもしれない。


「まず剣です」


フランクが差し出したのは、木製の練習用の剣だった。重い。思ったより遥かに重い。


「基本的な構え方は...」


フランクが手本を見せてくれる。足の幅、剣の持ち方、上体の角度。意外と複雑だった。


「やってみてください」


修人は真似してみたが、うまくいかない。剣の重さで腕がブレる。足の位置も安定しない。


「うーん...」フランクは困った表情を浮かべた。「弓はどうでしょうか」


弓も散々だった。矢はあらぬ方向に飛んでいく。的に当たったのは10射中1回だけで、それも運が良かっただけだった。


「杖は...」


「魔法は使えません」


修人は記憶操作のことは隠しておいた。まだよく分からない能力だし、下手に公表するのは危険かもしれない。


フランクはため息をついた。


「キリヤさん、正直に言いますと、戦闘系の冒険者は難しいかもしれません」


予想していた結果だったが、やはりショックだった。


「ただし、冒険者の仕事は戦闘だけではありません。薬草採集、鉱石採掘、運搬、調査など、戦闘以外の仕事もたくさんあります」


「そういう仕事でも冒険者になれるんですか?」


「もちろんです。実際、戦闘専門の冒険者は全体の3割程度です。残りは支援系や非戦闘系の冒険者です」


それを聞いて、修人は少し安心した。戦えなくても冒険者になれるのなら、なんとかなりそうだ。


「では、とりあえずG級冒険者として登録いたします。ギルドカードをお渡しします」


フランクが差し出したのは、金属製の小さなプレートだった。「キリヤ・シュウト G級」と刻まれている。


「これが身分証明書代わりにもなります。紛失しないよう注意してください」


修人はギルドカードを受け取った。ついに冒険者になったのだ。


「さて、新人冒険者の研修制度について説明します」フランクが改まって話し始めた。「当ギルドでは、安全性確保のため、新人は必ず4人1組のパーティを組んで活動することが義務付けられています」


「4人1組?」


「はい。経験者が新人を指導し、新人同士も協力し合う制度です。これにより事故率が大幅に減少しました」


なるほど、安全のための制度なのか。


「ちょうど今、3人組のパーティが4人目のメンバーを必要としています。紹介しましょう」


フランクは修人を1階のホールに案内した。ホールには多くの冒険者がいて、依頼の確認をしたり、情報交換をしたりしている。


「あそこにいる3人組を見てください」


フランクが指差したのは、テーブルに座っている3人組だった。金髪の女性騎士、茶髪の若い男性魔法使い、赤髪の軽装の男性。どう見ても主人公パーティっぽい組み合わせだった。


「リーダーのエレナさんは騎士の家出身、カイルくんは魔法学院出身、ジンさんは王都出身の斥候です。全員が先月登録したばかりですが、非常に優秀な新人たちです」


優秀な新人たち。修人は不安になった。自分のような何の取り柄もない人間が、そんな優秀な人たちと組んでも足手まといになるだけではないか。


「紹介していただけますか?」


「もちろんです」


フランクは修人を連れて、3人のテーブルに向かった。


「エレナさん、お疲れ様です。研修制度に従って、4人目のメンバーを連れてきました」


金髪の女性騎士、エレナが顔を上げた。美しい顔立ちで、凛とした目をしている。軽装鎧を身につけており、背中には剣を背負っている。


「新しいメンバーですか」


エレナの声は落ち着いているが、どこか困惑の色が見える。


「はい。キリヤ・シュウトと申します。記憶喪失で過去のことはよく覚えていませんが、冒険者として頑張りたいと思っています」


茶髪の若い男性が眉をひそめた。


「記憶喪失...ですか。僕はカイル・マクレガーです。学術都市アルケインの魔導学院出身です」


カイルの表情は明らかに不満そうだった。


「専門は攻撃魔法です。で、キリヤさんの専門は?」


「あー...その...」修人は困った。「まだよく分からないんです。戦闘はあまり得意ではないようですが」


カイルは露骨に嫌そうな顔をした。


「戦闘ができない記憶喪失者...ですか。正直に言って、僕たちの足を引っ張るのではないでしょうか」


「カイル」エレナが注意した。


「でも、エレナ。僕たちは魔導学院と騎士団出身の実力者です。そこに戦闘経験皆無の素人が加わったら...」


赤髪の男性、ジンも困った表情を見せた。


「俺はジン・ハーマン。王都の下町出身で、斥候が専門だ」ジンは修人に自己紹介してから、エレナに向き直った。「カイルの言うことも分かるぜ。実際、足手まといになる可能性は高い」


修人は居心地の悪さを感じた。明らかに歓迎されていない。当然だろう。優秀な3人組に、何の役にも立たない記憶喪失者が押し付けられるのだから。


「すみません...迷惑をおかけして」修人は小さく謝った。


エレナは困った表情を浮かべた。


「いえ、あなたが悪いわけではありません。これは、ギルドの制度ですから」


フランクが割って入った。


「カイルさん、ジンさん。確かにキリヤさんは戦闘経験がありませんが、それは最初は誰でも同じです。研修制度の目的は、経験者が新人を育てることにもあります」


「でも...」カイルは不満そうだった。


「それに」フランクは続けた。「パーティの人数が足りなければ、危険度の高い依頼は受けられません。4人揃えば選択肢が広がります」


エレナは責任感の強そうな表情で考え込んだ。


「...分かりました。制度に従います」


「エレナ...」カイルは抗議しようとした。


「カイル、ギルドの決まりです。それに」エレナは修人を見た。「誰にでも最初があります。私たちも、最初は何もできませんでした」


ジンはため息をついた。


「まあ、エレナがそう言うなら仕方ないな。でも、危険な依頼は当分無理だぞ」


カイルは納得していない様子だったが、エレナの決定に従うしかないようだった。


「分かりました。でも、せめて基本的な魔法くらいは覚えてもらいたいです」


修人は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。明らかに迷惑をかけている。


「あの...本当にご迷惑をおかけします。足手まといにならないよう、精一杯頑張ります」


エレナは優しく微笑んだ。


「大丈夫です。みんなで協力すれば、きっと良いパーティになります」


しかし、カイルとジンの表情は依然として不満そうだった。特にカイルは、「なぜこんな奴と組まなければならないのか」という気持ちが顔に出ている。


「では、まず簡単な依頼から始めましょう」エレナが提案した。「王都近郊の森でヒールハーブを10本採集する依頼があります。報酬は5銅貨。期限は3日です」


「ヒールハーブ採集なら、戦闘は最小限ですね」カイルが渋々同意した。「まあ、足手まといでも何とかなるでしょう」


修人はカイルの言葉に傷ついたが、反論できなかった。実際、戦闘経験もなく、特別な技能もない自分は足手まといでしかない。


「明日の朝8時にここで待ち合わせましょう」エレナが決めた。「今日はそれぞれ準備をして、早めに休みましょう」


修人は頷いた。ついに冒険者としての第一歩を踏み出すことになったが、前途多難な出発だった。


ギルドを出た修人は、まず宿を探すことにした。フランクに教えてもらった安宿街に向かう。


「亭主、安い部屋はあるかい?」


「旅の宿屋・のんびり亭」という看板の宿に入ると、太った中年女性が迎えてくれた。


「1泊2銅貨の相部屋なら空いてるよ。食事なしだけどね」


相部屋。つまり他の宿泊客と同じ部屋で寝るということだ。プライバシーはないが、背に腹は代えられない。


「お願いします」


部屋は6人部屋で、すでに3人の宿泊客がいた。商人らしき男性2人と、若い農民らしき男性1人。みな修人に軽く挨拶してくれた。


ベッドは藁のマットレスに薄い毛布という簡素なものだった。現代日本のホテルとは雲泥の差だが、屋根があって雨露をしのげるだけありがたい。


夕食は宿の食堂で取った。黒パン、野菜スープ、小さな肉片。これで3銅貨。高い気もするが、王都の物価はこんなものらしい。


食事をしながら、修人は今日一日を振り返った。


異世界に転移してから、まだ数日しか経っていない。でも、もう新しい生活が始まっている。冒険者登録を済ませ、仲間もできた。明日は初めての依頼だ。


記憶操作の能力についても考えた。まだよく分からないが、きっと役に立つ機会があるだろう。ただし、使うタイミングと方法を慎重に検討する必要がある。


部屋に戻ると、他の宿泊客たちは既に眠っていた。修人も藁のベッドに横になった。固くて寝心地は悪いが、森で野宿したことを思えば天国だった。


明日からが本当の冒険の始まりだ。エレナ、カイル、ジンという仲間たちと一緒に、この世界で生きていく。


『頑張らないと』


修人は決意を新たにして、眠りについた。新しい人生の2日目が終わり、3日目が始まろうとしていた。


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