表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喰らいの王座  作者: 高野マサムネ
第1部 覚醒編
5/12

王都ルミナスの門前にて

王都ルミナスの城門前で、修人は人生で初めて「入国審査」を体験することになった。


「次!」


衛兵の野太い声が響く。修人の前には長い列ができており、様々な人々が入城の手続きを待っていた。商人、農民、冒険者らしき武装した人々、そして修人のような身なりの怪しい者。


「あのー」修人は前にいた商人らしき男性に話しかけた。「入城手続きって、どんなことをするんですか?」


商人は修人を上下に見回してから、少し軽蔑したような表情を浮かべた。


「初回入城なら身分証明と入城目的の申告、それと入城税3銅貨だ。常識だろうが」


身分証明。修人には当然そんなものはない。


「身分証明って...」


「身分証がないなら、保証人を立てるか、冒険者ギルドの仮登録を受けるかだな。まあ、君みたいな格好じゃ保証人なんていないだろうから、仮登録だろうな」


商人の言葉は冷たかったが、情報としては有用だった。修人はガルバンから奪った...いや、拾った硬貨を確認した。銅貨は十分にある。


列が進み、ついに修人の番になった。


「名前は?」


衛兵は退屈そうに尋ねた。この作業を一日何十回も繰り返しているのだろう。


「桐谷修人です」


「キリヤ...何だって?」


「きりや、しゅうと」


衛兵は困惑した表情を浮かべた。羽根ペンを手に持ったまま、固まっている。


「ちょっと珍しい名前だな...どこの出身だ?」


修人は慌てた。出身を聞かれるとは思っていなかった。この世界の地名なんて知らない。


「あの...記憶喪失で...」


それは嘘ではない。ある意味、前世の記憶を失って転移してきたのだから。


衛兵の表情が少し同情的になった。


「ああ、そういうことか。魔物に襲われて記憶を失う奴もいるからな。まあ、仕方ない。入城目的は?」


「冒険者ギルドに登録したいと思います」


「冒険者か...」衛兵は修人の貧弱な体格を見て、明らかに疑問符を浮かべた。「まあ、本人の自由だからな。入城税3銅貨と、身分証明書代が2銅貨だ」


修人は指定された硬貨を支払った。衛兵は簡単な身分証明書を作成してくれる。羊皮紙に手書きで「キリヤ・シュウト、記憶喪失により出身地不明、冒険者志望」と書かれただけの簡素なものだった。


「はい、これで王都に入れる。身分証は常に携帯すること。紛失したら再発行に5銅貨かかるからな」


修人は身分証を大切に懐にしまった。これで正式に、この世界の住民になったのだ。


城門をくぐると、修人は思わず立ち止まった。


王都ルミナスの光景は、想像を遥かに超えていた。


石畳の道路、両側に並ぶ石造りの建物、活気あふれる市場、そして空を見上げると、遠くに聳える巨大な王城。まさに中世ヨーロッパの街並みを現実化したような光景だった。


しかし、ところどころに不思議な光景も見える。街灯のような物が設置されているが、炎ではなく青白い光を発している。魔法の照明だろうか。また、看板に書かれた文字は見慣れないものだったが、なぜか読むことができた。異世界転移の副作用で言語も理解できるようになったのだろう。


「おお、新入りかい?」


振り返ると、中年の男性が声をかけてきた。商人らしい身なりをしている。


「はい、記憶喪失で故郷を思い出せないので、冒険者になろうと思っています」


「記憶喪失か、それは大変だね。俺はマルコ、雑貨商をやってる。冒険者ギルドに行くなら、あっちの大通りをまっすぐ行って、3つ目の角を左に曲がったところだよ」


マルコは親切に道を教えてくれた。大都市でも人情味のある人がいるのは、どの世界でも同じらしい。


「ありがとうございます」


「気をつけろよ。冒険者は危険な仕事だからな。まあ、若いうちは何でもやってみるもんだが」


修人はマルコに礼を言って、ギルドに向かった。


大通りを歩いていると、様々な人種を目にした。人間以外にも、耳の尖ったエルフ、背の低いドワーフ、動物の特徴を持った獣人など。ファンタジーの世界そのものだった。


ただし、現実は小説やゲームほど美しくはない。街の匂いは強烈だった。動物の匂い、汗の匂い、そして下水の匂い。中世の街特有の、現代日本人には耐え難い悪臭が漂っている。


また、道端には物乞いの姿も多く見られた。手足を失った元兵士、病気で働けない老人、親を失った子供たち。華やかな王都の裏側を見せつけられた。


『現実は厳しいな』


修人は改めて、この世界の厳しさを実感した。ゲームの世界とは違う。ここでは本当に死ぬ可能性がある。


3つ目の角を左に曲がると、確かに大きな建物が見えてきた。3階建ての石造りの建物で、入り口の上に「冒険者ギルド」の看板が掲げられている。看板には剣と杖が交差したマークが描かれていた。


建物の前にも様々な人々がいる。武装した冒険者たち、依頼を出しに来た商人や貴族、情報交換をする人々。活気に満ちている。


修人は深呼吸をして、ギルドの扉を開けた。


「いらっしゃいませ」


中に入ると、受付嬢が明るい笑顔で迎えてくれた。20代前半の美しい女性で、ギルドの制服を着ている。


「初めてのご利用でしょうか?」


「はい。冒険者登録をしたいのですが」


「かしこまりました。こちらの用紙にご記入ください」


受付嬢から渡された用紙を見ると、名前、年齢、出身地、特技、希望する活動内容などの記入欄があった。修人は正直に記入していく。


名前:キリヤ・シュウト

年齢:27

出身地:記憶喪失により不明

特技:(何と書けばいいのだろうか)

希望する活動内容:まだ決めていません


特技の欄で手が止まった。記憶操作能力のことは書けない。というか、書いてもいいものなのかどうか分からない。現代日本の知識もあるが、この世界で役立つかどうか不明だ。


「すみません、特技の欄ですが...記憶喪失で自分の得意なことがよく分からないんです」


「それでしたら、後ほど適性検査がございますので、そちらで判明するかもしれません。空欄のままで結構です」


受付嬢は理解のある態度を示してくれた。用紙を提出すると、今度は別の部屋に案内された。


「こちらで登録料の10銅貨をお支払いいただき、基本的な説明を受けていただきます」


10銅貨。修人の所持金からすると、決して安くはない金額だった。でも、これが新しい人生への投資だ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ