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記憶喰らいの王座  作者: 高野マサムネ
第1部 覚醒編
3/12

奴隷商人の記憶

目が覚めると、修人は木製の荷台の上で揺られていた。


「うっ...」


体中が痛い。特に頭が激しく痛んだ。まるで二日酔いのような、重いズキズキとした痛みだった。でも、これは病院のベッドではない。木の匂い、馬の鳴き声、車輪の軋む音。まるで映画の中にいるような感覚だった。


周囲を見回すと、そこは想像を絶する光景だった。


馬が引く荷車の荷台に、修人を含めて6人の人間が座っている。皆、粗末な服を着て、手首に鉄の輪のようなものが嵌められている。奴隷?そんな単語が頭に浮かんだ。21世紀の日本で生まれ育った修人には、信じがたい光景だった。


「おっ、気がついたな」


聞こえてきたのは、聞き慣れない男の声だった。修人は上体を起こして声の主を見た。荷車を操っているのは、太った中年男性だった。汚れた服を着て、顔には意地悪そうな笑みを浮かべている。歯も汚く、体臭も強い。現代日本では絶対に見ることのない風貌だった。


「ようやく目を覚ましたか。まったく、商品が意識不明じゃ困るんだよ」


商品?修人は自分の状況を理解しようとしたが、頭がうまく働かない。ここはどこだ?なぜ自分はこんな場所にいるのだ?病院で聞いた謎の声は何だったのだ?


辺りの景色を見ると、そこは明らかに日本ではなかった。見たこともない植物が生い茂り、遠くには奇妙な形をした山々が連なっている。空の色も、なんとなく違って見える。青いが、日本で見る空とは微妙に色調が異なる。太陽の位置も違うような気がする。


道路は舗装されておらず、土と石でできている。馬車の車輪が石を踏むたびに、荷台全体が揺れる。現代日本の道路に慣れた体には、この揺れが非常に不快だった。


「ここは...どこですか?」


修人の質問に、太った男は笑った。


「ここはヴェルサント王国の領内だ。お前は俺の商品として、王都の奴隷市場で売られる予定だったんだが...まあ、運が悪かったな」


ヴェルサント王国?奴隷市場?修人の頭は混乱した。これは夢なのだろうか。それとも、病院で見ている幻覚なのだろうか。でも、痛みは確実にある。荷台の木の感触も、馬の匂いも、全て本物のように感じられる。


「俺はガルバンだ。この辺りじゃ有名な奴隷商人だぜ」


ガルバンと名乗った男は、得意そうに胸を張った。その表情には、人間を商品として扱うことへの何の躊躇いもなかった。修人は背筋に寒気を感じた。


「お前は森で倒れているところを拾われたんだ。記憶喪失らしいが、まあ奴隷になるには関係ないからな」


記憶喪失?確かに、ここに来る前の記憶がはっきりしない。病院で謎の声を聞いたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。どうやってこの世界に来たのか、なぜ奴隷として扱われているのか、全く分からない。


修人は他の奴隷たちを観察した。年齢も性別も様々だった。老人もいれば若い女性もいる。皆、絶望的な表情を浮かべている。希望を失った目をしている。中には涙を流している者もいた。


「でも運が悪いことに、今日は魔物に襲われる予定なんだ」


ガルバンの言葉に、修人は驚いた。予定?まるで決まっていることのような言い方だった。


「魔物?」


「ああ、ゴブリンの群れが近くにいるらしい。俺の情報源から聞いた話だ。もうすぐ襲撃されるだろうな。俺は逃げるが、お前たちは餌だ」


ガルバンの表情は冷酷だった。人間を商品としか見ていない。いや、商品以下だ。使い捨ての囮として扱っている。修人は怒りを感じたが、同時に恐怖も感じた。


「なぜそんなことを?」


修人の質問に、ガルバンは肩をすくめた。


「商売だからな。ゴブリンに襲われた商人として被害を訴えれば、領主から補償金がもらえる。お前たちはその証拠だ。まあ、生きて帰れればの話だが」


なんという非道な計画だろうか。修人は現代日本の倫理観に基づいて判断していたが、この世界では当たり前のことなのかもしれない。それがさらに恐ろしかった。


他の奴隷たちは諦めたような表情を浮かべている。抵抗する気力も失っているようだった。長年の奴隷生活で、希望を持つことを忘れてしまったのだろう。


その時、森の奥から奇妙な鳴き声が聞こえてきた。


「きひひひ!」


人間のものではない、甲高い笑い声のような音だった。修人の背筋に冷たいものが走った。


「来たな」ガルバンは荷車を止めて、素早く馬から飛び降りた。「じゃあな、商品ども。運が良ければまた会おう」


ガルバンは馬にまたがると、一人で逃げていってしまった。修人たちは荷車に取り残された。手首の鉄の輪は頑丈で、簡単には外れそうにない。


森の中から小さな影がいくつも現れた。緑色の肌をした、人間のような形をした生き物。身長は子供程度だが、筋肉質で獰猛そうだった。手には粗末な武器を持っている。木の棒、石の斧、錆びた短剣。ゴブリン。ゲームでよく見る魔物だった。


「きひひひ!人間だ!新鮮な肉だ!」


ゴブリンたちは嬉しそうに叫びながら、荷車に向かってきた。その目は血走っており、明らかに殺意を抱いている。他の奴隷たちは恐怖で身を寄せ合っている。


でも修人は、なぜか冷静だった。これは現実なのだろうか。それとも、まだ病院で夢を見ているのだろうか。どちらにしても、今は行動するしかない。


ゴブリンの数は8匹。全員が武器を持っている。対して修人たちは武器を持たず、手首を拘束されている。圧倒的に不利な状況だった。


ゴブリンの一匹が荷車に飛び乗ってきた。修人は反射的にその頭を掴んだ。


その瞬間、修人の頭の中に映像が流れ込んできた。


ゴブリンの記憶だった。森での生活、仲間との狩り、人間を襲った経験。全てが映像として修人の脳内に再生される。まるで映画を見ているような感覚だったが、より鮮明で生々しかった。感情も一緒に流れ込んでくる。ゴブリンの憎悪、興奮、狩りへの渇望。


『なんだ、これは...』


修人は困惑した。なぜゴブリンの記憶が見えるのだろうか。これが病院で声の主が言っていた「力」なのだろうか。


でも、記憶の中に有用な情報があった。このゴブリンの群れは少数で、リーダーは臆病者だ。大きな音を立てれば逃げ出すはずだ。また、彼らは火を恐れている。


修人は近くにあった鍋を掴んで、思い切り別の鍋に叩きつけた。


「ガンガンガン!」


大きな金属音が響き渡った。森に反響して、何倍にも増幅されて聞こえる。


「ひいいい!」


ゴブリンたちは一斉に逃げ出した。リーダーらしき個体が真っ先に森の奥に消えていく。他のゴブリンたちも慌てて後を追った。


「すごい...」


他の奴隷の一人が呟いた。年老いた男性で、長年奴隷をしているらしい。修人も自分の行動に驚いていた。なぜゴブリンの記憶が読めたのだろうか。


「どうやって...?」


若い女性の奴隷が修人を見つめた。恐怖と驚きと希望が混じった表情だった。


「分からない。でも、今はここから逃げよう」


修人は手首の鉄の輪を調べた。鍵のようなもので閉じられているが、構造は単純だ。近くに落ちていた金属片を使って、なんとか外すことができた。ゴブリンの記憶の中に、似たような仕組みの罠を外す方法があったのだ。


他の奴隷たちも手首の輪を外してもらった。みな感謝の表情を浮かべている。自由になった喜びと、修人への感謝の気持ちが表情に表れていた。


「ありがとうございます」


年老いた男性が深く頭を下げた。「私の名前はトーマスです。長年奴隷をしていましたが、こんな奇跡は初めてです」


「奇跡なんかじゃありません。ただ運が良かっただけです」


修人は謙遜したが、内心では自分の能力に驚いていた。他人の記憶を読む力。これは確実に超常的な能力だった。


「どこに行けばいいか分かりますか?」


修人の質問に、トーマスは答えた。


「この道をまっすぐ行けば、王都ルミナスに続いています。でも、魔物がたくさんいるので危険です。特に夜は」


王都ルミナス。修人はその名前を記憶にとどめた。ガルバンの話では、そこに冒険者ギルドがあるはずだ。


「皆さんはどうしますか?」


「私たちはそれぞれ故郷に帰ろうと思います」トーマスは答えた。「でも、あなたは王都に行くのですね?」


「はい。この世界のことがよく分からないので、情報を集めたいと思います」


「では、気をつけて。あなたには特別な力があるようですが、この世界は危険がいっぱいです」


奴隷たちはそれぞれ別の方向に散らばっていった。みな自由を取り戻した喜びに満ちていた。修人は彼らを見送りながら、自分の選択が正しかったことを確信した。


一人になった修人は、ガルバンが落としていった荷物を調べることにした。逃げる際に慌てて落としていった袋があった。


袋に触れると、またしても記憶が流れ込んできた。今度はガルバンの記憶だった。


奴隷商人としての日々、様々な商売、王都の情報。そして、この世界についての基本的な知識。記憶の中で、ガルバンは様々な人と会話していた。その会話から、この世界の常識を学ぶことができた。


この世界は「エルドラシア」と呼ばれる異世界だった。魔法と科学が共存し、様々な種族が住んでいる。人間、エルフ、ドワーフ、獣人など。冒険者という職業があり、ギルドという組織が存在する。


ギルドは国家を超えた組織で、冒険者の管理と仕事の斡旋を行っている。魔物退治、護衛任務、調査など、様々な仕事がある。冒険者になれば、この世界で生きていくことができるかもしれない。


また、魔法についても基本的な知識を得た。この世界では魔法は珍しいものではない。多くの人が多少の魔法を使うことができる。ただし、高度な魔法を使える者は少数だ。


修人の記憶操作能力は、この世界では「記憶魔法」に分類されるらしい。しかし、記憶を完全に読み取る能力は非常に稀だとガルバンの記憶にあった。


『記憶操作...』


修人はその能力に名前をつけた。病院で聞いた謎の声の言葉を思い出す。「君の力を本当に必要としている世界がある」


この能力のことだったのだろうか。確かに、この能力があれば様々なことができそうだ。情報収集、真実の解明、敵の弱点の発見。使い方によっては非常に強力な武器になる。


しかし、同時に危険性も感じた。他人の記憶を読むということは、その人のプライバシーを侵害することでもある。また、悪用すれば人を操ることもできるかもしれない。


修人は王都の方角を見据えた。新しい人生が始まろうとしている。この世界で、自分はどんな役割を果たすことになるのだろうか。


袋の中からいくつかの硬貨を見つけた。この世界の通貨らしい。金貨、銀貨、銅貨。ガルバンの記憶によると、金貨1枚で一般的な宿に1週間泊まれるらしい。袋には金貨が3枚、銀貨が10枚、銅貨が50枚入っていた。しばらくは生活できそうだ。


他にも小さなナイフ、水筒、乾燥肉などが入っていた。旅の準備としては最低限だが、ないよりはマシだ。


修人は荷車を調べた。馬は逃げてしまったが、荷車には使えるものがいくつかあった。毛布、ロープ、火打ち石。これらも持参することにした。


準備ができたところで、修人は王都に向けて歩き始めた。道は土と石でできており、歩きにくい。現代日本の舗装道路に慣れた足には、この道は厳しかった。


歩きながら、修人は記憶操作能力について考えた。発動条件、制約、副作用。まだよく分からないことが多い。今のところ、対象に直接触れる必要があるようだ。また、生物でなければ記憶を読むことはできないらしい。


記憶を読んだ後、少し頭が痛くなることも分かった。長時間使用したり、強力な記憶を読んだりすると、より強い副作用があるかもしれない。


でも、この能力があれば、この世界で生き抜いていけるかもしれない。情報は力だ。特に、知らない世界では情報が生死を分ける。


修人は歩きながら、新しい人生への決意を固めた。この世界で、自分なりの生き方を見つけてみせる。

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