ミイと安保さん
〈梅雨なれば666の符牒かな 涙次〉
【ⅰ】
野代ミイの事は、猫人間としてご記憶頂いてゐると思ふ。彼女は、最近自分の限界に氣付いた。
それは、キャットフードが食べられない、自分の胃腸の弱さだつた。味覺は猫と同様だとは思ふが、だうしても「当たつて」しまふ。キャットフードを食べた翌朝は、下痢、なのだ。これでは当夜のショウに差し障る。
仕方ないから、所謂「猫まんま」を食べる。味噌汁を米の飯にぶつかけた奴だ。だがそんな物を食べる猫は、今どきゐなからう。彼女は、猫みたいなゝりをした女が、猫缶を買つていく様を、啞然として見てゐるスーパー店員の目を想像するだけで、ぞくぞくとした快感を覺えるのだが...
【ⅱ】
テオが、安保さんをミイのショウに招いた。
安保さん、ミイの妖しい魅力に、すぐさま憑り付かれた。「テオちやん、これを藝術と云はずして、何が藝術だ!」つひ、エキサイトしてしまふ安保さん。テオ、またしても自分の理解者を得て、滿足さうだ。樂屋で安保さんとミイを引き合はせた。
【ⅲ】
テオ「こちら安保宙輔さん。我がカンテラ一味のメカニック。こちら野代ミイ。猫人間を目指してゐます」安保「きみのショウは全く以て素晴らしい。藝術を感じてしまつたよ」‐「だうも有難うございます。だうぞご贔屓に」
安保さんがロボット猫を飼ふほど猫好きと聞いて、ミイも彼に興味を持つた。だうやら、安保さんは、サイバネティクス工學にも詳しいらしい- テオの話では。
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〈洗つたりずぼんを干して部屋干しのにほひの元は私でもある 平手みき〉
【ⅳ】
サイバネティクス工學- 安保さんが、パラリンピック出場選手のギアを造つてゐる、と聞いて、ミイ、考へた。(わたしに人工の胃を造つてくれないかしら)さうして彼女は、キャットフードの夢に浸る...
その夢を、だうしても諦め切れないミイであつた。
【ⅴ】
「テオさん、わたし夢があるの」-「え、どんな?」-「キャツトフードをお腹一杯食べたいのよ」
テオは、呆れると云ふより、寧ろ感心した。彼女は自分の慾求に、なんて素直なのだらう! そんな人間、他では見られないよ。
それを安保さんに話すと、安保さん、「よし、彼女の為に、胃を造つてやらう!」と大乘り氣。お代は、彼女のショウを一生只で観られゝば、それで良し。
【ⅵ】
安保さんにしてみれば、こんなに「燃える」案件は、こゝのところなく、安保さん、熱中出來るだけ自分は倖せ、と思つたのだつた。
さて、お気付きの方もゐらつしやる、とは思ふが、このエピソオドにはカンテラもじろさんも出て來ない。作者は、ミイの一途な思ひさへ描ければ、良しとするのである。確かに、こんなに自己を貫徹出來る女子は、最近見掛けない。
【ⅶ】
と云ふ譯で、ミイ、人工の胃を只でゲット。遥か英國の人體改造専門医の許へ、勇躍旅立つて行つた。それもこれもキャットフード戀し、の為なのである。病ひ膏肓に入る、と云ふは易い。が、誰に眞似出來る? 私、永田は、彼女を應援したい、と思ふ。その為に書くのは、苦痛どころか、快樂である。ミイ、手術の成功を禱る。
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〈聖五月過ぎてしまへば泥んこよ 涙次〉
妙てけれんな話と云ふ勿れ。髙度消費社會の勝者と云ふのは、彼女のやうな人を云ふのではないか、さう信じつゝ、筆を擱きたい。
ぢやまた。お粗末さんでした。