異世界美少女エリス<フィードバック・ループの魔法>
田中和夫は、使い古されたパソコンの画面をじっと見つめていた。
「この資料、ダメだな…また部長に怒られる」
30代後半の平社員。趣味なし、友人なし、恋人なし。和夫は自分の人生を無駄にしているように感じていた。会社ではパワハラ気味の上司に目を付けられ、家に帰ればアパートの薄い壁越しに隣の住人の騒音が聞こえてくる。
その日も残業を終えて夜道を歩いていると、ふと目の前に現れたのは銀髪の少女だった。
「こんな時間に一人なんて、珍しいわね」
少女は微笑みながら和夫を見つめた。
「誰だ…?」
「エリスよ。ちょっとしたお手伝いができるかも」
彼女が手にしていたのは、小さなペンダントだった。中央に透明な宝石が埋め込まれている。
「これを使えば、あなたが話した言葉がすべて『相手にとって最適な言葉』に変わるの」
「…最適?」
「そう。相手が本当に欲しがっている答えを自動的に導き出してくれるのよ。交渉にしろ会話にしろ、あなたが何を言っても、相手は満足する結果を得られるはず」
エリスはそれだけ言うと、ふっと姿を消した。
最初は半信半疑だったが、翌日、試しにペンダントを身につけて会議に臨んだ和夫は驚いた。部長から厳しい指摘を受けた資料に適当に返答すると、部長は不意に満足げな表情を浮かべた。
「その意見、いいな。採用だ!」
和夫は唖然としたが、さらに試してみることにした。同僚とのやり取りでは笑顔を引き出し、取引先との交渉も瞬く間にまとまった。
「すごいぞ、このペンダント!」
ペンダントの力を使ううちに、和夫は仕事で評価を上げ、徐々に周囲からの信頼を得るようになった。彼の人生は順風満帆になるかに思えたが、ある日、ペンダントを見つめながら考えた。
「これがあれば…復讐もできるんじゃないか?」
真っ先に思い浮かんだのは、過去に和夫を酷く見下していた元恋人の佳奈だった。彼女は「あなたみたいな冴えない男と一緒にいられない」と言い残して去り、現在は有名企業のエリートと結婚しているらしい。
和夫は佳奈が働く会社の近くで偶然を装って再会を果たした。
「和夫? 久しぶりね」
ペンダントを使いながら和夫が何気ない会話を続けると、佳奈の態度が次第に変わっていく。
「あなた…こんなに素敵な人だったかしら?」
その後も和夫は彼女と連絡を取り続け、最終的に彼女を離婚させることに成功した。
「ざまぁみろ。俺を捨てた罰だ」
だが、次第に和夫はペンダントの使い方をエスカレートさせていった。かつて自分を無視していた同僚には無駄な仕事を押し付け、上司には嘘の報告を巧妙に信じ込ませた。周囲は和夫の言葉に疑いを抱くことなく従い、彼はまるで人生の王者になったかのように感じていた。
しかし、ある日、ペンダントの宝石がかすかに曇り始めたことに気付いた。
「これは…?」
それを気にする間もなく、ペンダントが突然きらめきを放ち、和夫の言葉が奇妙なものに変わり始めた。
「部長、これはあなたにぴったりの失敗作です!」
「取引先の皆様、どうぞこの詐欺話をご検討ください!」
彼の言葉はすべて逆の意味に変わり、周囲は混乱し、次第に彼を非難し始めた。
「エリス! なんとかしてくれ!」
混乱の渦中、エリスが再び姿を現した。
「随分楽しそうに使っていたわね」
「お願いだ、元に戻してくれ!」
エリスは首を横に振った。
「このペンダントは、言葉の力を安易に使った報いを教えるためのものよ。本当に大切なものが何か、あなたが気付くまで戻らないわ」
彼女がペンダントを指で弾くと、宝石が砕け散った。
その後、和夫は自分の言葉が信用されなくなるという現実に直面し、すべてを失った。部長には叱責され、同僚には見放され、佳奈にも再び去られた。
和夫は自分を見つめ直すために、小さな田舎町へ移り住んだ。そこでは誰も彼を知らず、一からやり直すしかなかった。
「結局、言葉には力があるってことか…」
彼は慎重に言葉を選びながら、少しずつ人々との信頼関係を築いていった。
ある日、空を見上げると、風の中にエリスの声がかすかに聞こえた気がした。
「今度は、自分の言葉で生きるのよ」