04 密偵ポストフ
依頼を受けた翌日、ランドルは昼前に借り部屋を出た。
午後からポストフという男と落ち合うことになっているからである。
ポストフはシスが抱える密偵の一人で、主に現場の情報収集と連絡にあたる。
今回の事件も、わずかな情報だけを頼りに数日で傭兵たちを見つけだし、依頼背景の裏まで取っているというのだから、その密偵としての実力は疑いようがない。
ランドルはこれまでに何度も彼からの協力を得て、舟渡しを行っている。
渡し守という稼業の性質上、正体を知る者は一人でも少ないほうがいい。
かといって、なにもかも一人で済ませるには時間も手もまったく足りない。
そこで渡し守にはそれぞれ、ポストフのような密偵がつけられるのである。
もっとも彼は、あくまで密偵であって、渡し守ではない。
基本的に暗殺行為には直接加担しないし、舟渡しの際に同行することもない。
必要な情報を探り、知らせることが彼の仕事である。
それゆえ、「相棒」というよりは「担当」という言葉がふさわしい存在だろう。
そのポストフと合流するのが、潮見台の大通りにある料理店である。
潮見台は王都の北西地区にある水郷とも呼べる地域だ。
その全域を水路が縦横に巡り、風雅な雰囲気を醸す景勝地である。
大通りには小洒落た店が立ち並び、人と物の行き来が絶えない地域でありながらも、どこか落ち着いた空気を感じるのは、ひとえにその場所柄ゆえなのだろう。
ランドルは昨夜シスから指定された料理店に入ると、応対に出た女中に名を告げ、二階の個室へと案内された。
部屋に入ると、先に到着していたポストフが窓際の席へ腰を下ろし、通りを眺めながら酒を飲んでいた。テーブルにはすでに彼の食事が並んでおり、手がつけられている。
すらりとした体格、波打つ黒髪に茶色の瞳をした人好きのする顔立ちをした男で、歳は三十頃であろうか。少なくともランドルのほうでは、彼を少し年上だとみていた。
「なんだ、もう来たのか。もうしばらく、一人で食事を楽しんでいたかったんだがな」
一瞥して、とくに嫌そうでもなく言うと、再びポストフは酒を飲み始めた。
「そいつは悪いことをしたな。だが俺のほうは一秒でも早く取りかかりたいんだ」
「おたくにしてはずいぶん熱が入ってることだ。よほど切羽詰まっているのか、報酬以外の褒美をシスに用意してもらったのか、どっちだね」
ランドルは内心でどきりとした。
シスからの特別な褒美の件を、やましさや恥ずかしさから隠しているわけではない。
ほんのわずかなやり取りで、ポストフがあまりに的確な質問をしてきたからだ。
そして二択の体裁がとられているが、見破られているのは間違いないだろう。
二人は友人ではない。今回のように食事をともにすることもあるが「なぜこの世界に足を踏み込んだのか」などと、身の上話は互いにほとんどしない。
あくまで仕事上のつきあいである。にも関わらず、ずばり見抜かれた。
このポストフという男が相当の慧眼をもっていることは間違いない。
ランドルは改めてそう実感した。
「好きに想像してくれ、その結果を俺に押しつけないならな。それで、いま連中はねぐらで寝てるのか?」
ランドルはそうはぐらかすことにした。ポストフのほうも、それ以上追求したりはしない。
「お察しの通り、籠もっているよ。出てくるのは夕方以降。悪さをするか、酒を飲みに出かけるときくらいだな。だからおたくが事を急く必要なんてないってことさ。さあ、おたくもなにか頼むといい。この店、飯も酒もいけるぞ」
そういって呼び鈴を鳴らすと、ポストフはカレイの香草焼きを口に運んだ。
潮見台の北側は白亜海峡に面しているため、この地域の料理店は必然的に魚介料理が旨い。
ランドルは個室にやってきた女中に酒と料理を注文し、気配が遠のくと話を続ける。
「それで連中の面はどこで見れる? わかってると思うが、俺は標的のことをできるだけ明るく、近くで見ておきたい」
「わかっているとも。しかしおたく、性格によらず案外律儀だよな」
「夜中に押し込んで斬ってみたら人違いでした、じゃ洒落にもならないからな。そういう経験はないが、似たような話は渡し守の仕事に限らず、いくつも聞いたことがある。どれだけ念入りに準備しようが、そういう不測の事態は起こるんだ。面倒を避けるための面倒は惜しまないほうがいい」
思いがけないまっとうな返答にポストフは驚いたようであったが、やがてランドルが語った内容に少し興味が湧いたようだ。
「なるほど。参考までに、その洒落にならない話ってのはどんなのがあるんだ」
「――そうだな。とある農村はずれの小屋に、悪さばかりする傭兵くずれ二人が住み着いた。ま、今回の件と似たような連中だよ。困った村人は、見回りに来た巡視に頼んで小屋に踏み込んでもらった。巡視が村人から聞いた話によると、村を荒らしに来るのはいつも二人だけだったらしい。ところが踏み込んだ結果、小屋の中で武装していたのは三人。交戦になって巡視たちはこれをすべて仕留めた。一人多いっていうんで調べてみると、少し離れた農村で拉致された農民だったらしい。散々痛めつけられて、抵抗したり、逃げ出す気力も奪われたあげく、こき使われていたわけだ。夜中に突然踏み込んできた巡視たちに驚いて、とっさに近くにあった薪を手に構えちまったんだろうな。暗いぼろ小屋のなか、手にしたものが武器か薪かなんて区別はつかない。結果、哀れな農民は巡視たちにばっさり斬られちまったんだとさ」
話を終えるとランドルは肩を落とした。
どこの誰とも知らないが、あんまりな人生の結末に、二人は顔をしかめるほかない。
「なるほど、そいつはいかにもありそうな話だ。まあ俺も、おたくにそんな真似させないよう肝に銘じるとするよ。おたくに恨まれたくはないからな」
「ぜひそうしてくれ。それで……」
階段を上がる女中の気配を察し、会話を切った。
ランドルの酒と料理を運んできた女中が去ると、二人は杯を掲げて乾杯する。
「話を続けよう。それで結局、どこで連中の面を拝めばいいんだ」
「『燃えさし亭』って酒場、知ってるかい。潮見台の裏通りにある酒場のなかでも、選りすぐりのろくでなしが集まる店で、連中が贔屓にしてるようだ。おそらく今日も来るだろう」
「名前は聞いたことあるが入ったことはないな、そっちは?」
「俺のほうはまだ一度きりだ。店を割り出したのが一昨日でね」
「新顔がいきなり顔を出して平気か、その手の店の客は大概警戒心が強いだろ。仕事前の騒ぎはなるべく避けたい」
ランドルの懸念はもっともなことで、ならず者たちが集まる店に限らず、地元の者しか寄りつかない小さな店では、見慣れない顔は歓迎されない。
普段のランドルならお構いなしだが、これから人を暗殺するというときに、わざわざ騒ぎを起こして、顔を覚えられるほどの間抜けでもないのだ。
「そこまでの心配はいらないと思うがね」
「お、なんか根拠があるのか?」
「根拠と言われても困るな。言うならば俺の勘だが、信じられないっていうなら仕方ない。暗い裏通りですれ違いざまにでも見てもらうほかないな」
そう返されると、さきほどポストフの人を見る目について見直したばかりのランドルとしては、彼の見立てを信じるほかない。
「いやわかった、酒場のほうで見てみよう」
「どうも。まあ信じてみてくれ。あの店に集まるような連中は、役人やこれから狙う鴨の匂いには敏感だろう。だが血にまみれているせいで、同じように血にまみれた存在の匂いには鼻が利かないもんだ。その点に関しては、俺とおたくならなんの問題もない。俺が一番懸念しているのは、おたくのほうから喧嘩を売るんじゃないかってことだ」
「俺がお前を信じるように、お前も俺を信じてくれとしか言えないな」
「悪いが、そいつはちょっと難しい」
二人して笑ったあと、ランドルは残っている料理を平らげにかかった。
さきほどポストフが言ったとおり、酒も料理も絶品である。
待ち合わせにこの店を選定したことについては、素直にシスに感謝することにした。
開け放たれた窓からふと空を眺めると、日の位置はまだ高い。
だが夜は刻々と迫ってきていた。




