03 ことの起り
依頼を引き受けると、シスが近くに待たせていた馬車に乗って、二人は娼館『蛇穴』へ場所を移した。
最奥にあるシスの書室に入ると、二人は腰を下ろして向かい合う。
シスがランドルに語った、事のあらましはこうである。
五日前の夜更け。とある高級料理店に勤める若い女中が、仕事を終えて実家へ向かう途中、傭兵三人組に襲われた。
襲われた女中は料理店に住みこみで働いていたが、実家には病弱な父がいるため、月に二度、翌日が休みの際には仕事を終えるとそのまま実家へと向かい、休日を父と過ごしていた。
母は幼い頃に死別し、女中は男手一つで大切に育てられたことを忘れず、実家を出てからも父の面倒をみることに、嫌な顔をまったくしなかったという。
事件の当日。この日は急な客が多く、いつもより店を出る時間が遅くなってしまった。
翌朝向かうべきだったのだが、父は女中がその日に見舞いに来ることを知っている。心配させてはいけないと思い、夜道を急ぎ足で実家へ向かうことにした。
女中が襲われた路地は人気のない道であったが、通り抜ければ大きく近道になる。少しでも早く父のところへと、つい選んでしまったのだろう。
これがいけなかった。
路地を進んだ中ほどで、向こう側からどこかの商会の荷運び人が荷車を引いてやってきた。
女中が気づいて端に寄ると、相手は逆に女中の行く手を遮ろうとする。
これはいけないと振り返れば、いつの間にか忍び寄っていた二人組が、女中の後ろに立ち塞がっていた。
声を上げる間もなく女中は口を塞がれ、棍棒で頭に一撃を受けると、崩れるように倒れてしまった。
傭兵たちは女中へ猿ぐつわをかませて麻袋に入れ、すばやく木箱に押し込むと、荷車に乗せてあっという間に立ち去っていく。
女中が路地に入ってから傭兵たちが立ち去るまで、じつに二分も経っていない。
「はじめてじゃあ、ねえな」
シスからの説明を受けて、ランドルはぽつりと漏らした。
「はい。初犯であるなら、通常はもっとまごついてしまうものです。どれだけ計画を練り、打ち合わせをしていても、初犯の緊張や恐怖を完璧になくしてしまうのは不可能ですから。通りがかりの目撃者が現れたり、被害者を縛りあげる途中で目を覚まされたりと、なにが起きるかわかりません。徒党を組んで気が大きくなっていることを踏まえても、手慣れすぎという印象をうけますね」
シスもランドルの意見に同意する。室内にも関わらず、目深に被ったフードのせいで、彼女の表情は口元か声色から想像するしかない。
ひとたび依頼の説明を始めると、彼女は普段とは違い、からかうような様子をみせず、淡々と言葉を連ねるため、自然とやりとりの空気も変わる。
それは遣り手として、渡し守と一定の距離を保とうとする工夫であるのかもしれない。
「で、その鮮やかな犯行がこうしてお前の口から語られている以上、どこかの誰かに見られるへまをしたわけだな」
「はい。件の路地に面した小さな料理店があるんですが、そこの二階から路地の様子がよく見えるんですよ。二階には灯りが見えなかったので、傭兵たちは油断したんでしょうね。ですが実際は、二階には店の客がいて、窓から犯行を目撃していたんです」
「いくら二階に灯りが見えなくても、近くの店が開いてるなら、傭兵どももよくその場所を選んだな。客の出入りもあるだろうに」
「いえ、その料理店を含め、路地周辺の店は宵の口には店を閉めていたようです。だからこそあの路地が選ばれたのでしょう」
シスの言葉が示す状況が、ランドルにはいまいち飲み込めず、しばし考えて問い直した。
「ん、料理店は閉まっていたのか? だけど客が二階にいたんだろ。客がいるのに、店は閉まってて、灯りがないってのは、いったいどういう状況なんだよ…………あっ」
疑問を口にしてから状況を理解したランドルに、シスは頷いた。
「このご時世、本業だけでやっていくのはなかなか厳しいですからね。件の料理店は副業として、たまに二階で酌婦に客を取らせているんですよ。隠れ娼家というやつです。女のほうはちょうど厠に立っていて、犯行を目撃しなかったようですが」
「なるほどな。けど客が目撃してるなら、助けを呼んでもよさそうなもんだが。人通りがろくにないとはいえ、大声で人を呼べば、傭兵どもは逃げ出しただろ」
「仰るとおりなんですが、そこに事情がありまして。目撃した客というのが、大通りでも評判の大店の主人なんですよ。彼は婿養子として店の主人の座を継いで成功したのですが、順風満帆の店の経営とは違い、細君との関係は入り婿当初から上手くいってないそうです。当然、寝所をともにすることもない状態ですから、お忍びで女遊びに出かけるのも、さもありなんといったところでしょう。大店の主人が、陰では寂れた料理店で私娼を買っているなどと明るみに出たら、ますます立場がなくなってしまいます」
「そりゃ事情はわかるが、ひとの命がかかってるんだぞ……」
呆れるランドルにシスは苦笑するばかりだ。
「ええ、適切な対応じゃなかったことは間違いありません。ですが後ろめたいことをしている最中に、見知らぬ人間の危急と自分の立場を秤に掛けて、即座に正しく行動できる人間というのはそう多くはありませんよ。言うは易く、行うは難しです」
結局、大店の主人は傭兵たちが女中を連れ去るまで動くことができなかった。
厠から戻ってきた酌婦と、一階の自室で寝ていた料理店の店主に事情を説明し、衛兵を呼ばせたが、時すでに遅し。傭兵たちはとうに逃げおおせ、影も形もなくなっていた。
衛兵に知らせる際には、料理店が娼家だと発覚するのを防ぐため、犯行を目撃したのは大店の主人ではなく、酌婦ということになった。
「結末はわかってるとはいえ、このぶんだと救いになる話はなさそうだな」
「ええ、まことに残念ながら」
翌日の昼頃、連れ去られた現場から離れた河岸の材木置き場で、女中の遺体がうち捨てられているのが発見された。顔面だけでなく躰中あちこちに腫れや痣がみられ、女中の身に起きた凶行の残虐さを物語っていた。
よほど無念であったのだろう。女中の死に顔は、つけられた傷跡以上に、怒りや悔しさで満ち溢れた凄惨なものだったという。
「ひでえ話だな。それで死んだ女中の遺族や恋人が舟渡しを頼んできたってわけか?」
「お兄さん、依頼人の正体を言うわけないじゃないですか。本当であれば、こうした事情もお兄さんにはお話しせず、標的だけを告げるのが業界の倣いなんですから。ですが依頼人と被害者との関係はどうであれ、このような仕打ちを放っておくわけにはいかないと、大金を積んで舟渡しを頼んだ人間がいることはたしかです」
当然のことだが、一介の市民が気軽に支払えるほど、舟渡しの依頼料は安いものではないし、仲介人である遣り手がどこの誰であるかなど知るよしもない。
巷で噂の殺し屋など存在できるわけがなく、『殺し、請け負います』などと看板が出ているわけでもない。かといって依頼人が「暗殺を引き受けてくれませんか」などと無闇に声をかけて回れば、すぐさま衛兵が駆けつけてくるだろう。
闇夜に蠢く殺し屋が、この王都に存在すると漠然と知ってはいても、実際に依頼するところまでいけるのは、それなりの立場か人脈がある者に限られる。
「それで、俺はこれからどうすればいい? お前のことだ、ここまで背景を探って連絡を寄越したからには、居場所も調べ上げてるんだろ。そういう連中は懲りるってことはねえ、味を占めてまたやるに決まってる。どうせやるなら犠牲者が増える前にやったほうがいい。王都を出て、別の場所に移られても面倒だからな」
「ええ。ですからすぐにでも行動に移せますよ。連中は『潮見台』の裏通りにある空き家をねぐらにしています。ならず者が相手ですから、面倒な根回しも必要ありません。ポストフくんに案内させますから、明日の夜更けにでも押し込んで、片付けてきてください」




