26 橋上の大乱闘②
前回の終わり方
ワルドの舟渡しが難航し、自棄を起こしかけたランドルをシスが宥める。
そこへ、かつてランドルに敗北した大男たちが仲間を引き連れて復讐しにやってきた。
ランドル「かかってこい、数頼みの腰抜け野郎ども」
挑発に乗った大男たちが、一斉に襲いかかってきた。
しかし、数は多くとも所詮はならず者だ。到底ランドルに敵う相手ではない。
ランドルは包囲を破るべく、敵の一人に狙いを定め、地面を蹴った。
あっという間に懐に入られ、ならず者がたじろぐ。
数的優位によって萎縮させた相手を、囲んで殴ることしか考えてなかった輩だ。
反撃を受ける覚悟などあるはずもなく、その怯みが包囲の綻びとなる。
ランドルは振り下ろされる棍棒をくぐり抜け、敵の背後を取ると、腕をひねり上げて武器を奪い、用済みとなったならず者を強打する。
ひどい音が橋上に鳴り響いたが、殺してはいない。
ならず者が橋板に倒れ込むと、近くの二人が同時に飛びかかってきた。
だが今度はランドルの手にも棍棒が握られているのだ。
躰が動くまま、ただうち倒せばいい。
腕、肩、胴、そして顔面。襲いかかるならず者たちへ、次々と棍棒を叩き込んでいく。
向かってくる相手すべてを叩きのめしたとき、立っている敵は、はじめの大男二人になっていた。さきほどまでの余裕はすっかり鳴りを潜め、いまはもう顔色を失っている。
「さ、お友達は片付けたぞ。つぎはお前らの番だ」
ランドルの言葉は、大男たちにとって死刑宣告にも等しかった。
「どうした、早く来いよ。あれだけ大口を叩いたんだ。まさかお友達に任せっきりで自分は後ろから見ているだけ、なんてことはしないだろ」
ただ待っているのも馬鹿馬鹿しく思い、ランドルが前に出る。
「止まれ、近づくんじゃねえ!」
大男の叫びを無視して、ランドルはずかずかと足を進める。
「命令できる立場か。殺しはしないから安心しろ、あの娘に感謝しろよ」
これを聞いて、恐怖に顔を歪めて後ずさりしていた大男が、起死回生の一手を見出した。
「そうだ、あの娘だ! 止まらないとあの娘がどうなるか、わかってるだろうな!」
「あ?」
叫ぶ大男の背後を見れば、シスの目の前には別の大男が立ち、彼女を見下ろしていた。
(あいつ、自分の身は守れるとか言っておきながら……)
ランドルは舌打ちしそうになるのをなんとか堪えた。
相手に弱みを見せることで事態がよくなることなど、なに一つないからである。
「好きにしろよ。なんで俺があいつのために、お前の言うことを聞かなきゃいけないんだ」
開き直って、構わず大男へと突き進んでいく。
「止まれ! 聞こえてるだろ、止まれ! おい、娘を俺のところへ連れてこい!」
ランドルのあまりに堂々とした態度に、大男は狼狽した。恐怖に囚われ、助けを求めるかのように背後を向いてしまう。その瞬間。
背を向けた獲物に肉食獣が襲いかかるかの如く突進し、ランドルが一撃を見舞った。
大男は倒れ臥して、苦悶に呻いている。
「人質取ってるほうがびびってどうする。さてと。よし、後ろのお前!」
ランドルが、シスの傍に立ちはだかる別の大男に叫んだ。
「人質交換だ。それが済んだらお前のことは見逃してやる。それとも続けるか?」
このまま引き延ばせば、じきに衛兵が駆けつけ、シスの救出は楽に済むのだが、ランドルもシスも衛兵に介入されることは避けたい。それは大男にとっても同じだろう。
しかし、大男からの返事はない。それどころか、ランドルのほうへ向き直ることすらせず、黙りこくったままだ。なにかがおかしい。
「あ、こちらならとっくに片付いていますよ」
待ち人がようやく訪れたかのように、シスが手招きした。
これにはさすがにランドルも愕然とした。大男はシスの傍で動かないままだ。
疑問を一旦飲み込んで、招かれるままにシスの傍へ行く。
凝然と立ち尽くす大男の様子を窺うと、すぐさま異変に気がついた。
その両目はこれでもかと大きく見開かれ、血走って虚空を睨んだままとなっている。
獣じみた粗野な顔には脂汗が滲み出て、その巨体を小刻みに震わせていた。
正気を失っているのだ。
「お前、こいつになにしたんだ?」
「なにもしていませんよ。わたしと目を合わせた途端、こうなってしまいました。この方、もしかすると女性と接したことがろくになかったのかもしれません。ふふ、そう考えると可愛いところもありますね」
シスははぐらかしているが、彼女は蛇神の高位神官である。癒やしの奇跡のほかにも、ランドルの知らない超常の力を秘めているのだろう。
「妖しげな力を使いやがって。まるで蛇に睨まれた蛙ってやつだな。今後、お前と目を合わせるのはやめておくことにするか。それにしても無事だったなら、なんで黙ってたんだ」
「なぜと言われましても。お兄さんがどう対応するのか見ていたら、想定より早く、そして簡単に事が済んでしまっただけです。危ないようでしたら、わたしも動きましたよ」
「あのな、余計な心配をかけるなと言っているんだ」
「おや、それは嬉しいですね。ですが、わたしはきちんと、自分の身は守れるからお構いなく、と言ったはずですよ」
悪びれもせず言ってのけるシスに、ランドルは舌打ちを漏らす。
その音と重なるようにして、なにかが動く気配がした。
「死ねええええ!」
叩き伏せられていた大男が起き上がり、身を低くして突進してきたのだ。
逆上した大男の表情には鬼気迫るものがあり、その手には短剣が握り締められている。
腰だめに短剣を構え、その巨体と勢いに任せての突撃は、ならず者同士の争いであれば、防ぐことはまず無理だろう。
だがランドルは並の剣士ではない。
迫り来る凶刃を前にして、慌てるどころか却って落ち着き払ってみせる。
突っ込んできた大男を軽々と飛び越えると、燕の如く身を翻した。
遅れて大男が振り返るが、足を止めた以上、勢いは当然失われている。
「――あっ」
振り返った大男の顔面へ、ランドルの棍棒が叩きつけられた。
「ぎゃあっ」
橋上に血飛沫があがる。橋板に赤黒い染みがつくられ、欠け落ちた数本の歯が跳ね返って小気味よい音を鳴らした。
あまりの衝撃と激痛に、大男は短剣を落として顔を押さえ、天を仰ぐように呻いている。
隙だらけであった。短剣を抜いた以上、それは命のやり取りになる。
憐憫の情をかけることなく、ランドルは大男の懐へ入り、その巨体を投げ飛ばした。
勢いよく宙を舞った大男の躰が欄干を越えて、重力に従い見えなくなった。
少しの間を置いて大きな水音が聞こえる。おそらく死んではいないだろう。
「お兄さん。ついでにもうひと投げお願いします。この人、固まってしまう前に、わたしにひどいことを言ったんですよ」
シスが立ち尽くしたままの大男を指差して言った。
「あ? 仕方ねえな……」
シスに便利に使われるのは面白くないが、ランドルもいまだ腹の虫がおさまっていない。
「あらよっと」
硬直したままの二人目を、ランドルはまたもや竜吼川へ投げ込んだ。
少し楽しくなってきたランドルである。――ところが。
「危ねえじゃねえか! なに考えてやがる、ふざけるんじゃねえ!」
橋下からすさまじい怒声が響いた。
川面を見下ろすと、一艘の舟の船頭がこちらを見上げ、睨みつけている。
ランドルが川へ投げ込んだ大男と、運悪くぶつかりかけたらしい。
一度目はともかく、二度目の投げ込みはまったく必要がなかったことだ。
これは完全にランドルの手落ちである。
船頭へ詫びていると、川へ落とされた大男たちが、弱々しく岸へ泳いでいるのが見えた。
シスに硬直させられた大男も、水に濡れたせいなのか、動けるようになったらしい。
船頭は詫びの言葉を聞いても、いまだに怒りの声をあげている。
ランドルが簡単に事情を説明しても、他人のせいにするなと怒られた。
(ま、怒るのも無理はねえ。あの船頭からすれば、急に大男が落ちてきて、あやうく死にかけたんだ。俺のせいで危険な目にあったのは間違いないし、なにを言っても他人に罪をなすりつけてるようにしか聞こえないよな。――ん?)
このとき、とある考えがランドルの脳裏に閃いた。
さまざまな情報が急速に頭を駆け巡り、一つの解答として纏まっていく。
一羽の翡翠が欄干に止まった。餌である小魚を探しているのか、川面をじっと見つめている。
美しい青緑の背に見とれて、押し黙ったランドルの袖をシスが引いた。
「お兄さん、いまさらですが衛兵が来ました。引きあげますよ」
見れば、騒ぎを聞きつけた衛兵たちがこちらへ駆けつけてきている。
「仕方ねえ、ずらかるぞ」
ランドルはシスの細腕を引き、衛兵たちとは反対方向へ駆け出した。
「ちょっと待ってください! 気安くわたしの躰に触れられては困ります!」
「ええい、面倒くさい女だ。つべこべ抜かしてるとお前も川へ投げ込むぞ!」
「こら、なんてことを言うんですか!」
面倒なので、抗議の声は無視することにした。
橋を渡ると、シスの案内で近くの路地へ飛び込む。抜け出た場所には見覚えのある箱馬車が止まっていた。シスの馬車である。
「お待ちしておりました。さ、お急ぎを」
見知った初老の御者が言った。橋詰めの近くで待機していたシスの馬車が、逃亡するランドルたちの動きを見越して、先回りをしたのだろう。大した手際である。
二人が乗り込むと、馬車は急がず、ごく自然な速さで動きはじめる。
客席に腰を下ろしたランドルは、溜まった疲れを抜くように大きく息を吐く。
傍らのシスを見ると、フードを外すところだった。
美しい雪白の肌には一筋の汗も流れていないどころか、呼吸も乱れていない。
やはり尋常な娘ではないのだ。
訝しむランドルに気づくと、シスは微笑んだあとで、口を尖らせた。
「これで一難去りましたね。ですがお兄さん、私生活に口を挟むつもりはありませんが、もう少し穏やかな生活を心がけてくれないと困りますよ」
いつもであれば、シスの小言に舌打ちと反論で応じるランドルだが、騒ぎに巻き込んだことについては負い目がある。黙って受け止めることにした。
「今回の件は俺が悪かったよ。すまなかったな」
「わかっていただけたなら、結構です」
反省の色を見て、シスは満足げに頷いた。
馬車は『蛇穴』へ向け、ゆるやかに進む。衛兵の追跡は無事に振り切れたようだ。
ランドルは客車の窓をそっと開ける。沈みゆく夕日が、頬を橙色に染めた。
「なあ」
「はい?」
傍らに座るシスの瞳を見つめ、ランドルは告げる。
「決まった。やるぞ」
唐突に切り出したにも関わらず、シスはすぐさま、その発言がなにを意味するのか察した。
「――顔つきが変わりましたね。なにか妙案が?」
「妙案かはともかく、これでやってみせる。そこでだ、お前に頼みがある」
「聞きましょう」
ランドルの決意を見て、シスの返事も勢い込んでいる。
「『つつじ苑』では日光会が会合を開いてるんだよな。いや、別に日光会絡みでなくてもいい。とにかく、ワルドが『つつじ苑』へ向かう予定日を調べてくれ」
「わかりました。ほかにわたしができることは?」
「それとノナに連絡してくれ。ワルドをやる前に、どうしても夜回り仮面を先に片付ける必要ができた。そのことであの娘の力を借りたい」
「そちらも問題ありません。ですがお兄さん、どちらの件も詳細を教えてください。秘密にされたら困りますよ」
「これから説明してやるから急かすんじゃない。さて、それはそうと……」
ランドルは席を立ち、前方の御者窓を開けると、御者に馬車を速めるように頼んだ。
「どうして帰りを急ぐ必要があるんですか? 衛兵の追跡は心配ないと思いますが」
「あのな、決まってるだろ」
怪訝そうな顔をするシスを見て、ランドルは呆れた。
「面倒な考え事がようやく済んだんだ、英気を養うんだよ。ここしばらく、お前の店に顔を出していなかったからな。今日はこれでもかというほど遊び尽くすぞ」
ランドルが不敵に笑う。その顔には、もう一片の迷いも浮かんでいない。




