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20 ノナの再訪

 ギンロと飲み明かして借り部屋に戻ると、ランドルはひと眠りしてからワルドの監視に向かった。現地についたのは昼を過ぎてからになったが、先に張り込んでいたポストフによると、まだ動きはないらしい。


 しかし、この日はワルドが衛兵局から外に出ることはなく、代わりに長い時間をかけてポストフと話し合うことになった。

 ワルドの舟渡(ふなわた)しに有効な手段を見つけるための監視だが、護衛は堅固そのもので、いくら日を重ねても打開策を見出すことができない。

 依頼の期日も近づいてきている。


 結局、話し合いによる成果もこれといって上がらず、夜も更けたので解散となった。

 翌日は朝からの監視となる。ランドルは寄り道もせず帰宅することにした。

 ところが、いざ帰ってきて自室の扉に手をかけたとき、異変を感知する。


(――ん?)


 部屋の中に人の気配がするのだ。

 当然、来客の予定はない。勝手に上がり込むような間柄ともなればなおさらだ。


 だがランドルは侵入者の正体に構わず扉を開けた。

 部屋の主であるランドルが、なぜ侵入者に気を揉まねばいけないのか。

 相手が盗人なら叩きのめし、刺客なら斬り捨てるまでだ。

 しかし、その想像は杞憂に終わる。


「やあ、お帰り。留守のようだったから、中で待たせてもらったよ」


 灯りのない部屋の中央で、魔術師の娘ノナが椅子に腰掛けていた。


「おい、若い娘が勝手に男の部屋に上がりこむもんじゃないぞ」

「まるで紳士か、お節介老人のようなことを言うじゃないか。だが心配は無用だ、自分の身くらい自分で守れる。シスにも、ぼくなら心配はいらないと言われたよ」


(シスはそういう意味で言ったわけじゃないと思うが。――ま、いいか)


 娼館の女主人であるシスは、ランドルの女の好みを熟知している。

 そしてノナがその対象外であることも。だがあえて誤解を解く必要もない。


「それで、今日はなんの用があって来たんだ?」

「きみに朗報を持ってきたんだ。昨晩、夜回り仮面が動いてね。ならず者二人が殺された。アルベール・ケネルを監視していた調査部の密偵が、その様子を確認している。これで夜回り仮面の正体がケネルで確定したわけだ。――さらに」


 ノナは一度言葉を切って、続く言葉へ関心を向けさせる。


「一昨日、ケネルに手紙が届いたんだ。差出人は誰だと思うかい?」

「いちいち勿体つけるな。衛兵局長のワルドだって言いたいんだろ」

「その通り。標的となるならず者の住処や人相を教えるためにね。手紙の内容はケネルの部屋に侵入した密偵が確認済みだ」


 ランドルはこれまでの話を整理したが、いまいち納得がいかない。


「よくわからん。ワルドがケネルに肩入れする理由はなんだ? やつは衛兵局長なんだ、悪党なんて堂々と捕らえればいい。手柄を立てられるし、鉱山送りにして小遣いも稼げる。悪党を暗殺する手助けなんて、無用な危険を冒すだけだ。ワルドにとって得がないだろ」


 ランドルの疑問はもっともなものである。

 ノナは頷いて、ランドルの疑問を解くべく、ゆっくりと話し始めた。


「きみの言うとおり、ワルドにとってケネルは厄介な存在に違いない。だからおそらく、この協力関係はケネルのほうから持ちかけたはずだ。だが不本意な関係であろうと、得をすることはできる。ケネルの父、つまりケネル家当主は、日光会(にっこうかい)最大の後援者なんだ。その息子の弱みを握っておけば、色々と立ち回りやすくなることもある」

「金蔓との繋がりを強めるために、そのばか息子が道を踏み外すのを見逃し、あまつさえ手伝っているわけか」


「そういうことだ。ワルドからすれば嫌々半分、欲得半分ってところじゃないかな。『王都の治安を取り戻す』と、聞こえのいいことを掲げていたら、それを鵜呑みにして先鋭化した知人の息子に、協力を迫られているわけだからね。少しだけ同情するよ」

「てことは、ケネルはワルドや日光会幹部の裏の目的を知らないのか?」

「知ってたら、現状はなかっただろう。ケネルがそのことに気づいたとき、いったいどういう行動を取るのか。とても興味があるが、残念ながら彼の命はそう長くない。きみか、あるいは協会懲罰部の刺客が彼を斬ることになるからね」


 ノナが意地悪く笑った。

 そして夜回り仮面ことアルベール・ケネルの命運は、ランドルの意志や行動に関わらず、もはや決まっているらしい。


「さて、ランドル。これまで話してきたとおり、方法の是非はともかく、どうやらケネルは正義感から夜回り仮面として行動しているようだよ。きみが襲われたことは災難だったが、殺された連中にはそれだけの理由があるらしい。それでもきみは、彼に報復するつもりなのかい?」


 ノナが試すような視線を向けてくる。

 だがランドルは、少しも躊躇うことなく言い放つ。


「当然だ。相手がなにを考えてるかなんて知ったことか。やられたらやり返す、それが男の生き方ってもんだ。舐められたまま黙っている俺じゃないぞ」

「いいね、気に入ったよ。シスと協力して準備を進めておこう。それでは……」


 もう用は済んだと席を立とうとするノナを、ランドルが手振りで引き止めた。

 予感があったのか、ノナの様子にわずかな緊張が浮かぶ。


「――なにかな? こちらが伝えるべきことは、すべて伝えたつもりだが」

「ま、せっかく訪ねてきたんだから、そう急ぐな。お前に用がなくとも、俺にはある」

「さて、ぼくには見当もつかないが」


 わずかに覗いていた緊張が、あからさまな警戒に変わったのを感じる。

 だがランドルはあえて無遠慮に話を切り出した。

 こちらにやましいことはないのだ。


「妙な勘繰りをするな。俺はただ、例の〈山彦(やまびこ)の盾〉だったか? あの魔術について、色々と教えてほしいだけだ」


 〈山彦の盾〉は夜回り仮面との戦いにおいて、不可視の障壁でランドルの攻撃を阻み、吹き飛ばした魔術である。あの術を突破しない限り、ランドルに勝ち目はない。

 否、正確にいえば、あの術を使った夜回り仮面にひと泡吹かせてやることが、ランドルにとっての勝利なのだ。ただ敵を倒すだけでは、彼にとって意味がない。


「教えてほしいだけ、と軽々しく言うけどね。部外者に火紋(ひもん)魔術の詳細を、おいそれと教えるわけにはいかないんだよ。ましてあの術は、ぼくの努力の結晶ともいえる秘術だ。きみへの協力を惜しむつもりはないが、なんでもしてやれるわけでもない。する理由もないしね」


 ノナは片手を上げて、要求を拒絶する。


「理由ならある。取引しよう」

「――取引?」


 ノナは訝しむように聞き返す。

 しかし、警戒以外の感情がその琥珀色の瞳に宿ったのを、ランドルは見抜いていた。


「たしか前に来たとき、こう言ってたな。金欠が原因で、やむなく〈山彦の盾〉を売りに出したと。その価値に反して、買い手の数はいまいちだったともな」

「たしかにそう言った。存外、きみもよく憶えているものだ。それで?」

「〈山彦の盾〉を俺にも売ってくれ。正確にはその情報だ。渡し守をやってる俺が金を持ってることはわかるだろ。金は用意する。だが正直に言えば、魔術の相場なんてまったく知らん。いくら必要か言ってくれ」


 ランドルはノナの目をまっすぐ見て、答えを待った。琥珀色の瞳に目蓋が閉じられる。

 しばらく沈黙が続いたが、返事はわかりきっていた。

 取引を切り出したとき、即座に断られなかったことが、答えの代わりだ。


「――いいだろう。ぼくの要求する金額をきみに用意できればの話だが」


 そう言って、ノナはランドルに金額を提示する。かなりの高額である。

 普段であればさすがに怯みかねない金額だが、いまのランドルは違った。

 先日の女中殺しの一件で、三人の傭兵を渡した報酬がまだまだ残っている。


「よし、取引成立だ」


 ランドルの即断即決に、ノナは驚きと呆れを混ぜたような表情を浮かべ、苦笑した。


「――ケネルはどうせ死ぬというのに、危険を冒し、大金を費やしてまで意趣返しを望むとは、理解しかねるよ。ああ、それとね。言うまでもないことだが、取引で得た情報、そして取引したこと自体も口外禁止にさせてもらう。それでも構わないなら、〈山彦の盾〉について、なんでも聞いてくれたまえ」

「もちろんその条件でいい。それでだ、俺が聞きたいのはずばり、どうやったら〈山彦の盾〉を突破できるか、だ。夜回り仮面が魔術で身を守っていい気になったところを、俺の剣で両断してやりたい。どうすればいい?」


 子どものように目を輝かせるランドルを見て、ノナは憐れむように首を振った。


「残念だがそれは不可能だ。発動さえすれば、〈山彦の盾〉は破城槌(はじょうつい)だって防ぎ、その衝撃を跳ね返す。きみのやりたい事はわかるが、無理なものは無理だ。諦めたまえ」


 ノナは厳然と言い切った。

 その態度からみて、剣による突破が不可能であることは疑いようもない。


「だったらどうすればいい?」

「二つある。いいかい、〈山彦の盾〉の守りは鉄壁だ。強力な攻撃を反射し、弱い攻撃ではそもそもびくともしない。だが弱点もある。強力な攻撃を一度防ぐと、その衝撃を反射して術が消えてしまう。それに一方向にしか展開することができない。だから複数人で攻めるといい。誰かが囮になって盾の反射を引き受けてもいいが、それは色々と大変だろう。ぼくは挟撃することをお奨めする」

「複数人で攻めろ、か。――ほかの案を聞かせてくれ」


 この反応を予想していたのだろう。ノナはとくに気にもせず、つぎの案を口にする。


「こちらも単純明快だ。術を発動させなければいい」


 ノナの答えを聞いて、ランドルは不満を露わにした。


「そりゃそうだが、俺が聞きたいのは、そういうことじゃないのはわかるよな」

「まあ話は最後まで聞くといい。〈山彦の盾〉に限らず、火紋魔術は火紋を記すことで発動するのは知ってるだろう。が、記した直後に発動すると決まっているわけではない。少しの時間、発動を溜めておけるわけだ。ここまではいいかい?」

「ああ」


 ランドルが大人しく話を聞いている様子に満足して、ノナは話を続ける。


「溜めた魔術を発動させるにはいくつかの方法がある。方法は術者によって異なるが、大抵は所作や声の力だね。つまり指を差したり、呪文を唱えることで溜めた魔術を発動させる。先の戦いで〈山彦の盾〉が発動する際、そうしたなにかがあったはずだ。心当たりはないかな?」

「――そういえばあの野郎、なんか言ってたな。よく聞こえなかったんで、俺はてっきり悪態をつかれたんだと思ったが」


 それを聞いてノナが頷いた。


「それが呪文だよ。その声に反応して〈山彦の盾〉は発動したんだ。集中力を欠くと呪文は意味をなさないから、剣戟の最中に発動させることはまず無理だ。要するに、戦闘開始直後か、仕切り直しになったところを敵は狙ってくる。だから上手く策を講じて、敵にひと息つく暇を与えないようにすることだ。術を破れないなら、術を発動させなければいい」

「なるほど。で、策を講じるって、具体的にはどうするんだ?」

「さあ、ぼくもそこまではわからない」


 この答えに、ランドルが呆気にとられた。ノナは恬然(てんぜん)としている。


「おい、そんな他人事みたいに言うなよ」

「実際、他人事だからね。それにぼくは簡単な方法を、きちんときみに示したはずだ。『複数人で攻めろ』とね。だがきみは、敢えて茨の道を行きたがる。そこまでは面倒見切れない」


「ええい、薄情なやつめ。頭よさそうな話し方しておいて、さてはそこまで頭よくないな」

「な、なんてことを言うんだ、きみは……」


 ランドルの暴言によほど衝撃を受けたのか、ノナは言い返すこともせず黙ってしまった。

 そんなノナを放置して、ランドルは考えを巡らせることにする。


 ケネルはおそらく、初手では〈山彦の盾〉を使ってこないだろう。

 これは剣士の勘だ。

 ケネルは魔術の道に進んでも、剣の道を捨てることはしなかった。

 そして高貴な身分でありながら、世直しを気取って密かに悪党を斬って回るほどだ。


 まず間違いなく、自尊心が強い。


 そして剣で敵を打ち負かすことに自信と誇りを持っている。

 ――否、楽しんでいるのだろう。血狂いになっているのだ。


 いずれにせよ、彼が〈山彦の盾〉に頼るのは、おそらく危機に瀕したときだけだろう。

 そうでなければ前回の戦いにおいて、ランドルは戦闘開始直後にやられていた。

 厳しい修練を積んだ者による非合理が、いまこうしてランドルを生かしているのだ。

 しかし、あくまでこの考察は想像、もとい妄想に過ぎない。


「なあ、ちょっと聞きたいんだが……」


 考察の補強を頼もうとノナに声をかけると、彼女はいまだにうなだれていた。

 どうやら怒っているわけではなく、気落ちしているようだ。

 偉そうな話し方をする割に、かなり打たれ弱い性質らしい。

 だがこのランドルという男、そんなことに配慮してやるような男ではない。


「おい、どうした。聞こえてるか? おい、返事をするんだ!」


 ノナの両頬をつまんで、顔を無理やり上げると、そのまま上下に揺すって返事を催促した。


「――や、やめてくれ。痛いじゃないか……」


 揺さぶりをしばらく続けていると、ノナが口を開いた。

 気怠げな抑揚のない声は、ずいぶんと弱々しくなっている。


「お、ようやく喋れるようになったか。俺はてっきり、また妙な魔術でも使われたのかと思ったぞ。ま、声が聞けてなによりだ。それでだな、聞きたいことが……いや、待てよ」


 閃きがあった。

 ランドルはしばらく遠くを見るかのように硬直していたが、考えが纏まると表情が変わる。

 その顔には(よこしま)な笑顔が浮かんでいた。


「ノナ、お前は大したやつだ。天才かもしれん。そこでだな、少し相談があるんだが……」

「いまさら下手なお世辞は結構だ。――なにかろくでもない考えが浮かんだようだね。いいだろう、聞かせてくれ」


 ランドルは自分の計画を話しはじめた。ノナは黙って耳を傾け、所々で質問を挟む。

 すべてを語り終えたあと、ランドルだけでなく、ノナの表情からも憂いが消えている。


「うん、いいんじゃないか。きみの提示した条件も問題ない。しかし、このやり方できみの気は晴れるのかい?」

「ああ。その瞬間までに、きっちり勝負はつけておくから問題ない。あとはやつに目に物見せてやるだけだ。ノナ、半分はお前のおかげだ。ありがとな」


 そう言って、ランドルはノナの手を取ると固く握手した。本当に感謝しているのだ。

 二度目の握手は、初対面のときに比べれば、おそらく少しましになっていた。


「どういたしまして。それでは連絡を待っている。――ではまた」


 ノナが火紋を宙に記すと、蝋燭の火を吹き消したかのように、その姿が消えた。


「いきなり現れて、いきなり消えるやつだ」


 部屋に一人残されたランドルは、ぽつりと呟いた。

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