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11 賭場帰りの出会い①

 人の出会いというものは、いつも唐突に訪れる。

 その訪れが幸福の最中であるのか、あるいは不幸の真っ只中なのかはまちまちだが、この日のランドルにとって、それは前者であった。


「いやあ、散々勝たせてもらって悪いな。今日は本当にツキまくってた。だが幸運の女神が俺を見捨てないうちに、少し早いがこれで退散させてもらおう」


 紫煙の立ちこめる札遊戯の席を振り返り、ランドルは自らの勝利を告げた。

 テーブルを囲む男たちの苦々しげな顔を見て、勝利の余韻はさらに味わい深くなる。


 薄汚れた酒場の奥に設けられた小さな賭場は、日中にも関わらず陰気で客層も大層悪い。

 賭場といっても、王都での博打は禁じられているため、袖の下を使って官憲に目こぼしされているに過ぎない、ごく小さなものだ。賭け金はたかが知れているし、よほどの阿呆でもなければ、身を滅ぼすということはない。

 ――ただし、度しがたい阿呆を惹きつけるのが、賭場という場所でもあるのだが。


 ランドルに関していえば、熱くなりやすい気質に反して、意外にも賭け事は弱くない。この男、負けを取り戻すためのけちな賭けを続けることはしない性質(たち)だ。

 勝つも負けるも、後腐れなしの強気の短期決戦。

 当然、負けることも少なくないが、勝ったときの実入りも大きい。


 そして今日は、勝ちに勝ちを重ねた大勝ちの日である。自然と顔もにやけてしまう。(わた)(もり)として、後ろ暗い大金を手にしているランドルだが、賭けに勝って手にする金というのは、また格別のものなのだ。


(今日はこれでもかというほど勝ってしまった……ま、俺くらいになれば、わかっちまうんだよな。場の流れというやつが! 連中には悪いが、これが勝負の世界ってやつだ)


 調子に乗りまくっているランドルである。

 酒場の外に出ると、新鮮な空気を大きく吸い込み、硬くなった(からだ)を伸ばした。

 太陽の位置はまだまだ高い。午前中から酒場に入り浸り、賭け事に興じていたのだ。


 先日の傭兵三人の舟渡(ふなわた)しを終えてから、およそ一月が過ぎた。

 午後の日差しが少しまぶしく、通りを行き交う人々の足取りも軽い。


(やっぱり春ってのはいいもんだ。辛気くさい冬と違って、通りを歩いているだけで、なんとなく気分が晴れるからな。――ん?)


 道行く先で、若い男二人が同じ年頃の娘に声をかけているのが目に入った。

 男たちの身なりは、王都の若者のそれと違い、南部地方でよく見られるものだ。

 春になり故郷を出て、見物や職探しで王都を訪れたのだろう。

 この季節、そうした者たちは珍しくもないことだ。

 彼らの浮ついた表情を見たところ、娘に言い寄っているのは間違いないだろう。


(お、春の風物だな。おのぼりさんが気を良くして、見境なく女に声をかけるってのは……)


 だがしきりに誘いの声をかける南部男たちに対して、娘のほうは男たちにいささかの興味も持っていないようである。

 誘いを断り、先を行こうとする娘の手を、南部男の一人が強引にとった。


(あれはさすがに女が気の毒だな。しかし、あの連中もこの往来でよくやる。暖かくなると、悪さをするやつらの中でも、とくに頭の緩いのが増えるのはなんでだろうな)


 思いつつ、ランドルは渦中へと足を速めた。見過ごすと後味が悪そうだからだ。

 とはいえ、日中の往来でのことだし、周囲に人も大勢いる。

 じきに衛兵が駆けつけるのは間違いない。それゆえランドルは、別段焦っていなかった。


 それが出会いのきっかけとなった。


「おい、待ちな。お前さんたち、その娘を離してやりな!」


 ランドルが駆けつけるより先に、南部男たちを見咎め、止めに入った者がいる。

 年頃は三十半ばほどだろうか。身長は低いが、がっしりとした躰つきの男だ。

 一見すると冴えない小男だが、つり上がった鋭い目つきに宿る光は、男二人を前にして微塵も揺らいでいない。


「なんだ? 引っ込んでろよ、おっさん!」


 南部男の一人が気を悪くして、小男の胸ぐらを掴もうとした。

 だが小男はその腕を巧みに(かわ)し、逆に掴んで捻り上げる。なかなか見事なものだ。これを見た別の南部男が逆上し、たちまち殴り合いに発展した。


 喧嘩が始まるや否や、南部男たちに絡まれていた娘は悲鳴をあげて、すぐにその場を逃げ出した。通行人の一人が衛兵の詰め所へ知らせに走ると、残った周囲の者たちは遠巻きに見守るだけで、仲裁に入ることはしない。無用な争いを避ける賢い振る舞いだ。


 そして賢くない振る舞いをした小男は、一対二の不利の中でよく立ち回っていたが、ついに限界が訪れた。一発の拳が、彼の顎を捉えたのだ。

 よろめいた小男の後ろ襟が、背後に回った一人に掴まれる。もう逃げられない。

 正面に立つ南部男が、これから始まる処刑を示唆するかのように拳を鳴らす。

 歯をむき出して笑い、その大きな拳を小男の顔面へと叩き込むべく振り上げた。


「よお、そこまでにしときな」


 だがそれを許さぬ者がいた。ランドルである。

 南部男の腕を背後から取ったランドルが、相手を振り向かせざま、鳩尾を強打する。苦悶に顔を歪ませ、南部男が地面へ倒れ込んだ。


 それを見て、背後に立つもう一人の南部男が怯んだのを、小男は鋭く察知した。

  南部男の爪先を踵で踏みつけ、拘束が緩む。隙を逃さず勢いよく躰をひねると、掴まれていた後ろ襟が破れ、拘束から逃れることに成功する。

 小男は背後の相手へ飛びかかり、そのまま危うげもなく取り押さえてしまった。


「こりゃ、危ないところを助けてもらい、なんとお礼を言ったらいいことやら。おかげで助かりました、ありがとうございます」


 相手を組み伏した小男が、見上げながら礼を言った。


「気に食わない連中がいたから手を貸しただけだ、そう改まらないでくれ」


 ランドルの返事に、小男は目を見開き、改めてかしこまった。


「申し遅れました。あっしはギンロと申します。よろしければ旦那のお名前を伺っても?」

「旦那はよしてくれ、たぶんそっちが年上だろう。俺はランドル、よろしくな」


 他人にへりくだるような生き方はまっぴらごめんなランドルだが、気骨のある人物に折り目正しく接されるのも、それはそれでもどかしさがある。

 そしてギンロという小男、ランドルにとって珍しい、目を見張る人物であった。


 だがこのやりとりを遠巻きに見ていた野次馬たちは、なぜか不審な素振りをみせている。

 本来であれば、無法な振る舞いをする連中を取り押さえたことで、感嘆の声でもあがりそうなものだが、こちらへ向けられているのは、冷え冷えとした蔑みの視線だ。そしてその冷たい視線は、ギンロのほうへ向けられているようであった。


「お、衛兵のおでましだな」


 向かってくる衛兵に気づいてランドルが告げると、ギンロはそちらへ向き直り、その際に上腕部がちらりと目に映った。

 ランドルは野次馬たちの冷たい反応の理由を悟った。


 上着を破かれて露わになったギンロの上腕、そこに押された烙印――すなわち、前科者の証である。その絵柄は彼が犯した罪が盗みであることを意味していた。

 ランドルの視線に気づくと、ばつが悪そうにギンロが謝罪する。


「――こいつはどうも、お見苦しいもんをお見せしました」


 だがランドルはそれに構わず、近くにいた野次馬の男を手ぶりで呼びつけると、有無を言わさず金をにぎらせ、顔を近づけて笑った。


「悪いがこの金で、すぐそこにある古着屋から上着を一着買ってきてくれ。お前さん、ずっとこっちを見てたんだ、自分も力になりたくて仕方なかったんだろ。丁度、助けが欲しいところだったんだ。ほら、急いで行ってきてくれ、釣りは好きにしていい。頼んだぜ」


 そう言って、野次馬男の背中を押して送り出した。

 ギンロは思いがけないランドルの行動に、言葉を失っている。

 これ以上恩に着られても面倒なので、ランドルはそれがさも当然のように言った。


「なに、上着代のことなら気にしなくていい。なにせ今日は、幸運の女神が俺を見てくれているんだ。けちな真似して、女神様の機嫌を損ねたくないんでな」

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