第73話 いやですわお父様
「この、ココナッツヌードル旨い」
「だろう? ミャンマーじゃポピュラーな料理でな。エスニックが好きならハマる味だろ」
父さんと母さんが帰国した翌朝。
起きたら、朝から父さんが張り切ってキッチンで何か作っていた。
ミャンマーで習得した新料理を、早く息子に披露したかったのね。
「昨日は、ほぼ丸一日飛行機移動だったのに元気だな父さんは。母さんはまだ爆睡中だって言うのに」
「ハナちゃんの場合、休日はお寝坊さんだから、いつものことだ。それよりほら、伸びる前に先に食べよう」
そう言って、いそいそと父さんがテーブルに配膳してくれたので、俺も席に座り食べ始める。
ココナッツヌードルは、鳥ガラスープベースのエスニックヌードルで、朝からでも胃腸に優しく、ほっとする味付けだった。
「これは色々アレンジも効きそうだね。蒸し鶏も合いそうだし、パクチーが苦手な人は水菜にしたり」
「そうだな。ターメリックや赤唐辛子フレークの量を調節して辛い味付けにしたりにも、向いてるぞ」
「そうだね。赤の差し色が欲しいなら、唐辛子だね」
今度、辛い物好きな優月にも作ってやるか。
「父さん、レシピ教えて」
「おうよ。そういや唐辛子と言えば、辛味好きの女の子とは、その後どうなんだ?」
「う……いや、別になにもないよ」
そう言えば父さんには、前に楓さんの小説のことで相談のWeb通話を行った時に、ポロッと喋ってしまった献立から、優月の存在に勘付かれていたんだった。
「まぁまぁ。今は瑠璃もお仕事で家にいないし、父さんに話してみ。ん?」
「メモ帳を片手に息子に恋バナを振るな」
瑠璃には内緒でも、下手したら本にされて全世界に公開されるだろうが。
っていうか普通、年頃の息子と父親って恋バナなんてしないだろ。
「解るぞ、一心。俺も、大学の高嶺の花的な存在だったハナちゃんを何とか射止めたくて、大学の学食でどういったメニューが好きなのか、よくガン見して観察してた」
俺の返答は無視して、父さんが自分語りモードに入る。
「それ、ただの不審者じゃん。よく結婚出来たな」
学食中に自分の方をジーッと見てくる男子生徒とか、恐怖の存在でしかない。
よく、こんなのと結婚したな母さんは。
「あの時は若く、必死だった……でも、俺の愚直なアプローチをハナちゃんは」
「あ~、そこ掘り下げないで良いよ。親の馴れ初めエピソードとか、聞くのヤダから。ご馳走様~」
優月のことを深堀りされたくないのもあり、俺は足早に食器をキッチンの流し台へ持って行く。
「今日はどこか出かけるのか?」
「うん。午前中はこの夏に立ち上げた無料塾へ顔を出して、午後は空手の幼年部の指導員の仕事だな」
食べ終わったココナッツヌードルのお椀を洗いながら、父さんに今日の予定を答える。
「おお……なんか充実したスケジュールだな。俺のラブコメ小説の主人公の夏休みなんて、ヒロインに誘われるまでは家でウダウダして、溜まったアニメの一気見や、スマホゲーのガチャしか回さないのに」
「現実とラブコメを一緒くたにすんな」
(ピンポ~ン♪)
皿洗いをしつつ父さんと他愛のない会話をしていると、来客を知らせるインターホンが鳴った。
「ちょっと出てくれる? 父さん」
「おう」
皿洗い中で手が離せないので、俺は父さんに応対を頼んだ。
多分、父さんたちがミャンマーから送った荷物を届けてくれた配達業者さんだろうしと思ったのだ。
「ああ、これはどうもご丁寧に」
ん?
皿洗いを終えて手を拭き拭きキッチンから離れると、玄関の方からかしこまった父さんの声が聞こえて来た。
配達業者じゃないのか?
そう思いつつ、俺へ玄関の方へ向かった。
「どうも初めましてお父様。一心さんと大変仲良くさせていただいている赤石優月と申します」
そこには、恭しく玄関先でお辞儀をしている優月の姿があった。
「優月!? なんで朝っぱらから、うちの家に?」
「おはようございます一心さん」
「一心さん!?」
何その呼び方?
「おう、一心。何だ、お前やっぱり付き合ってる子がいるんじゃないか。しかも、こんな美人さんだなんて、このこのぉ」
優月から頂いたと思われる菓子折りを手に、父さんが俺の脇を小突いて来る。
「いやですわお父様、そんな美人だなんて」
淡いパステルカラーのワンピースで清楚さを強調する服装で、優月が楚々とした仕草で微笑む。
おい、普段とキャラが違い過ぎるだろ。
「いや、俺と優月は付き合ってな」
「照れるな、照れるな」
ダメだ。
息子にいい人がいたという事でテンション爆上がりの親父殿は、こっちの話を聞いちゃいない。
「ふわぁ……騒がしいですよ一刻さん。朝からなんです?」
玄関での喧騒で目を覚ましたパジャマ姿の母さんが、玄関の方に寝ぼけまなこで降りて来た。
「あ、ハナちゃん。おはよう」
「母さん、おはよう」
「あ! お母様ですか? どうも、はじめまして! 赤石優月と申します!」
すかさず、清楚モードの優月がビシッと折り目正しい挨拶を決める。
「う、うぇ!? え、お客さん!? え、一心の、その……って、やだ私ったら! お客さんがいるのに、パジャマのままで! もうヤダァ!」
「ハナちゃんはパジャマでも可愛いよ」
「そういうの今はいいから一刻さん! 私の着替えどこ!?」
「ええと、そっちのスーツケースの」
ドヤドヤと慌ただしく、母さんと父さんが荷物のある夫婦の寝室へ引っ込んでいく。
「フフッ。いいご両親だね一心」
「優月、お前な……」
玄関先でにっこりと笑う優月は、どうやら何か企みがあって来たのだなという事が、その笑みで解った。




