第71話 交渉成立
「『この地域最大の反社組織が壊滅』ね……」
新聞の切り抜き記事を読みながら、俺は記事タイトルを読み上げた。
「新聞記事ではボカしているが、壊滅の理由が傑作なんだよ七光りボンボン君」
今日も今日とて、平和に無料塾の受付をしていた俺の所に、この切り抜き記事を持ってきた楓さんがドヤ顔でもったいぶる。
「反社組織の壊滅の理由ですか? 組同士の抗争とか?」
俺はすっとぼけて、無難な予想を楓さんに述べる。
「チッチッチ。なんと、組長以下、全ての組員が逃げ出して、組の組織が維持できなくなったからなんだってさ」
俺の予想がちゃんと外れた事に気を良くした楓さんは、自慢げに事の子細を語って見せる。
「へぇ、事実は小説より奇なりですね。けど、この町の治安が向上して良かったですね」
まぁ、本当の反社組織の壊滅理由は言えないんだけどね。
尊厳をボキボキに折られた彼らが、今後どう生きていくのか。
悪い事をしたらああなると、記憶はなくとも身体に刻み込まれたので、もう悪い事には手は染めないと思いたい。
「治安と言えば、メンズコンカフェが潰れたそうだよ」
「そうなんですか?」
これについては、俺もまだ知らない情報だったので素直に驚いた。
「ここもオーナーが失踪したせいらしいよ。ハハハッ、キングの奴は今頃無職か。ザマァだな」
愉快、愉快とばかりに楓さんは手を叩いて喜ぶ。
「あの、楓さん」
俺は止めようとしたが、調子に乗った、ついこの間までニートだった女の無職煽りは止まらない。
「今度キングに会ったら、牛丼でもおごってやるか。なんせ、私は社会人だからな」
「それじゃあ、俺は4色チーズ牛丼特盛に温玉つきでお願いしますよ楓さん」
「ワヒャ!? って、キング!」
背後から突然声をかけられた楓さんは、飛び跳ねて驚いた。
キングこと王城さんが晴れやかな笑顔で、堂々と牛丼のオーダーをする。
「なんで、この無料塾にキングが!? ハッ! さては、コンカフェを潰された腹いせによるカチコミか⁉」
驚きから回復した楓さんが、ファイティングポーズを取る。
本当に、この人は喧嘩っ早いな。
「楓さん。王城さんは、俺が呼んだお客さんですよ。色々とお世話になったので」
「お世話? なんだそれ」
「まぁ色々です」
「それより、これ。祖父ちゃんから持っていけって言われたんだ」
王城先輩が高級菓子の菓子折りの入った紙袋を差し出してくる。
「ありがとうございます。凄い量ですね」
「ここの女の子たちにも振舞ってよ」
「わぁ、それはいいですね。今、お茶入れますね」
「待て待て待て! なんだこれは! 無料塾とメンズコンカフェのトップ同士が雁首そろえて、血を血で洗う抗争が勃発するんじゃないのか!? なんで、呑気に茶話会を開こうとしてんだ!」
一人、事態についていけない楓さんが大声を出す。
「静かに。みんな勉強中なんですよ楓さん」
「あ、悪い……。じゃなくて、どういう事なんだ⁉ 説明しておくれよ」
楓さんは俺の注意に、一応は声のトーンを落とすが、どういう事なのかと俺と王城さんに詰め寄って来る。
「端的に言うと、俺はメンコンカフェに送り込まれてたスパイだったんだよ」
「スパイ?」
怪訝な顔をする楓さんに、キングこと王城さんが言葉を続ける。
「祖父ちゃんの地主仲間の人が、仲介の不動産屋に騙されてメンズコンカフェを出店されてしまって嘆いていたんだ。だから、俺がコンカフェ内部に潜入して、それとなくヒドイ方向の経営にならないように誘導してたんだ」
最初に知った時には、俺も驚いた。
先日の学童保育所で参加したバザーで謝罪してきた、移転先候補の物件のオーナーだった老紳士の孫が、王城さんだったのだ。
世間は意外と狭い。
っていうか、王城さんこそ、地主さんの孫でボンボンだった。
チャラい見た目と、メンズコンカフェ店員というので見事に騙された。
「スパイで入店して、うっかり人気トップになってたのか……」
「そうそう。やってみたら、とんとん拍子にトップになっちゃってさ」
王城さんはそう言ってカラカラと笑った。
実家が金持ちで、イケメンで、さらに人を動かす才能もあるのか。
こういう才能を持つ人が、政治家に向いてるんだと思う。
「あの店に潜入しても、しばらくはオーナーが誰か解らなかったんだけど、経営が傾いたら現場に介入してくるようになってね。コンカフェのオーナーが、物件の地主さんの仲介をしていた愛光不動産の社長だって解ったんだ。双方代理による自己契約という、法律で禁止されている行為を行っている事が判明したから、晴れて地主さんは契約解消が出来たってわけさ」
これが、表向きの今回の結末だ。
愛光不動産はこの件で訴訟も起こされて、現在係争中。
完全に、この町で商売をすることは無理となった。
もっとも、なぜか理由は解らないが、ある時から無気力になってしまった愛光社長では、どの道、事業継続は不可能というのが周囲の下馬評だが。
「じゃあ、解決したのは七光りボンボン君のおかげって訳だね」
「そうなんだよ。女の子には、売春ストリートに立つようなことは決してしないでくれって、お店に隠れてこっそり抑えてたけど、ボチボチ限界だったから、イケメン講師が教える無料塾と言う、まさかのジョーカーの存在が事態を一気に好転させてくれた。本当に感謝しているよ」
ちょっと悔しそうな楓さんの言葉に、王城さんは素直に感謝の意を示して来た。
心までイケメンなんだね、この人。
「俺は自分のやりたいように動いただけですよ」
「でも、君のおかげでこんなに多くの女の子が救われているんだ。俺には、せいぜい最悪の事態から、まだマシな状態に引っ張ることしか出来なかったんだから。本当に凄いよ」
イケメンから褒められるって、なんだかくすぐったいな。
これ、女の子がハマっちゃう気持ちが、少しだけ解る。
「そうだね。東横ちゃんも町で見なくなったけど元気にしてるかな」
「……そうですね」
あれから、東横さんを町で見ることは無くなった。
元締めの東横さんが居なくなった事と、メンズコンカフェのために稼ぐ必要のない女の子たちが立たなくなったことで、売春ストリートは自然消滅した。
東横さんが今、どこでどうしているのかは俺にも分からない。
「町に来てた子がパタッと来なくなるのは、大切なものが何かって事に気付けた証だよ。そういう子ほど、二度とこちらには近づかないものさ」
「そっか……じゃあ、東横さんも、新しい環境で頑張ってるんだろうな。そこに、この町の路上で知り合った私がいつまでも関わっちゃいけないね」
東横さんの裏の顔を知る王城さんのナイスアシストにより、楓さんも東横さんに対するわだかまりに一区切りがついたようだ。
優しい嘘だな。
「しかし、東横さんって中学生でキャピキャピしてたけど、どこか大人びてる感じだったんだよな。だから思わず、年下なのに『東横ちゃん』じゃなくて、『東横さん』って呼んでたんだけど」
って、存外、鋭い所があるな楓さん。
東横さんの裏事情に気付く前に、話題を変えよう。
「それで、王城さんはこれからどうするんですか?」
「そうだよ。メンズコンカフェは潰れちゃったし、キングってば無職じゃないか」
東横さん関連の話題から遠ざかるための話題振りだったが、楓さんは無職煽りを王城さんに再び仕掛けられると、喜色満面だ。
「まぁ、俺は本業は大学生なんだけどね。K大の」
「K大って、私が受験で落ちた有名大学じゃん……クソが」
だが、あえなく返り討ちにあってしまう楓さん。
ダメだよ。
つい最近までニートだった小説家志望が、このパーフェクトイケメンに敵いっこないって。
「そうなんだよね。ただ、俺の潜入任務は終わりだけど、任務が終わったら、はいサヨウナラじゃ、俺を慕って広場に集まってくれてる子たちにも悪いしね」
元ニートが勝手に傷ついている中、王城さんは真剣な顔をしながら考え込む。
見た目はチャラいけど、誰に対しても誠実な態度で接してくれるのが解るから、きっと女の子たちも夢中になったんだろうなぁ。
と、王城さんの人なりについて思いをはせていると、ふと俺の頭の中に妙案が浮かんだ。
「それなら、提案があります王城さん。ここの無料塾の運営をお任せしてもいいですか?」
「え、俺が?」
思いもかけない提案だったためか、王城さんも聞き返す。
「はい。僕はこの通り、高校生の身の上です。夏休み中は大丈夫ですが、休みが明けて学校が始まれば、毎日この無料塾に来るのは難しくなります。なので、メインの運営を任せられる人を探していたんです」
当初は、瑠璃の所属する芸能事務所の伝手を使って、学習塾業界の人を採用しようかと思っていたが、予定変更だ。
「俺なんかでいいのかい?」
「この町で無料塾を運営する上で、キングこと王城さん以上の適任者はいないです」
女の子相手に間違いも起こさないし、なにより町で少年少女達への影響力もある。
見ず知らずの大人が言うよりも、王城さんの言葉の方が少年少女たちも素直にこちらの話を聞いてくれそうだ。
「アハハハッ! メンズコンカフェで働いてた奴が、今度はボランティアで無塾の塾長か。うん、面白い。やるよ」
そう言って笑いながら王城さんが手を差し出してくるので、俺はその手をガッチリと握った。
交渉成立だ。
「ふむ……メンズコンカフェで少女をたぶらかしていた青年が、懺悔のために無料塾で先生をする。そして、そんな先生を慕う少女との禁断の愛……うん、いいドキュメンタリーラブコメが書けそうだ。いただいたぞ、このネタ」
楓さんも、いつのまにか復活してネタ帳に熱心にペンを走らせている。
「じゃあ、楓さん。ネタ提供のついでに、牛丼おごってください」
「え? 冒頭のあれは、冗談だぞ七光りボンボン君」
途端に狼狽える楓さん。
「俺も、今お金ないんだよな~。なにせ、無職だからな~」
ここぞとばかりに、王城さんも先ほどの楓さんの無職煽りを逆手に取り、おねだりする。
「で、でも、この塾を空けるわけにはいかないだろ? キングも引継ぎとかあるだろうし」
「今は、個人委託の配達で注文できますよ」
楓さんにスマホの配達アプリで牛丼屋の画面を開いて見せつけ、楓さんの逃げ道を塞ぐ。
「俺は4色チーズ牛丼特盛に温玉つき。あと、豚汁おしんこセット」
「俺も同じのにしよっと」
「「楓さん、ゴチになります」」
「お前らホント、容赦ないな!」
この後、無料塾に牛丼が無事に配達された。
だが、その艶めかしい匂いゆえ、講師のセクサロイドから『生徒たちの勉強の邪魔になるから出て行け』とマジトーンで注意され、旧塾長と新塾長、そして財布の軽くなった小説家志望はすごすごと外の公園で牛丼を食べる事になった。
まだ暑い公園のベンチで、汗だくになって牛丼をかきこんだ。
夏休みは、半分を折り返した所だった。
これにて無料塾編は終了。
シリアスになるかと思いきや、セッ部屋さんが強すぎて速攻解決させよった。
次回から最新編です。
次は、主人公の両親の帰国を軸にした各ヒロインたちのお話。
そして新ヒロインの登場です!
お楽しみに!
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