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第65話 やっぱり、みんな孤独なんだよな

「ごちそうさまでした楓さん」


「トホホ……安いノンアルコールの飲み物しか飲んでないのに、結構な金額だったな。学童指導員の薄給にはキツイ出費だよ」


 メンズコンカフェを後にした所で、軽くなった財布を寂しそうに抱える楓さんに、おごってもらったお礼を述べる。


「少しはお会計時に手伝ってくれても良かったんじゃないか、七光りボンボン君?」

「いえいえ。立派な社会人の楓さんの顔を立てたまでです」


 俺は素知らぬ顔で、財布を出す気がないことを改めて笑顔で楓さんに示す。


「チッ、金持ちの癖に金払いの悪い奴め。これは愚妹も将来苦労するな」


 別に、俺は行きたくもないメンズコンカフェに付き合ったんだから、年長者として支払いくらいは気持ちよくしてもらいたいものである。


「それで、小説のネタにはなりそうなんですか?」


「ん? ああ、そうだな。直接にはネタとして活かせなくても、ただ机上でネットの記事で調べたのとは違った、リアリティや息遣いがストーリーやキャラに宿るものなのさ」


「へぇ~?」


 なんだかよく解らないな。


 あ、でも、ラノベ作家の父さんも、時々わけわからんこと言って、女子高生の制服とかを買い込んで母さんにバレて、捨てられたりしてたな。


 この場に関係ない家族の事で、思わず思い出し笑いしそうになった時に、それは聞こえて来た。


「ホ別25Kは高くないか? ここの相場なら20Kだろ」

「それは、その……」


 歩いていた通りはいつの間にか、怪しいエリアに差し掛かっていた。


 薄暗い街灯もない通りに、一定の間隔を開けて歩道の道路際に女の人たちが立っている。


 その中で何やら交渉をしている男女のうち、ちょうど通り側に正対している女の子は、最近見知った顔であった。


「おう! 東横さんじゃん! こんな所で突っ立ってて、どうしたんだい?」


 努めて、というよりも、やや大げさにといった方がいいテンションで楓さんが話しかける。


「……あ! 楓さん、どうも……」


 曇った顔をしていた少女に、わずかに赤みがさしたのが見えた。


 楓さんが声をかけたのは、この間、広場で会った東横さんだった。

 服装は前回会ったピエン系で一緒だったが、今日は黒いマスクで口元を隠していた。


「っと、んじゃ失礼」


 楓さんが突然、こちらに声を掛けてきたからであろう。

東横さんに話しかけていた男は、こちらを振り向きもせずに、そそくさと退散していった。


 後ろ姿からすると、中年の男性といった感じだろうか。


 だが、あの背格好と声。

 どこかで見たことがあるような……。


「さて、東横さん。せっかく会ったんだし、あっちでお姉さんが、スムージーをおごってやろう」


 もう少しで先ほどの男性のことを思い出せそうだったが、その思考は楓さんの申し出により一先ず棚上げされた。


「え?」


「楓さん。さっき、メンコンで使い過ぎてお金がないって嘆いてたじゃないですか」

「ま、ま。いいじゃん。ほら、行くぞ」


 そう言って、楓さんは怪訝な顔をする東横さんと俺の背中をグイグイ押して来たので、仕方なく俺たちは言う通りに明るい大通り方面に歩いて行った。




◇◇◇◆◇◇◇




「ん~、やっぱり夏のスムージーはいいな~」

「まぁ、俺は自腹なんで一番安いアイスコーヒーですけどね……」


「いいだろ。さっき、メンコンおごったんだから。あっちの方が、おごった額で言えば数倍なんだぞ」


 閉店30分前に駆け込んだスムージーショップの明るい店内で、楓さんが朗らかに笑う。


 いや、メンズコンカフェなんておごってもらっても、男の俺は大して楽しくなかったんだけど。

 スムージーも、自分で作った方がはるかに安上がりなことを知っているので、俺はそちらのメニューには手が伸びなかった。高いし。


「あの……なんで、私のは有無を言わさずにグリーンスムージーなんですか?」


「栄養がもろもろ足りてないんじゃないかと思ってな」


 楓さんに勝手に緑一色のグリーンスムージーを注文されて不満げな東横さんに、楓さんが笑って答える。


「私、野菜全般苦手で……」

「じゃあ、俺のアイスコーヒーと交換する?」


「ありがとうございます」


 俺の申し出に、東横さんは俺に礼を言いながら、アイスコーヒーを受け取る。

 正直、グリーンスムージーは飲んだこと無いのだが。


「お、見た目に反して甘いし美味しい。これはケールを使ってるのかな?」


 これは、今度レシピを調べて作ってみよう。

 そんな事を思っていると、ここで楓さんが直球を投げ込む。


「で、東横さん。なんで、売春なんかに関わってるんだ?」


「ば、売春!?」

「…………」


 突然、楓さんがぶっ込んで来た不穏なワードに俺が驚く中、東横さんは黙りこくる。


「さっき、おっさんと話してたの。あれは、路上売春の金額折衝だったろ? ホ別は、ホテル料金は別途、男もちって意味だったか?」


「え、だって東横さんは、そもそも中学生で……」

「そもそも、路上売春自体が成年だろうが未成年だろうが違法なんだけどね。よかったな、見つかったのが私で」


「う……は、はい……正直、あんな所に立ってるのも私、怖くって……」


 レースがあしらわれたスカートの裾を掴みながら、東横さんは振り絞るように楓さんに礼を述べる。


「今回が、初めてか?」

「はい」


「なんで、あんな真似したんだ?」

「お金が必要で……」


「お金ね……何に、そんなにお金を使ってるの?」

「メンコンにツケがあって……」


 楓さんのズバズバと切り込む問いかけに、東横さんもポツポツと言葉少なげだが、素直に答える。


「君も、キングがいる、あのメンコンに?」

「はい……今は出禁になってますけど……」


 ツケが払えなくて、お店にも近づけないってことか。

 広場に居た時も、キングの姿をみたら慌てて逃げて行ったものな。


「それで、ツケの支払いのために路上売春か。典型例で小説のネタにはなりそうもないな」

「楓さん。人の人生に、ネタどうこう言うのは失礼ですよ」


 この自称クリエイターめ。

 こんな事に首を突っ込んでいたのは、小説のネタのためかよ。


「メンコンの、しかも未成年相手にツケ払いなんてしてたっていうんだから、どうせまともな商取引の形態なんでしちゃいないんだろ?」


「は、はい……。お店の方に記録があるだけで」


「じゃあ、親に言って、未成年者取消権を行使してもらいな。ちょっとしたドリンクとかは無理でも、高額なノンアルボトルみたいな、明らかに子供の小遣いの金額を越える範囲の売買契約は取消できるはずだ」


「そうなんですか楓さん?」

「店側も、未成年相手と金銭トラブルになっているなんて噂が流れるのは、避けたいはずだしな」


「詳しいですね楓さん」

「小説のネタになるかと、法律の抜け穴みたいな本を読んだ甲斐があったよ」


 俺に褒められて楓さんもご機嫌に、スムージーをストローで吸い上げる。


「あの……私……」

「なんだい? 東横さん」


「私、あんまり親との折り合いが良くなくて、その……頼れないって言うか……」


 悦に入っている楓さんに言いにくそうに、東横さんはボツボツと呟く。


「何かダメそうですよ楓さん」

「ま……まぁ、そうなんだろうなとは予想してたよ。うん……」


 狼狽えている俺たちに、東横さんはポツポツとお家の事情を話してくれた。


 両親は、自分が物心つく前に離婚し、自分はお母さんに引き取られたこと。

 最近、お母さんに年下の彼氏が出来て、家に居づらいこと。

 その彼氏が、自分にも過剰にスキンシップを図ろうとして来ること。

 それを目撃した母親が嫉妬して、自分を罵って来ること。


 そこには、恵まれた家庭で育った側の自分には想像も出来ない世界が広がっていた。


「そっか……そうすると、親に頼るのは難しいか。となると、未成年者自身で取消か。行政のホームページに取消用のテンプレート文書ファイルがあったから、それを使おう。連絡先を教えてくれ東横さん。ついでに、にっちもさっちも行かなくなった時に頼るべき行政窓口の場所や連絡先を一覧にしたものを送るよ」


「は、はい……ありがとうございます楓さん」


 東横さんを促し、楓さんがスマホで連絡先を交換する。

 楓さんも、小説のネタのためだとか言いながら、何やかんや面倒見が良いな。


「じゃあ、何かあったら私や行政の窓口に相談するんだぞ。もし、また通りに立ってるのを見つけたら、ボコボコにしてやるからな」

「は、はい。それじゃあ」


 ペコリと頭を下げた東横さんは、明るいネオンの向こうへ消えていった。

 少女一人なんて簡単に覆いつくしてしまう、光と闇のコントラストが印象的だった。



「やっぱり、みんな孤独なんだよな……」



 ポツリと呟いた、楓さんの言葉に、俺は解ったようにうなずいたが、真の意味で彼女たちのような少女たちの事を解ってあげられていない事を、俺は痛感させられていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔の漫画で、何体ものドールにオクで落としたJKの制服を着せて飾っている弁護士っていうのが出てきたなあ。違法ではないw やっぱり、そういう方向に行っちゃいますか。必要とされたいという思いが間…
[一言] 楓さん、実年齢以上に逞しくなっている気がする… 記憶がなくても精神力と胆力は鍛えられている?
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