第58話 赤石姉妹の御用達
「ほら、七光りボンボン君。これも追加ね」
「は、はい」
手に持っている買い物かごに、ドカッと駄菓子ケースが入れられる。
駄菓子とは言え、数十個単位の数量が入っていると、結構重い。
「いや~助かったよ。私一人だと、とても一回の買い物で持ち帰れなかったからな」
「あ~あ……。なんで一心とのデート中にお姉ちゃんと出くわしちゃうかな」
ショッピングビルの雑貨ショップの前で、他のお店で買った買い物袋を抱えて不満たっぷりの優月がむくれる。
今日は優月と、激辛で有名な火鍋のお店にランチに行こうという事になったのだが、そのお店に向かう途中に立ち寄ったアーケードで、優月の姉の楓さんに出くわしたのだ。
「だって、駅前のショッピングビルがこの間、火事で燃えちゃっただろ? となると、買い物はこのアーケードしか選択肢がない。私たちが出会うのは必然だったのだよ愚妹くん」
「なに、その名探偵気取り? 大した推理じゃないでしょ」
「今、推理サスペンス物の小説を書いてるからな」
そっか。楓さん、ちゃんと小説書いてるんだ……。良かった。
今度はファンタジーじゃなくて、推理小説みたいだけど。
「しかし、凄い荷物ですね」
「今度、地域のバザーに出店するからそのための物品さ。よし、次は百円ショップだ」
「え~、まだ行くの~? お姉ちゃん」
「代わりにランチおごってあげるんだからいいだろ。ほら、次行くぞ」
「ったく……ニートやめて働くようになったからって、調子乗ってお金使い過ぎないでよ、お姉ちゃん」
口では面倒くさがっているけど、優月もお姉ちゃんの楓さんが、活き活きと働いている姿が嬉しいのだろう。
文句を言いつつも、言われた通りに楓さんの後を追った。
◇◇◇◆◇◇◇
「ひぃ~! あの火鍋辛かった!」
「一心もいるから、手加減してマイルドベースな出汁にしたんだけどな」
牛乳と一緒でなんとか食べたのだが、口の中がまだ痺れた感じだ。
「牛乳を飲みながらだったから、何とか食べれたけど」
「辛い食べ物の時には、乳製品は口内の辛み成分を中和してくれるからね。今、お姉ちゃんがバニラアイスを買いに行ってくれてるから」
買い出しをした荷物がたくさんあるので、一番身軽な楓さんが、コンビニまで走ってくれていて、俺と優月は近くの広場のベンチに腰かけて待っている所だ。
「それにしても、街のこっちのエリアって、今はこんな風になってたんだね」
ベンチから広場を見渡して、俺は少し小声で優月に語り掛ける。
小声で話しているのは、周囲に人がいるからというのもあるが、その周囲にいる人達がある種、異様に映る感じだったからだ。
広場の地べたに、レジャーシートすら敷かずに座り込んだり、寝転んでいる若者たち。
何人かで輪になって座り込み、コンビニで買ったと思しきパックジュースやお菓子を呑んだり食べたりして、ゴミが周囲に散乱している。
「最近、この辺って治安が悪いのよね。それもあって、一心と一緒だったのよ。あの火鍋のお店は赤石家の御用達だったから」
ハァとため息をつきつつ、優月もチラリとバカ騒ぎをする少年少女たちの集団を見て、小声で俺の疑問に返答する。
「そう言えば、テレビのドキュメンタリー番組で観たことあるな。家に居づらい少年少女が街の特定の場所にたむろして社会問題になってるって」
「今は夏休みだし、遠方からも集まって来てるみたいね」
歳の頃は俺たちとそんなに変わらない感じの子たちだが、けっこう大きな旅行カバンやスーツケースを抱えているのが目を引く。
着ている服や着飾っているアクセは可愛らしい物なのに、どこかすえた臭いが漂ってくる。
きっと、何日も家に帰っていないのだろう。
「大人は注意しないのかな?」
「警察の人や夜回りボランティアの人たちが指導とかはしてるんだろうけど、イタチごっこなんでしょ。たむろする場所を潰しても、別の場所に移動するだけだろうし」
「っていうか、よく考えたら俺たちも未成年だしマズいかな?」
夏休みが始まる前に、足柄先生に口すっぱく注意されていたのに、もし警察のご厄介になったりしたら合わせる顔が無い。
今、足柄先生たちは幸せいっぱいの時期だろうし、水を差したくない。
「今日はお姉ちゃんが一緒に居るから平気でしょ。あの人、一応歳は大人だから」
「ああ、そうか。でも、楓さんはパッと見は小柄で成人女性に見えないからな」
「ファッションも、この広場に居る女の子たちみたいにピエン系だからね」
「しかし、姉妹なのに服装とか全然タイプが違うよね、赤石姉妹は。優月はコンサバ系で大人っぽいのだし」
今日の優月は、シンプルノースリーブワンピに薄手のカーディガンを肩で羽織るという着こなしで、どこぞのお嬢様女子大生みたいだ。
「お姉ちゃんとは、体型もファッションの好みもまるで違うわね。まぁ、自分に合うファッションをするのが一番だから」
お下がりとか全然できないけどねと優月は苦笑した。
「そうだね。けど、楓さんもあの服装じゃあ、間違って補導されちゃうんじゃない?」
「アハハッ! たしかにそうかも。お姉ちゃん、未だに仕事で帰宅が遅い日に、警察の人に声をかけられるって言って」
「なんだお前はゴラァァァアアアア!」
優月がお姉さんの楓さんのエピソードトークを話し終えるより前に、向こうの方から、楓さんのものと思しき怒声が聞こえた。
一瞬、俺と優月は顔を見合わせると、怒声がした方へ同時に走り出した。