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第56話 大事な大会でもキスは止められない

「赤、中段突き有効! 続けて、はじめ!」


「やぁぁぁあ!」

「らぁぁぁぁああ!」


 全日本高校生空手道選手権大会会場である体育館ホールに、己を鼓舞する声が響く。


「珠里! 自分から自分から! 最後まで自分から攻めてけ!」


 もうすぐ試合時間の3分が経過する。

 ポイントは珠里の方が2ポイントリードしている。


 このまま守備的に、大きな一発を貰わないでおく方が得策かもしれないが、珠里のタイプ的にはむしろ最後まで攻めの姿勢をつらぬいた方が良い。


 しかし、このリードしている場合の時間経過は、死ぬほど遅く感じられる。



「せっ!」



「「「「うおおおおおぉぉぉおお!?」」」」



 珠里の技のかけ声と会場からのどよめきの声はほぼ同時だった。


 ポイント差で負けている相手が果敢に攻め入った中段突きを上手くかわし、珠里のカウンターで繰り出した上段蹴りが見事に相手に決まったのだ。


「赤、上段蹴り一本。続けてはじめ!」


 これで珠里にポイントが3ポイントが入った。

残りわずかな試合時間で追いつくには、絶望的なポイント差だった。



(ブ~~~ッ!!)



「やめ。赤の勝ち!」


「ありがとうございました!」


 試合が終わり、礼をした珠里が観客席のこちらに向けてVサインをしてくる。

 珠里の笑顔に、俺は拍手で答える。


「パパ! 珠里がやったわよ!」

「ああ! これで次は決勝だ! 高校1年で全国大会の決勝だ!」


 俺の横で、珠里の父親である白玉師範とお母さんのヘルミさんが抱き合って喜んでいる。


「一心君も型の部でベスト8おめでとう」

「まぁ、俺もいつもの定位置って感じですかね」


 苦笑いしつつ、俺は小脇に挟んだベスト8の表彰状をゆすってみせる。


「1年生でその位置なら十分立派だ。胸を張れ一心」

「……はい、師範」


 ただ、俺にはやっぱり天才と呼べるような才能が無いんだよな。

 全国ベスト8っていうのが、良い結果だというのは頭では理解しているけど……。


 それこそ、日本代表として国際大会に出るような奴は、珠里みたいに1年生からトップまで上り詰めちゃうんだよな。


「あ。珠里の決勝の相手の人、いつもの比嘉選手じゃない」

「そうだな。この2人は同い年で、小さい頃から優勝を常に争うライバルだからな。珠里が欠場した春の大会では比嘉選手が優勝している」


 大会の電光掲示板に、女子の組手決勝カードと試合開始予定時刻が表示されたのを見て、白玉師範とヘルミさんがつぶやく。


 珠里の決勝まで少し時間があるので、貰った賞状をカバンを置いたベンチに置きに行く。


「ん?」


 カバンに突っ込んでおいたスマホを見ると、通知ランプが光っていた。



『一心。あの部屋に呼んでくれ』



 スマホの画面には、つい先ほど送られてきた珠里からのメッセージが表示されていた。




◇◇◇◆◇◇◇




「ん……はむぅ……チュッ」


「ん……いいのかよ、珠里。決勝前に……んむ……こんな事してて」

「これが、私の……今の……試合前ルーティンだぜ」


 セックスしないと出られない部屋に珠里を呼び出した途端、飛びついてきた珠里の身体を抱きとめた形のまま、俺と珠里はしばらく道着の姿のままで口内をむさぼり合う。


「予選の時には……もちっと軽め……だったろうが」


「ん……あの時は、一心も試合があったから遠慮してた……けど、一心の試合が先に終わったから、今は遠慮しない……ぜ」


 ああ。予選の時は、長くならないように気遣ってくれてたのか。

 って、気遣ってくれてるなら、元々試合前にキスさせろなんて言わないか?


「まぁ、いいぜ。正直、俺も型の予選の前に、こうして珠里とキスしてたおかげか、緊張はしなかったな」


 大事な全国大会の試合。


 参加者の誰もが真剣に集中力を研ぎ澄ませる中、こんな卑猥なことをしている自分に豪胆さを感じて、いつも以上に落ち着いて型の演武が出来た。


「一心の型。私、好きだぜ」

「おう、ありがとな」


「けど、キスはもっと好き♪」

「ん……試合後に着替えてなくて汗くさいままなんだから、そんな所舐めるな」


「知ってるぜ。道着なら、ここが一番汗がたまるだろ」


 そう言って、珠里が俺の道着の胸元を広げて、胸筋の山の谷間のあたりに舌を這わす。

 舌が別の生物みたいに、のたうち回り、くすぐったくて温かい。


「ったく……キスが絡めば、途端に貪欲になりやがって……」

「ん……一心はキスいやか?」


 っていうか、これはキスじゃなくて全身リップに近いのでは? と思うのだが、これは珠里的にはキスの延長線上らしい。


「まぁ、セックスを求められるよりは、マシ……かな」

「フフッ。一心はセックスへの心理的ハードルが高めだからな。私はキスで満足だけど、瑠璃っ子や優月っちなんて、欲求不満がそろそろ限界だって言ってたぜ」


「そういう生々しい話、女子同士で話したりするんだな……」


 時折、2人から野獣のような眼光で見つめられている気がしたが、やはり気のせいじゃなかったのか。


「おう、女子会でな。言っとくが、男子禁制だぜ」


「いや、俺に内容を話しちゃってるじゃねぇか」

「あ、ヤベェ。今の内緒な一心」


 珠里は、現実世界では見た目に似合わず、優月や瑠璃と比べて、あまりエッチな事に積極的ではない。


 珠里からは襲われてもキス止まりなので、俺としても珠里と2人きりでいるのは気安い。


 いや、気安い関係なのにキスはしまくるって、それはそれでアカンか?


「口の周りビショビショじゃねぇか。ほら、タオル」

「ん、ありがと」


 口元を拭い、着崩れた道着を直して帯を締め直すと珠里は、最後に軽く唇がチュッと触れるキスをして、上気した顔でニッコリと俺の目を見て笑った。


「ふふっ」

「なんだよ一心。まだ、どっか拭き足りないか?」


 急に吹き出した俺に、珠里が怪訝そうな顔をする。


「いや、こっちの話だ。じゃ戻るぞ」


 まぁ、キス止まりなら……って、俺も随分と色男みたいなこと言っちまってるなと、こんな異様な事態に慣れてしまっている事がおかしくて、つい笑ってしまった。


 さて、決勝だ。


 俺はウインドウを開き、退室を押した。


 珠里は少し物足りなさそうな顔をしていたが、キリが無くなることは知っているので、俺は意図的に無視することにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 彼は自己評価が低すぎらしいですが。 珠里も妹もまぎれもない天才ですから、その意味では優月がまだまし、なのかもしれませんね。 放置プレイもそろそろ限界になりますか。彼の心の童貞が奪われるのも…
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