第49話 お兄ちゃぁぁぁぁあん!
「へぇ~、じゃあ、瑠璃ちゃんもあの部屋に行ったんだ?」
「うん」
「一心と2人きりで?」
「そうよ」
確認するように重ねる優月の問いに、端的に瑠璃が答える。
「でも、今は一心に管理権限があるはず。別にあの部屋の脱出の条件を満たさなくても」
「アヤメって人、ですぅって語尾が特徴的な女神様だっけ? その人が無理やり私たちをあの部屋に入れたの。他の神々が観ている催しだから、お兄ちゃんが管理者権限を持っているのをバレちゃいけないから、その力は使うなって言ってた」
「ふむ……一応、話の筋は通ってる。あのウザ女神様の名前と特徴、何よりあの部屋の存在を知っている。一心は妹だからと無為に、あの部屋の情報を喋るとも思わない。じゃあ、本当なのね」
「ふ~ん、事実だと知った上で随分と冷静なのね」
最初は事務的に答えた瑠璃だったが、少し優月に興味が湧いたようだ。
「そりゃ衝撃だけど、まぁ一心はいい男だって知ってるしね。実の妹でも、あの部屋に入ると、やっぱりそういう雰囲気になるのね」
「その胆力。琥珀よりあなたの方が芸能の世界に向いてそうね優月」
「それはどうも。名前を憶えてもらって光栄ね」
瑠璃の微笑みに、優月が微笑みで返す。
「ウソだウソだウソだ……俺と瑠璃がそんな……」
一方、俺はリビングの床で体育座りして丸まり、全力で現実逃避をしていた。
動悸が激しく、過呼吸にでもなってしまうのではないかと思う程、胸が苦しい。
話の内容的にも、俺の家に場所を移して正解だった。
「どうどう一心。ええと……とりあえず私とキスでもして落ち着くか?」
「こら、白玉さん。どさくさ紛れに一心とチューしようとしない。脳を破壊され慣れている私たちと違って、瑠璃ちゃんはまだその辺は慣れてないんだから。短い間だけど、まだ一心と致せた多幸感に浸らせてあげましょ」
ああ、そうか。
これが脳を破壊されるって事なのか。
たしかに、何にも考えられないや、アハハ……。
「その口ぶりから察するに、優月と珠里もあの部屋でお兄ちゃんと過ごした訳ね」
「そっ。瑠璃ちゃんは昨日、あの部屋を脱出したんでしょ? 一心への態度が豹変してて解りやすいもん」
「……なに? 自分の方が先にお兄ちゃんとやってるっていうマウント?」
ジトッとした目を優月に向ける瑠璃。
やはり迫力があるな。
「別に。ただ私は事実確認してるだけだから」
ヒラヒラッと手を振りながら、優月は瑠璃の厳しい目線をかわす。
「今回は、流石に一心もショックだったみたいだな。今も、何の反応もないぜ」
頬をツンツンすんな珠里。
「まぁ、私たちの時より、各段に罪悪感やら背徳感は上でしょうね。けど、瑠璃はよくこんな状態の一心と事に及べたわね」
「ああ。私は、あの部屋に入れられて速攻でお兄ちゃんを襲ったからね」
「え!? そ……そういう行為って、普通は1年くらいかけるもんなんじゃねぇの? 私の時には、それ位かけたし……」
「珠里は見た目に反して、結構純朴なのね」
恥ずかしそうに、人差し指同士をツンツンする珠里に、瑠璃がちょっとマウントしつつ笑いかける。
「セ……セックスしたのが速いことが、絶対的な指標じゃないし……。むしろ、あの部屋により長く居た方が、一心と一緒に居た大切な時間を長く持てて、むしろ得って言うか……」
「ああ。急にトーンダウンしたと思ったら、優月はお兄ちゃんに中々してもらえなかったんだ」
ここで攻守交代。
瑠璃の一転攻勢である。
「ギクッ! そ、そんな事ないし……。ちょっと私との時は一心が奥手ムーブだっただけで」
「優月っちは、あの部屋でセックスしたくて一心を拝み倒したって言ってたもんね!」
「こらっ! 白玉さん、シーッ、シーッ!」
「スケベな女ね優月は」
「速攻で兄を襲った奴に言われたくないわよ!」
ワーギャーとかしましい3人を俺はボーッと、まるで別世界の出来事のように眺めていた。
「なんで、3人共そんな呑気なの……普通、こういう時ってグチャグチャの修羅場になるもんじゃないの?」
俺は、働かない頭で、逆に率直に浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「何よ今更、一心。白玉さんの時だって、そうだったでしょ」
「でも、今回は俺のしでかした事がデカすぎるよ!」
記憶がないとは言え、そんな……実の妹とだなんて。
あああああああああ!
「お兄ちゃん、聞いて」
するりと瑠璃が俺の方に近寄り語り掛ける。
「私は自分の本当の気持ちにずっと蓋をしてた。だから、あの部屋で私はタガが外れてしまった。そこは、本当にゴメン……。そのせいで、お兄ちゃんを苦しめる事になっちゃって」
できるだけ冷静に話をしようと努めているようだが、瑠璃の目元はピクピクと細かく震えている。
感情が高ぶって、泣き出してしまわないように。
「でも、それでも私はひとかけらも後悔なんてしてない。きっと私は、あの部屋に行かなきゃ、この気持ちを一生心の奥底に抑え込んでいたんだと思う。今となっては、そっちの方がゾッとする」
「…………」
「お兄ちゃんは私に襲われただけ。私の事を視界に入れたくないって言うなら、私は……私は、今後一生、お兄ちゃんの前に現れない。一度だけの素敵な想い出を大事に胸に抱いて、一人でこの後の人生を生きていく」
悲壮な決意を俺に語ってみせる瑠璃。
しかし、スカートの裾をギュッと掴んでいる手は震えている。
泣きそうな妹を前にして、お兄ちゃんの俺が出来ることは一つだった。
「瑠璃……そんな悲しい事言うなよ。俺たちは家族なんだから」
「でも、お兄ちゃんが辛いなら私は……」
「いや、どっちかと言うと、自分の節操のなさに絶望してただけだ。その気になれば、俺は瑠璃を力でねじ伏せてでも、そういった行為を拒否すべきだったのに、結果は絆されたわけだしな」
記憶はないけどな。
けど、最終的に受け入れたのならば、その選択の責任は俺にある。
「じゃあ……私は、お兄ちゃんのことを大好きな妹のままでいていいの?」
「あ、ああ。何か、そうやって正面切って言われると流石に照れるんだけど」
「お兄ちゃぁぁぁぁあん!」
胸の中に飛び込んできた瑠璃が、子供みたいにワンワンと泣く。
それは、芸能人のラピスとしてではなく、俺の妹の瑠璃としての純粋な涙だった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん」
すりすりと胸の中に顔を擦り付け甘えてくる瑠璃。
そう言えば、公園で転んで瑠璃が泣いている時とか、こうやって俺にくっ付いてきてたな。
「取りあえず一件落着ね一心」
「いや、まだ解決していない問題がある。あの邪悪を滅さねば」
瑠璃を抱きしめて、ようやく冷静さを回復させてきた俺は、今回のそもそもの元凶に思い至る。
「出て来い! アヤメ!」
怒声で巨悪を呼び出すが、何の反応もない。
「出て来ねぇぜ」
「聞こえてるけど無視してるだけだ。いずれ、今回のツケは払わせてやる」
どうせ出てこないとは思っていたけど、案の定ダメ女神は姿を現さなかった。
ただ、あいつだけは絶対に許さん。
「お兄ちゃん……やっぱり、私としたこと嫌だったんだ? だから、そんなに怒ってるんだ……」
俺が怒っていることを、なぜか瑠璃が曲解して、一人で意気消沈している。
「いや、そうじゃない瑠璃。ただ、こういうシチュエーションを強制しやがった事については、あの女神様にきっちり詰め腹を切らせないと」
シュンとしてしまった瑠璃を、俺は慌ててなだめる。
「お兄ちゃん、そういうシチュエーションとかこだわるタイプなんだ。じゃあ、今度は私の部屋のベッドでする? そっちの方が、兄妹で結ばれるにはスタンダードな場所だし」
「…………ふぁ⁉」
怒りに支配されて興奮状態の頭に、冷や水がぶっかけられた。
「それとも歌姫ラピスのステージ衣装を汚すプレイとかしようか? 1回目は私の願いを叶えてくれたんだから、何でもお兄ちゃんの言う事聞くよ」
「な、何でも……って、さっき、瑠璃は1回の想い出を胸に今後の人生を生きていくって言ってたじゃないか!」
つい妹との情事の情景を想像してしまった俺、死ね!
「いや、普通に何度だってセックスしたいけど」
「何度だってしたいの⁉」
さっきの悲壮な決意はどこいった⁉
「お兄ちゃん、女には性欲が無いとでも思ってるの? それに1回セックスしたらハマるのは女の方なんだよ」
「うんうん。一心は女を根本的に勘違いしてる。女の子だってスケベだし、大好きな人とはセックスしたいものなんだよ」
「優月っちは、もうちょっと抑えるべきだけどね。まぁ、私のキスしたい欲もある意味、セックス欲の代償行動なのかもだけど」
「いつも言ってるけど、女の子なのにセックス、セックス言い過ぎ!」
なんで、俺の周囲の女の子はこんなんばっかなの?
「ふふっ、一心ったら可愛い。セックスって単語だけで、そんな赤くなって」
「この中で一心だけ、心は童貞だもんな」
「あ、そうか! お兄ちゃんは、あの部屋での記憶を失くしているから、こっちの世界ではまだ……これはウカウカしてられない」
なぜか瑠璃の肩を持ち、3対1の構図になってしまっている。
これ、俺の方が間違ってんの?
こうして、夏休み1日目が始まった。
色々と濃かった。
胸やけしそう。胃薬飲もう……。