9 人として生まれた神様
「あんた!勇者様になんて事言ってんのよ!!役立たずの荷物番の分際で!! 」
黙って怒りオーラだけ出すヒカリ君の代わりにアイリーンが怒鳴ると、残りの三人も同様に『そーだ!そーだ!』と一斉に怒り出したが、俺はビシッとそいつらに指を指す。
「ヒカリ君だけじゃないぞ!お前達も生活習慣が酷すぎる!そんなんじゃ一人暮らしなんてできないからな。せめてパンツくらい自分で洗え!」
それができなきゃ全員オムツに変えるべし!
それには参ったらしく「────ふぐぅぅ!!」と呻き声をあげて、アイリーン達は崩れ去った。
要は俺のやっていることは、いわば保育園の先生みたいなもの。
つまり神様は……『勇者達は保育園児だからよろしくね~』────って事で俺をプレゼントしたに違いないと思っている。
撃沈したアイリーン達を見て、フンっ!と満足気に鼻息を吹いてやったが、ヒカリ君だけは非常に不快そうな顔を見せ、そのまま黙っていなくなってしまった。
そうしてヒカリ君が激怒して去ってから、何と一週間。
全く音沙汰なし。
多次元ボックスには作り置きのおかずがどんどん増えていき、はぁ……とため息をついた。
「ヒカリ君、大丈夫かな……。ご飯ちゃんと食べてるのかな。」
また一つ豆腐の揚げ出し醤油漬けが完成し、それをお皿に盛ってボックスに入れると、ジト~とした目でアイリーンが睨みつけてきた。
「あんたのせいでしょ!!勇者様はねぇ~世界を救う救世主様なのよ!?
普通は『雑用をさせて頂きありがとうございます』が正しいの!」
「そうよそうよぉ〜。そんな大変な宿命を背負って戦ってくれる勇者様に、もっと敬意を持ちなさいよ。勇者様は完璧なんだから〜。」
アイリーンとメルクがそう言って文句を言ってきたが、俺は何とも言えぬ気持ちになる。
「まぁ、確かにそりゃ~大変だと思うが……一応お前達も選ばれし戦士達ってやつなんだろ?立場は同じ仲間なんじゃ……。」
「全然違うんだぜ~。あたい達はあくまでサポート。あんなに強い勇者様と同じ立場なんて誰もなれないぜ。
めちゃくちゃカッコよくて強くて、もう最高に憧れるよなぁ〜。おっさんはホント失礼なヤツ。」
「そ、そういうもんか……。」
俺の言葉は、ルーンによって即座に否定されてしまった。
よく分からないが、要は絶対に手が届かないアイドル的なヤツ……?
そう思っていると、キュアが顔を赤らめ、ふぅ……とピンク色のため息をついた。
「本当に勇者様はかっこいいですよね〜。全てが完璧で、誰もが彼とお近づきになりたいと思ってます。もしも勇者様がハーレムを望むなら、私は喜んで立候補します。」
キュアがコホンッ!と咳払いをしながらそう言えば、他の三人も私も!と全員が手を挙げる。
それを見ながら、ふむ……と、ヒカリ君の事を思い浮かべた。
確かにヒカリ君は完璧だと思う。(生活的な事以外)
強いし頭は良いし外見は絶世の美青年だし……。
それに俺が荷物番の時にモンスターに襲われないのも実はヒカリ君のお陰で、モンスターから見えなくする&攻撃を跳ね返してくれるなんちゃら魔法という凄いものを掛けてくれて感謝もしている。
でも────……。
フワフワと真っ先に浮かんでくるのは、あの不快感全開!な顔と態度のヒカリ君の姿。
何だか中身が全部出ている感じが、清々しいというか……まぁ個性的だよな〜と思って、俺の中の記憶にドンッ!と居座ってしまった。
そしてその次に続いてフッと浮かんでくるのは、あの荒野みたいな場所にいた境界線の向こう側のヒカリ君の背中だ。
一体あのヒカリ君はどんな顔をしてるのかな……?
「……完璧ってそんなにいいもんかね〜?」
「はぁぁぁ〜??良いに決まってるでしょ!1個もいいとこ無しのおじさんだからって僻まないでよね!」
「中年の嫉妬は醜いわよぉ〜。」
「おっさんは勇者様の全身の垢を飲んだ方がいいと思うぜ〜。」
アイリーン、メルク、ルーンがすかさず辛口な言葉をぶつけてくる。
そのあんまりな言い様に、俺は無言で多次元ボックス内にあるこれから洗濯する洗濯物束の中から、三人のパンツを出して、ピラピラと振ってやった。
するとギャンっ!!と尻尾を踏まれた仔犬の様な声をあげて黙る三人を見て、荒い鼻息を吹いてやると、キュアが今度はふぅ……と大きなため息をつく。
「そもそもイシさんのご自慢の家事だって本当は勇者様には必要ないんですよ。勇者様は生まれた時から食事も睡眠も必要としないそうですから。
まさに神が創し最高傑作……人として生まれた神と言っても過言ではない存在なのです。」
「えっ……。」
『生まれつきご飯も睡眠もいらない』
そんな人間の定義をすっ飛ばしているヒカリ君にビックリして思わず口を閉じてしまった。
黙ってしまった俺に三人は競う様にヒカル君の情報を与えてくれる。
「勇者様が生まれる前に神託が降りてね、生まれてすぐに神官様達の預かりとなったのよ。
それから力のセーブの仕方をひたすら学んだと聞いたわ。 」
「勇者様のお母様は、勇者様を誕生させた偉大な存在として沢山の褒美を与えられて、現在は他の家族と共に幸せに暮らしているそうよぉ〜。
毎日家族総出で勇者様に祈りを捧げているんですって。」
「毎日舞い込んでくるモンスター被害をアッサリと解決してくれて、全国に勇者様に助けられた人達が沢山いるんだ!
皆勇者様に感謝して毎日同じ様に祈るのが当たり前なんだぜ~。」
「そ、そうなのか……。」
次々と聞かされるヒカリ君の今までの人生に、大きな衝撃を受けてしまった。
『生まれて直ぐに親元から離されて、お母さんや他の家族は皆一緒に暮らしている。』
『毎日毎日、モンスターを倒しに走り回り、休む暇なし。』
だって勇者は、食事も睡眠も必要ない人として生まれた神様だから────。
────パチっ!
一度瞬きすると、意識はあの境界線がある場所へ。
前回までは何もない広い荒野に背を向けて立つ勇者と俺の間に線が引かれていただけだったが……なんと今回は、その境界線が線ではなく大きな溝になっていて、下は真っ暗で見えないほど深い崖になっていた。
「ひぇっ……。」
落ちたら即死レベルの崖を、ソロ〜っと覗き込み背筋を震わせる。
その後ヒカリ君の方へと視線を移したが、相変わらずヒカリ君は背中をこっちに向けたままで、やはりどんな顔をしてるかは分からない。
また名前を呼ぼうとしたが────アイリーン達が言っていたヒカリ君の人生をフッと思い出し……黙ってその背中を見つめた。