33 サッパリ、でも……
ドブネズミ……。
結構な暴言に流石に物申そうとしたその前に、周りにいた兵士さんらしき人達に両脇を持ち上げられ、あっという間に馬小屋にポイッ。
子馬達が眠る横に、ポツン……と残されてしまう。
「こんにゃろ〜!」
あんまりな扱いに怒鳴ってやろうとしたが、隣にいる子馬が『食べる〜?』とばかりに干草を差し出してくるもんだから、一気に怒りはクールDOWNした。
しかも、そのまま好奇心旺盛な子馬達にもみくちゃにされてしまい、最終的には『ここに永遠に住みたい……。』とまで願うまでになる。
そうして旅立ちの日を迎えるまで、すっかり子馬達の仲間入りできていたのに、またしても兵士たちに無理やり連れさらわれて、旅立つ勇者パーティーにポイッ。
ヒカリ君に「臭い。」と言われて怒られた。
まさに踏んだり蹴ったりの思い出!
しかし、それを思い出すと、どうしても子馬の顔が全面に出てくるため幸せ一杯になる。
そのせいか、その原因となったおじさんの顔が全く思い出せなかったのだが……やっと今、そこまで言われて思い出せたというわけだ。
「あ、いましたいました。意地悪な人でしたねぇ!
でも良かったです、馬小屋で。
このまま故郷に帰れないなら、馬牧場で働いていこうと決意してましたよ。」
「そ……そう……。まぁ、楽しい思い出で良かったっすね……。
あ、ちなみにさっきのおじさんが最後の生贄だったみたいですね。
ほら、全員揃ったみたいですよ〜?」
神様兄さんがスッとハート型の窓を指差すと、王宮の召喚の間には、沢山の人が呆然と座り込んでおり、なんと全員その顔には茶色い排泄物が描かれていた。
ブブブブッ────っ!!!
神様兄さんはそれが映った瞬間、盛大に吹き出したが……俺はその中に、落書きだらけの顔でワーワー泣き喚くアイリーン達を見つけて全然笑えない。
「えぇぇぇ〜……なんでアイリーン達までいるの??
しかも、よく見れば王様とお妃様まで……あれ??これ、普通に国の滅亡の危機では……?」
ちょっとありえない光景に、俺が神様兄さんにそう尋ねると、神様兄さんはピタリと大爆笑を止め、慈愛を感じる穏やかな笑みを浮かべた。
「イエェェ〜イ!」
「軽すぎる!!ちょ、ちょっと!あなたは神様なんですよね?!
神託とやらで止めて下さいよ!」
ケロッとしている神様兄さんに苦言を呈したが、神様兄さんは大きく首を横に振る。
「駄目っすよ〜。今、神託マイク使ったら場所を特定されそうな気がするんで!何かヤバい予感ビンビンなんすよね〜。
俺の勘って結構当たるんで、神託はNGっす。」
「えぇ〜……。」
舌をベロンッと出して言う神様兄さん。
そうしている間に、剣を抜いた状態のヒカリ君がスタスタと生贄?の人達の前に進み出たため、全員が大きく体を震わせた。
「イシがいなくなったのは全部お前達のせい。お前たちが意地悪したからイシが帰った。その責任をとってもらう。」
いや、お前ぇ!お前ぇぇぇぇ〜??!断トツで俺の事虐めてなかったっけ??
もう目玉が世界一周するくらい驚かされた。
怒れる猫ニャンニャン勇者!
あっち行けニャン!お前なんて嫌いだニャン!
そんな凶暴なヒカリ君時代を思い出し、思わず目を細める。
しかし、そんな俺の姿が見えないヒカリ君は、そのまま震える生贄?達の前で淡々と話を進めた。
「イシのストレスがなくなる様に頑張ってみたけど……まだイシは帰ってこないね。
────よってこれより処刑を開始する。
イシが帰ってきたいと思える様な環境を作ろう。
もしこれでも足りないなら全人類、そしてモンスター、それでも駄目ならこの世界を更地にして作り直そうか。────よし、端からいこう。」
そのままヒカリ君は恐怖で引きつる生贄達の、一番端にいたアイリーン達の前に向かって歩き出す。
コツコツコツ────……。
迷いなく進む足、そして感情が一切ない顔を見て…………それが本気だという事を知った。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ────────!!!???ちょ、ちょっと!神様!!このままだと死ぬほど理不尽な処刑が始まっちゃうよ!!どうにかして下さいよ!」
「えっ!や、やだよ〜!だってあいつ、超怖いんだもん!」
そのまま神様兄さんとワーワーギャーギャーともみ合いになっていると、突然────……。
「────────見つけた。」
ボソッと呟かれた声に、俺と神様兄さんは動きを止めて、ハートの窓へ視線を向ける。
すると、窓の外にいるヒカリ君が、コチラをジッ……と見つめていた。
「……あれ?ヒカリ君こっち見てますよ。見えてるんですか?」
「え〜?そんなはずないよ〜。ここ神様ルームなんで!」
神様ルーム……。
またしてもじわっとくる言葉に小さく吹き出すと、ヒカリ君はそのまま剣を後ろに大きく引いて────……。
────ブンッ!!!!!
それをコチラに向かって真っ直ぐ投げた。
「……へっ?」
「ちょっ!!!」
呆ける俺と焦った様子の神様兄さんが、同時に声をあげた次の瞬間────……?
ガシャャャャャ────ンっ!!!!!
凄まじい破壊音と共にハートの窓を突き破ったヒカリ君の剣が、俺と神様の頭上を通り抜け、白い空間の遥か彼方まで飛んでいってしまった。
「「ヒ……ヒィィィィ────!!!!」」
びっくりし過ぎて俺と神様兄さんはガタガタ震えながら抱き合い、大穴が空いてしまったハート……だった窓を見つめた。
そこにはポカ〜ンと口を大きく開けたままコチラを見上げる茶色の排泄物集団と、ストンっと表情一つないヒカリ君の姿がある。
「……イシ、お帰り。────で、その抱きついてる男はだれ?」
「あ……そ、その……。」
ゾッとする程の無表情で、コチラへゆっくり近づいてくるヒカリ君。
驚き過ぎて身体が上手く動かない俺とは対照的に、神様兄さんはササッ〜!と即座に後ろに下がり、両手をあげる。
それをギロリッと睨みつけながらヒカリ君は、窓に開いた大穴からコチラへ飛び入ってくると、俺を正面から抱きしめた。
「イシ、イシ、ちゃんとイシの嫌なものは全部消してあげるから大丈夫。安心して楽しい事だけしていればいいよ。俺の側で。永遠に。」
ぎゅうぎゅうと強く……ちょっと下手したら内臓潰れちゃうかもという勢いで抱き締めてくるヒカリ君に、じわじわと何かよく分からない気持ちが湧き出てくる。
それが何なのかはよく分からなかったし、正直今の状況もサッパリ。
何一つ理解してない。
しかし────何故か自然と口が動いてしまった。
「ヒカリ君は……俺が必要なの?」




