20 笑顔
ジクジクと痛む体の理由が分かって、あ〜……と納得してしまった。
ヒカリ君が避けようとしないから、つい飛び出して……それで────。
「……やっちゃったな。」
もう笑うしかなくて、ハハッ!と笑う。
だってさ〜ヒカリ君に傷一つつかない攻撃に、ワ────!!!とパニックを起こして、自分がぶつかりにいくとか……。
ただただ恥ずかしい!!しかも死にかけてるとか、真っ黒歴史!
これはヒカリ君もさぞ怒っていると思われるので、何とか笑って誤魔化そうととりあえずヘラヘラしてみた。
『余計な事して面倒を掛けて最悪だな。』
『荷物番のくせに勇者様の行動の邪魔をするな。』
そう凄く冷たい感じで言われるだろうな〜と覚悟していたのだが、突然ヒカリ君はバッ!!と顔を上げ顔を大きく歪めた。
「────っ!!何がおかしいんだよっ!!死ぬ所だったんだぞっ!!?笑い事じゃないだろうがっ!!!」
いつものクールで冷めた様子が微塵も見られないヒカリ君。
そんな感情を顕にして大声で怒鳴るヒカリ君に本気でビックリして、思わず固まると…………ヒカリ君は息を大きく吐きながら、片手で顔を覆った。
「何で……何であのタイミングで現れるんだ……。いつもいつもいつも……アンタは俺の勘に触る事ばっかり……。目障りなんだよ。」
「……そ、そいつはスマン……。ちょっと寝ぼけて追いかけちゃったみたいなんだ。それに……。」
俺の脳裏には巨大な崖に向かうヒカリ君の姿が過ぎ、背筋に何か冷たいモノが走る。
「────なぁ、もしかして……わざと避けなかったのか?」
ボソッと問いかけると、ヒカリ君はスッ……と俺から顔を背けた。
「…………だから何? 」
逸らされる瞳から光が消えていくと、また意識はあの夢の中で……俺は崖の手前でヒカリ君の手を掴み、それ以上前に行かない様に止めている。
掴んでいる手は冷たく、まるで氷を触っているようだな……などと思っていると、前を向いていたヒカリ君がゆっくりとコチラを振り返り、そして────……。
「……何でヒカリ君泣いてるの?」
その顔は無表情なのに、両方の目からはポロポロと大粒の宝石の様な涙が流れていた。
次から次へと流れるその涙達は地面に落ちては、まるでガラス玉の様に粉々に割れていく。
「…………さぁ?涙ってどんな時に流れるモノなの?」
ヒカリ君はとっても不思議そうな顔をしていて、何だかそれが小さな子供みたいで俺は戸惑ってしまったが……とりあえず問われた事は答えるべし!と涙について考えてみた。
「う〜ん……多分悲しい時に流れるもんじゃないかな?あ、でも嬉しい時も流れるよ。」
「……ふ〜ん?そんな両極端な感情で同じ現象を起こすなんて、不思議だね。」
ヒカリ君は軽く頭を横に倒しながら、あまりにも不思議そうにいうものだから、俺も確かに不思議だな〜と同じ様に頭を横に倒す。
そうしていつまでも手を握っているのも何だからと、手を離そうとした、その時────突然ヒカリ君が離れていく俺の手をガシッ!と掴んだ。
「────わっ!何だ?何だ??」
驚く俺を他所に、ヒカリ君はまじまじと俺の手を見下ろす。
「……手って暖かいんだ?今まで触った事がなかったから、分からなかった。」
「えっ?……そ、そっか。」
またも不思議そうな顔で俺の手をジロジロと見つめるヒカリ君の顔は、やっぱり幼い子供の様だ。
その内俺の手を顔に持ってきて、自身の頬にペタペタとくっつけ始めたのを見て、俺は唐突に自分の小さい頃の記憶が蘇った。
両親が死んでしまった日。
俺は両親が眠る横でずっとその体を見下ろし、冷たくなってしまったその手を掴んで自分の顔にペタペタとくっつけた。
どうしてと言われても分からないが、何となくそれが遠い所に行ってしまった両親に近づける方法な気がして……ずいぶん長い事そうしていた気がする。
その手は冷たくて、やがて諦めたが……。
ペタペタとされるがままにヒカリ君の頬に触っていた手を動かして、俺は両方の手でその頬を包み込んだ。
驚くヒカリ君を見つめながら、俺はニッコリと笑う。
「そうそう、あったかいんだ。人は。
だから全部が冷たくなる前に沢山暖めてもらって、そして自分も他の沢山の誰かを暖めよう。そしたらきっと、その涙は止まるよ。」
そう言うと、ヒカリ君は驚いた顔のまま俺の手にゆっくり自分の手を重ねて────。
「…………うん。」
口角を僅かに上げて微笑んだ。
「……あ……あれ……?」
また気がつけば現実世界。
ヒカリ君は、俺から顔を背けてあっち向いてホイ!している。
手を動かしてみようとしたが、痛みが酷くて手が上がらなかったので────困った様に笑いながら唯一動かせる口を開く。
「カボチャの煮物……豚の角煮……。後、しいたけのお味噌スープ……ごぼうの唐揚げ……。」
「……何?急に……。」
ブツブツと食べ物の名前をあげだした俺を、怪訝そうな様子で見下ろしてくるヒカリ君。
俺はキラッ!と目を光らせながら続けていった。
「ヒカリ君が好きなモノ!あと干したての布団の匂いも好き〜。お花の匂いはそんなに好きじゃない。」
「…………。」
図星だったからか、押し黙るヒカリ君にこれ幸いと俺は話しを続ける。
「俺さ、ヒカリ君が言うように、そんなに人の役に立てるような能力もないし、多分俺がいなくても誰も困らないと思うんだ。」
「……そうだね。そんな人生でよく嫌にならないね。 誰にも求めてもらえない、寂しい人生。」
いつもより力なく言われた言葉に、ハハッと笑って返す。
「うん、寂しい、寂しい。でも、こればっかりはな〜。多分一生の付き合いになると思うんだ。」
「……終わりにしたいとは思わないの?」
真剣な眼差しを向けてくるヒカリ君を見返し、俺は自身のこれまでの人生とその結果得たポリシーを思い浮かべた。
いつか必ず大地に還る日はくる。
寂しいのは本当に辛いけど、俺はそれを早めたいとはどうしても思えなかった。
何故なら────……。
「もっ……勿体ないし?」
「…………。」
真剣な眼差しのヒカリ君の瞳が、どんどんと『呆れ『』に支配されていく。
そのため俺は慌てて言った。
「いやいや!だって『いつか』来るなら、『今』にしちゃうと勿体ないかな〜って……貧乏まっしぐらな俺は思っちゃうわけだよ。もう駄目だ〜!って思った時に、美味しいもの食べると凄く美味しいし……。
だから、特に切羽詰まった理由がないなら、ヒカリ君ももう少し待ってたら……?好きな煮物、また作ってあげるし、布団も干しておいてあげるからさ。」
おずおずと自分なりの考えを語ってみたのだが……ヒカリ君はびっくりした顔をして固まってしまった。
それを見て、『駄目な答えだったか〜』と、俺はガックリ肩を落とす。
とりあえず切羽詰まってなければ、何でも部屋の隅に置いておけばいいと俺は思うんだよね〜……。まっ!だから俺の部屋は物置化しちゃうんだけど!
あちゃちゃ〜!とそれに対して嘆き悲しんでいると、更に捨て忘れていた自分の部屋の生ゴミの存在も思い出し、今頃異臭を放ってないか凄く心配になってきた。
「うぅ〜……ゴ、ゴミ屋敷問題ぃ〜……。ファ◯リーズ・マシンガン……っ。」
本気で困ってブツブツ呟く俺を見て、ヒカリ君は驚いた顔を徐々に動かし────……夢の世界と同じ様に口角を僅かに上げて微笑んだ。




