0.00MHz 【 】
よくある話だ。
俺の母はどこにでもいるような主婦。
俺の父は売れない業界人だった。
俺がまだ幼い頃、父は地方局のラジオ番組のパーソナリティをやっていた。母は若いころ父からプレゼントされた骨董品のラジオで、いつも父の番組を聴いていた。
貧しいけれど幸せな家庭。
だけど、幸せな時間は永遠には続かない。
これも定番の、よくある話だ。
コメンテーターの些細な失言で番組は炎上し、放送終了に追い込まれた。元々たいして人気も無かったし、時間の問題でもあった。
だが父は荒れた。
そりゃもう荒れに荒れた。
次の仕事も来なくなった。
酒に溺れ、物にあたることはしょっちゅうあった。
あげく母や俺にまで暴力を振るった。
母も最初のうちは耐えていたんだけどな。
また仕事が見つかれば元通りになるって。
そんな母の期待を裏切るように、父は他所で作った女の所に転がり込んでいった。
――あの日の事は、今でも鮮明に覚えてるよ。
朝起きて居間に行ったら、あの【ラジオ】が首を吊って死んでいた。踏み台に使ったのだろうか、傍らには【壊れた母】が転がっていた。
当時小学生だった俺は、東京の親戚の家に預けられた。
「――なるほど。辛いお話をさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえそんな。ずいぶん昔のことですから」
「しかしこれで、あなたの症状と原因がはっきりしました。根気よく治療を続ければ、きっと良くなりますよ」
「ありがとうございます」
医者が言うには、俺は当時のトラウマが原因で、軽度の『統合失調症』を患っていたらしい。
『統合失調症』と大袈裟にはいったが、被害妄想があったり、日常生活に支障が出るようなレベルではない。
俺の場合は母が自殺したショックで、
【壊れたラジオ】と【死んだ人間】の
区別がつきにくくなっていたのだという。
スマホが普及した令和のインターネット時代に、壊れたラジオなんてそうそうお目にかかるものでもない。それで今まで症状に気がつかなかったんだろう。
母の棺には、どちらも入っていたしな。
あのリサイクルショップの棚に置かれていた、俺がずっと【男の生首】だと思っていたもの。あの警官が言った通り、それはただのガラクタのラジオだったということだ。
――それから数日後――。
入院生活と簡単なカウンセリングを終えて安アパートに帰宅した俺は、ごわごわのベッドに横たわる。
先生の適切な治療のおかげで、もう【壊れたラジオ】が【死んだ人間】に見える事は無くなった。
「これで治ったのかな」
半開きになった窓から、生暖かい風が吹き込んでくる。
エアコンをつけるために窓を閉めようかと、俺はベランダに目を向けた。
ベランダに【壊れたラジオ】が立っていた。
不自然に伸びた黒髪の隙間から、
赤暗い眼球が じっ… と、此方を覗き込んでいる。
【壊れたラジ 】は傷だらけの唇を開く。
『……ナオ……ってなイ…よ……』
【 】はそう言うと、紫色の歯を見せて嗤った。