泣き虫勇者と愉快な仲間たち
頭空っぽにして読んでください。
「貴女様こそこの世界を救う勇者様です!!」
「嫌です遠慮します」
「えっ」
ほとんど半泣きの状態で少女は拒否した。村にある教会の牧師が困惑した声を上げる。だって『勇者』は誰もが憧れる者だったから。
『勇者』は世界各地を旅して、この世にうようよといる魔物を浄化しながら平和を守るという、とても大切な役目があった。そんな『勇者』は人々から尊敬され、敬われるのだ。
世界に一人しか存在せず、その代の勇者が死ねばまた次の勇者が生まれる。その繰り返しでこの世界は廻っているのだけれど……。
「ど、どうして嫌なのですか?」
牧師は聞いてみた。
「だって、だって……」
少女は俯く。ぷるぷると震えていて、まるで肉食獣を前にした小動物のようである。
少女はクワッと顔を上げ、泣きながら告げる。
「――戦うの、こわいんですもん!!!!」
ああ、確かに。
今までの勇者が血気盛んで戦闘狂だったりしたから忘れていたが、普通はこんな感覚なのだな、と牧師は納得した。
改めて少女を見ると、今までの勇者たちより一回りも二回りも小さい。十二、三歳ほどに見えるが、十五歳だという。
今までにも女性の勇者はいたらしいが、皆豪胆な方々ばかりだったそうだ。
なんだか初めてまともな『勇者』を見たような気がする。
そりゃ普通は怖いよな、と牧師は思いながらも。
こんなか弱い少女を送り出すのは、と心を痛めながらも。
牧師は無情にも、旅の準備を進めるようにと告げるのだった。
その時の少女の絶望した顔といったら、言葉では言い表せない。
***
仲間も二人いるから大丈夫だ、と村の人たちに背中を叩かれ、慰められながら、少女は旅立つ日を迎えた。
まさか強制だったなんて思わなかった。なんでだ、と少女は絶望するしかない。
牧師から聞いたところによると、魔物を浄化し普通の生き物に戻すのは、勇者にしかできない事らしい。無理ゲーじゃないか、と少女は呟いた。
ぽろ、と涙がこぼれてくる。すん、と鼻をすすって、前を向く。
本当は行きたくないけど、とてもとても行きたくないけれど、自分しかできないんだから、やるしかない。
少女はビビりで泣き虫だったけれども、責任感は強い方だった。
「はじめまして、一緒に旅をしてくれる方ですか?」
村の入り口に立っていた二人の男女に、勇気を出して声をかける。
「ああ、そうだぜ。お嬢ちゃんが『勇者』だな?」
「不本意ながら、勇者になりました。不本意ながら」
もう既に涙声である。大事なことは二回言うものだ。
「あっはっは、大丈夫さ。心配しなさんな、お嬢。あたしらが守りながら戦えばいいんだ。お嬢は浄化に専念すればいいよ」
「ずび、……はい」
二人とも優しく気さくな人たちだった。男性は剣士、女性は魔術使いだそうで。なんでも、とても強い方々らしい。
これなら安心できるかもしれない、と少女は希望を持つ。
そうして、三人は出発したのだけれど――
「魔物がうじゃうじゃ!! 狙いは私ただ一人!! 本当になんでぇ!!!!」
大勢の魔物に囲まれながら、三人は戦っていた。
そう、三人である。勇者である少女も戦えはするのだ。村長に魔法を習ったりしていたから、ちゃんと制御して使うことはできる。できるのだが。
「お嬢ちゃん、威力! 威力が強すぎるぞ!!」
「こっちまで吹っ飛んじまうよ!!」
「わぁああん! ごめんなさいぃぃいい!!」
ビビりで泣き虫なことが災いして、集中が乱れやすく、いつもなら制御できるはずの魔法も、高威力で放ってしまうのだ。だから完璧に魔法が使えるとは言えなかった。
こういうものは実践あるのみなのだが、如何せん少女はビビりなのだ。怖がりすぎて試合にならない。高威力の魔法がぶっ放され、模擬戦どころじゃない、という意味で。
それでも、なんとか魔物たちを浄化し終えた三人は、ドッと疲れが押し寄せ、その場にへたり込んだ。
まさか森に入ってすぐに魔物たちと戦闘になるとは思わなかった、と魔術使いは苦笑した。
「勇者って、魔物に好かれる体質でも持ってるんですかね……?」
「いや、そんな話は聞いたことねぇが……お嬢ちゃん、なんか村で言われなかったか?」
そう言われて、少女は考える。
そういえば、と思い出したことがひとつ。
「私、村の外には絶対に出るなって言われてました。私がとても小さかった頃、村の外に出たらすぐに魔物に襲われたとかで」
「あ〜、なるほど。つまり魔物が寄ってくるのは、お嬢の元々の体質だね。普通は村の近くまで魔物は来ないよ」
「な、なんですとう!?」
なにそれ信じたくない。少女は涙目である。
まさか勇者云々以前の問題だったなんて。
「でも、そういうことなら便利かもな。魔物の浄化が捗る」
「いや、私は怖いんですけどね!?」
「ははは、我慢しなお嬢」
「うぅ……くすん」
みんな酷い。少女は泣いた。
でもやるからには最後までやり遂げる、それが少女のモットーである。
とりあえず、と少女は口を開く。
「近くの町で休みましょうか……」
出発早々疲れた二人は、その提案に賛成したのだった。
***
近くの町に着いたのは、その日の夕方だった。
何とか日が沈む前に町に入ることができた三人は、泊まるところを探す。
「私、村から出たことがないので、宿の取り方とか分からないんですけど」
「ああ、それなら簡単さ。村を出る前に、教会で『勇者の証』を貰ったろ? それを見せればいい。無料で泊まれるよ」
「あれは偽造できない代物だからな、立派な身分証明になる」
なるほどと少女は頷き、宿を見つけると恐る恐る入っていく。
カウンターに立つ歳をとった女性に、少女は『勇者の証』を見せた。
「おや、勇者様なのかい」
「は、はいっ!」
とても不本意ながら。そんな本音は押し留めて、今日はここに泊まりたいことを伝えると、女性は快く頷き、部屋の鍵を二つ渡してくれた。
「そこのお姉さん、あんたは勇者様と一緒の部屋だよ。小さな子ども一人では危なっかしいからねえ」
「ああ、もちろんそのつもりさ」
私、十五歳なのに。
ちょっとショックを受けた少女だった。
鍵をひとつ剣士に渡してから別れ、魔術使いと部屋に入る。
そこまで広くはないにしろ、二人でいるには十分なスペースのある部屋だった。
初めて村の外に出た少女は、怖い気持ちもあれど、楽しみだという気持ちも同時にある。少女は少し浮かれていた。
けれど、魔術使いは難しい顔をしている。
少女は頭に疑問符を浮かべながら、どうかしたのかと尋ねた。
「ん? ああ、ちょっとこの町がおかしいと思ってね」
「おかしい、とは?」
「なんというか……結界が弱まっているような。あ、結界って分かるかい?」
「分かりますよぅ。人が住んでいるところに張られている、魔物避けの結界ですよね。そのおかげで、結界の中や近くには魔物が寄ってこず、人々は安心して暮らせているんですから」
ちなみに少女は一番その結界の恩恵に与っていた。なにせ少女は魔物ホイホイだと先程判明したばかりなのだ。きっと誰よりもその結界に守られていた。
感謝してもし足りない。
「でも、その結界が弱まっている、と?」
「ああ。と言っても、何となく違和感がするってくらいだから、誰かに聞いてみないと分からないけどね」
「じゃあ、聞いてみましょう! 今すぐに!!」
少女は慌てて魔術使いを急かす。
弱まっているということは、いつか消えるかもしれないということ。消えるかもしれないということは、魔物が入ってくるかもしれないということ。
その考えに至った怖がり泣き虫の少女が慌てるには、十分すぎる理由だった。
「ま、そうだね。聞いてみようか。剣士に声をかけてくるから、お嬢は先に行っときな」
「はい!!」
二階にある部屋を出て階段を駆け下り、カウンターで椅子に座り船を漕いでいる女性に声をかけた。
目を覚ました女性に、少女が問う。
「何か、この町で困っていることはありませんか? 例えば、結界が弱まっているとか」
「……気付いたのかい」
少しばかり目を見開いた女性は、ゆっくりと語り始める。
少女と、遅れてきた魔術使いと剣士が聞いた話はこうだ。
この町は数年前から、町を守る結界が弱まっている。
それに気付いたのはこの町の牧師。魔物がいつもよりも近い場所で発見されるようになったからだ。疑問に思って結界の核を見ると、ヒビが入りくすんでいたらしい。
彼は弱まっている結界をどうにかしようとしたけれども、勇者ではない牧師では何もできない。
だからと言って勇者を呼ぼうにも、勇者はつい最近亡くなったばかり。だが希望はある。新たな勇者が来てくれるかもしれない。日々弱まる結界を前に、戦力を総動員して町を守りながら、勇者を待っていたそうだ。
今日明日で結界が壊れる、というものでもないので、明日にでも少女たちに伝えようと思っていたらしい。
「そ、そんなことが……」
「結界は元々、何代も前の勇者様が張ってくださったもの。それを張り直すのは、同じ勇者にしかできないのさ」
女性はそう言うと、立ち上がって頭を下げた。
「お願いだよ、勇者様。どうか結界を張り直して、この町を守っておくれ」
少女は少しだけ怯む。
だって、自分は勇者になんてなりたくなかった。
できるなら、村の中でのんびり生きていたかったのだ。
でも、自分の力はそうさせてはくれない。それを本当の意味で知ったのは、魔物を浄化できた時だった。
やらなければならない、というのは分かる。
それでも、それでも。本当に自分に出来るのかという不安は、消えてはくれなかった。
不意に、頭に温かいものが乗る感覚があった。
背中を叩かれる感覚があった。
見上げると、魔術使いと剣士が笑っていた。まるで、「大丈夫だ」と言うように。
少女はぐ、と手を握る。
大丈夫、大丈夫。そう何度も唱えながら、覚悟を決めた。
「もちろんです。私たちに任せてください!」
ありがとう、と女性がお礼を告げた、そんな時だった。
青年が大慌てで宿に飛び込んできたのだ。
「ばあちゃん! 逃げろ! 魔物が入ってきた!!」
「なんだと!? まだ壊れねえはずだろ!?」
それに声を返したのは剣士だった。
「破られたんだよ! あんたらも逃げろ! 今はこの町の騎士たちが戦ってくれてるが、いつまで持つか……!」
焦った様子の青年の言葉に、ピン、ときたのは少女だった。
「おばあちゃん、結界の核はどこですか!?」
「えっ、あ、あぁ。それなら、教会の地下だよ」
「剣士さん、魔術使いさん!」
少女は二人の仲間に視線を合わせる。
二人はすぐにその思惑に気付いたのか、やる気に満ちた顔で頷いた。
「住民には安全なところに避難するように指示しておくれ。間違っても教会には近づかないようにね」
「俺たちが魔物を抑える。お嬢ちゃんが結界を張り直せば、魔物たちも弱体化するだろうよ」
「はあ!? 危険すぎるぞ!」
青年が声を荒らげるが、少女がそれを押えた。
「大丈夫です。多分、魔物の狙いは私だけなので。きっと、他の皆さんには目もくれませんよ」
つまり、少女が囮になるということだ。
正直言って今すぐこの場から逃げたい。それが叶わないのなら、大泣きして暴れたい。
だけど、そういうわけにはいかないのだ。
「私、勇者なので!」
その言葉に驚き、目をまんまるにした青年だったが、頼れるのは彼らだけだと思ったのか、教会まで案内すると申し出た。
宿屋の女性には、この場にいた方が安全だと告げて宿を出た。
***
町は混沌と化していた。その中を走りながら、青年は家の中に入るよう叫ぶ。青年はある程度発言力のある者なのか、皆近くの家に逃げ込んでいる。
「おお、魔物が追ってきてんな」
「さすが魔物ホイホイだね、お嬢」
「やめてくださいよぅ! 私すっごく怖いんですから!!」
日が沈んだ今、外は真っ暗である。
そんな中、数えきれないほどの光る二対の目が、少女たちを追いかけてきていた。もはやただの恐怖映像である。少女の心の中はもう大荒れだった。
教会の前まで辿り着くと、青年は教会の中に少女を連れて行く。剣士と魔術使いは中には入らず、外で教会を守るように戦うようだ。
早足で進む青年に小走りで着いて行き、階段を降りた先にある部屋の前まで来ると、青年はそこで立ち止まった。
「この先に赤い宝玉がある。だが、今はもう粉々に崩れているだろう」
「もしかして、あなたが牧師さんですか?」
「ああ。俺じゃどうしようもなかったけど。……よろしく頼む、勇者様」
「が、頑張ります!」
少女は扉に向き直る。
重そうな両開きの扉は、牧師の青年が何かを唱えるといとも簡単に開かれた。
深呼吸をして、部屋の中に入る。部屋に入ったと同時に、扉は閉められた。
部屋の中央にある台座を見る。そこには、元は彼が言っていた赤い宝玉があったのだろう。
けれど今は、くすんだ赤い宝玉が粉々に砕けて、破片は地面に散らばっている。色も、赤いというより黒に近かった。
頑張る、とは言ったものの、どうすればいいのだろう。
核の創り方なんて知らない。教えて貰えてすらいない。勇者にしかできないのだから、せめて創り方くらい残しておいて欲しかった。いや、どこかにはあるのかもしれないけれど。今は探している暇なんてないのだ。
こんなことなら、もっと勉強しておくんだった。
今更後悔したところで、なんの意味もないが。
「どうしましょう……」
勇者……浄化の力……
そう連想させて、少女は思いつく。
浄化の力を限界まで一箇所に集めれば、結晶化するのではないだろうか、と。
そんな簡単なことでいいのか、と疑問には思うが、浄化の力を使うことのできる勇者にしかできないことと言えば、それしか思い浮かばなかった。
「魔力の結晶化だってできるんです。だったら、できるはずなんです」
心を落ち着けるように、声に出す。
そして、手元に力を集めていく。
少女は魔力の結晶化が大の苦手だった。
集中力を必要とするものは、怖がりで泣き虫の少女には向いていないのだ。
今だって何度も何度も集中を乱しては、泣きそうになりながらまた力を集める、ということを繰り返している。
できない、だけどやらなくては。そんな思いがぐるぐると頭の中を回っていて、全く集中ができない。
どうしよう、どうしよう。
そんな言葉がいつの間にか口から出ていて、大粒の涙が零れそうになった、その時。
『大丈夫』
そんな声が、聞こえた気がした。
その声は不思議と少女の心を落ち着かせる。
できる、と手元により一層力を込めた、瞬間。
――パアァァァァ
突然、目も開けていられないほど光り輝いた。かと思えば、気付けば少女の手の中には、薄い青色をした光る宝玉が握られていた。
同時に、なにか禍々しい力が徐々に衰えていくのを感じる。
きっと、魔物たちの弱体化が始まったのだろう。
ホッ、と息をついた。何とかなりそうだ。まだ油断はできない状況だけれど、あの人たちなら絶対に大丈夫だという確信がある。
浮かんだ涙を強引に拭うと、宝玉を元の台座へ戻す。
そして、部屋を出てすぐのところにいた牧師の青年と共に、急いで地下から階段を駆け上がり、教会の外へ出る。
そこには、魔物たちを全て鎮めた二人の仲間が立っていた。
「良かった、無事ですね!」
「お嬢ちゃんのおかげでな。急にコイツらの動きが鈍くなったから、余裕だったぜ」
「さ、はやく浄化しちまいな」
「はいっ!」
勇者の力をこの町全体に広げ、気絶している魔物たちを浄化する。
浄化し終えた魔物たちは、荒々しさがなくなり静かに寝息を立てていた。
なんだか大変な一日だった気がする。と、顔を上げると、いつの間にか教会の前に人だかりができていて。
「ありがとう、勇者様たち」
「ありがとうねえ、勇者様方」
「ありがとう、勇者さん! 剣士さん! 魔術使いさん!」
「おねえちゃんたち、ありがとう!」
そこかしこから声が上がる。
「い、いえ! 当然のことですから!」
少し困惑しながら、少女はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「お嬢の言うとおり、当然のことをしたまでさ」
「そうだな。お嬢ちゃんも、よく頑張ったな」
「えへへ」
剣士に頭を撫でられて、終わったのだと安堵する。
上手くできないのではないかと、すごく怖かった。泣きたかった。
けれども、こうして自分のしたことを感謝されるのは、とても嬉しいものだと気付いた。
少女はビビりで泣き虫である。でも責任感は強かった。
少女はこの日初めて、自分なりの勇者としての在り方を見つけることが出来たのだ。
「私、勇者として頑張ります! 剣士さん、魔術使いさん、これからよろしくお願いしますね!」
少女は輝かんばかりの笑顔で、微笑む二人にそう告げたのだった。
***
でも怖いものは怖い。
翌々日。町を出た少女たちの周りには、また大勢の魔物が囲んでいる。さすが魔物ホイホイである。
泣きべそをかく少女は、どれだけ決意しようとも怖いものは怖いし、自分のビビりは変わらないのだと理解した。
まだまだ魔物はうじゃうじゃと少女を狙って来る。
「なんでぇええ!!」
――今日も少女は魔物たちをなぎ倒していくのであった。めでたしめでたし。
読んでいただきありがとうございました。
良ければ、下のお星様をタップしていただけると嬉しいです。