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【つづく】天楼国物語~新米道士と科挙試験~  作者: 月食ぱんな
新米道士と科挙試験
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102 旅立ちの日

(結局の所今回自分は役に立てたのだろうか)


 依依は複雑な思いを抱きながら、片手で掴んだ柔らかい黒髪をくるりと丸める。


「そんなに僕と別れるのが寂しいの?」

「そりゃまぁ、弟みたいに思ってるからね」


 依依は紫柚シユの髪をくるりと回し、高い位置でひとまとめにする。

 童子の髪は柔らかくしなやかで肌触りがいい。その感触にいつも以上に離れがたい気持ちがこみ上げ、依依は何だか泣きそうになり顔を歪める。


(こらえろ私、笑顔で送り出すんでしょ)


 依依は気を紛らわすよう手元に集中する。


 現在依依が気もそぞろなのは、本日紫柚が南凰なんおうに旅立つからである。

 燈依に事前に知らされていた通り、紫柚は戸籍を選ぶ事になった。

 それに伴い問題となったのは紫柚にソウ暁柚ギョクユ、そして沈麗シンリーが起こした一連の事件の真相を知らせるかどうかである。


 依依としては要点のみ知らせ、リー家で紫柚は新たな出発をすべきだと、当初はそう考えていた。


(だって流石に母親を失ったばかりの子に、その母親の悪事を伝えるなんて酷でしょ)


 そう強く思いを抱いていた依依。

 だからその気持ちを思い切って赦鶯シャオウにやんわり伝えた。

 その結果、赦鶯からはもっともな答えが返ってきたのである。


『君が紫柚の事を思い全てを伝えるべきではない、そう感じる気持ちは理解できる。しかし彼は現在人生の岐路に立っている。後で後悔せぬよう全ての情報を提示した上で選択させるべきだと私は思う。とは言え、本人に聞くのが一番だろうな。知る覚悟があるのか、ないのか……まぁ九歳の童子に酷ではあるが、それが将来後悔しない一番の策ではないだろうか』


 その言葉に一理あると賛同し、依依は赦鶯の考えに従う事となった。

 そして紫柚は皇帝直々に、九年前の事件からここの所世間を騒がせていたキョンシー騒ぎまで。その一部始終をしっかりと聞いたそうだ。


『僕は父様の子ではなかったそうだ』


 天楼城から一時預かり場所となっている、桃玄流の義荘へ戻った紫柚。

 浮かない顔で、ボソリと口にしたのはそれだけ。


 流石に数日間は落ち込んだ素振りを隠しきれていなかった紫柚ではあったが、皇帝と決めた期限より前に紫柚は答えを出した。


 それは――。


『僕は科挙試験を受けたい。だから南凰に行く』


 こうして早々と紫柚は南凰にある李家に引き取られる事となったのである。


「手紙くらい書いてやるし、それにお前が南凰に遊びにくればいいだろ」


 つい寂しい気持ちに囚われ暗い顔になる依依に対し、いつも通り不貞腐れた声をかける紫柚。


「そうだよね、そう言えば私は旅に出たことがないんだよね」

「じゃ丁度いい。僕の所に遊びにくればいいんだ」

「うん、そうかも」


 依依は鏡越しに映る紫柚に笑顔を向ける。


「で、いつくる?」

「それはね、えーと、旅費が貯まったら」

「いつ貯まるんだ?」

「というか、いくらくらい貯めたら旅って出来るの?」

「……わからない」


 依依と紫柚の視線が鏡越しにピタリと合う。

 そして同時に吹き出したように笑い出す。


「お前はまずは旅費にいくらかかるか、そこから調べないとだな」

「うん。調べたらちゃんとその金額がどのくらいで貯まるか計算して、紫柚様に手紙でお知らせする」

「そうだな、そうしてくれ」


 九歳とは思えない、相変わらず生意気な紫柚である。


(でも紫柚様は、同じ九歳の子より精神的に成長せざるを得なかっただけ)


 全ては取り巻く環境のせいであって、紫柚は悪くない。


「向こうの私塾でもちゃんと賄賂、渡しなよ」

「あぁ、そうだったな。お前の桃饅頭であれば効果てきめんなんだが。でもまぁ何とか上手いことやる」

「うん、兵は詭道きどうなりの精神で頑張って」

「……やっぱお前、悪い奴だな」


 鏡越しに紫柚がギロリと依依に疑いの眼差しを向けた。とその瞬間、開け放たれた窓から一羽の黒い鳥が室内に入り込んできた。


「あ、朱雀スザクだ」

「ということは、あいつも来ちゃったってことか」


 依依は朱雀に手を伸ばす紫柚を視界に入れながらボソリと呟く。


 今回南凰までの旅は船になるらしい。

 同伴するのは、いい機会だからと帰省を劉帆リュウホに促された寂東ジャクトウだ。


 勿論寂東はしばらく故郷に滞在したのち、中凰に戻ってくる予定。

 しかし紫柚は当分あちらで暮らす事になる。


(次に会えるのは紫柚様の科挙試験が先か、それとも私の旅費が貯まるのが先か……)


 依依はどっちにしろ当分先になるだろうなと、密かに寂しい気持ちになる。


「あいつも一緒かとかさ、酷い言われようなんだけど。君と僕との仲じゃん、小師妹しょうしまい


 依依はくるりと振り返り部屋の中の侵入者を睨みつける。


「ここ私の部屋なんだけど。無断侵入は盗賊と同等だし。あと、私はあなたの先輩だから、正しくは師姐しじぇ。なおかつ私は劉帆先生の一番弟子だから大師姐だいじじぇです」

「でもじじいは、そういうの面倒だって言ってたけど」

「そうだけど」


(私が先輩という事実は譲れない!!)


 依依は寂東に上目遣いで訴える。


「何?僕を誘惑しようとしてるわけ?」


 ニヤリと不敵な笑みを返す寂東。


「するわけないでしょ」


 依依はプイと寂東から顔を横に背ける。


「あれ?僕は桃玄道士隊の稼ぎ頭になるかも知れない、将来有望な道士なんだよね?」

「くっ」


 寂東がわざわざ依依の背けた顔の前に来て、挑戦的な目を向けた。

 色々あったが寂東は正式に桃玄流の道士となった。


 仙人に手が届くと名高い劉帆率いる桃玄道士隊。

 それなのに求人を出しても応募者ゼロ。

 しかしついに、その記録は破られたのである。


(念願の道士加入に浮かれる気持ちはあるけど、寂東はちょっと厄介すぎるのよ)


 寝食を共にする、家族のような道士隊。通常であれば威厳ある掌門の元、規律を持ち世の為人の為、日夜道士任務に励む――というのが普通である。


 しかし桃玄道士隊に限って言えば、掌門は酒に賭博に溺れる劉帆。

 そして新人は、人を煙に巻く天才寂東。

 日々お金がないと嘆く経理担当道士は依依だ。

 それに加え、御年軽く八十越えの家政婦餅ばぁ。


 以上四名が桃玄道士隊の隊員である。

 正式にはその他に約一名、打ち出の小槌こと燈依も依依の中では桃玄道士隊の立派な関係者の頭数に入っている。しかし燈依は名誉的な立場なので別枠参加だ。


(餅ばぁと私はともかくとして、残りの二人は個性豊かすぎなのよね)


 依依は自分はさておき、むしろ寂東の加入により新たな悩みが増えるのでは?と不安でいっぱいだ。


(でもま、仲間は少ないより多い方がいいか。その分純理は増える訳だし)


 結局のところ、会計係の顔をした依依は寂東の加入を喜ぶのであった。


「朱雀も南凰についていくの?」


 紫柚が肩の上に乗った朱雀の顔を眺めながら、誰ともなく問いかける。


「当たり前。朱雀は僕の家族だからね」

「そっか、よかった」


 寂東の言葉に紫柚が顔をほころばせる。


「向こうでは君の為に既に九官鳥を用意してるかもしれない」

「僕のために九官鳥を?」


 紫柚が不思議そうな顔を寂東に向ける。


「李家の者はみんな自分だけの鳥を飼ってる。だから君にもきっと用意されてるってこと。まぁ懐くまでは大変だけど」

「そっか、僕の九官鳥がいるんだ」


 噛み締めるように呟くと、より一層嬉しそうな表情を朱雀に向ける紫柚。


「君だけの家族だからな。ちゃんと世話しなよ?」

「僕だけの家族……うん、わかった。ちょっと楽しみになってきたかも」


 紫柚の顔が明るく輝く。


(動物は心を癒すって言うし)


 依依は紫柚の期待に満ちた顔を眺め、寂しさとそして少しホッとした気分に包まれる。


「さてと、船の時間に遅れるとまずいからね。君の荷物はこれ?」


 寂東が指差したのは、部屋の隅に置かれた旅行用の大きな鞄。


「そうそれ。あと細々したものは紫柚様がご自分の肩掛け鞄に入れて持っていくそうよ

「りょーかい」


 寂東が紫柚の鞄を持ち上げる。


「あっ、あなたに持たせるわけには」

「いいって、だってどう見ても君より僕の方が力持ちだろう?」

「けど、僕の荷物だし」


 紫柚は戸惑いの視線を依依に向ける。

 曰く「お前がなんとかしろ!!」と言っているに違いない。依依は以心伝心、紫柚の気持ちを理解した。


「あのね、紫柚様、こちらの寂東は女の子によく思われたい年頃なの」

「なにそれ?」

「つまり、重いものを軽々持つところを周囲に見せつけモテたいってこと。だから持たせてあげて全然構わないから。むしろほら、嬉しそうでしょ?」


 依依は寂東に顔を向ける。


「それはお前の勝手な思い込みなんじゃないか?」


 いつもの口調で紫柚が依依に問いかける。

 寂東には「あなた」呼び。しかし依依には「お前」呼びをする紫柚。出来れば早く寂東の事も親しみを込め、偉そうに「お前」呼びしてもらいたいと願う依依。


(けどま、今は私の勝ちね)


 お前呼びの距離感に依依は寂東に勝ったと嬉しく思いほくそ笑む。


「何ニヤニヤしてんだよ」


 依依に不信そうな顔を向ける紫柚。


「どうせ、僕に勝った、負けたと、勝手に勝負してるんだと思う。因みにニヤニヤしてるって事は僕はどうやら鼠ちゃんに負けたようだ」

「勝った?負けた?何に?」

「あー、もう。ほら行かないとだよ!!」


 依依は寂東に言い当てられ、慌てて話題を逸した。

 そして荷物をまとめ、紫柚に続いて部屋を出ようとすると、突然紫柚がくるりと振り返った。


「あのさ、お前にはその、色々失礼な事いったけど、だけど、ありがとう」


 紫柚は依依に告げるや否や、逃げるように部屋を飛び出した。


「おーい、鼠ちゃん。瞬きしないと目が乾くよーー」


 寂東の呑気な声で依依は我に返る。


「今の聞いた?」

「まぁ」

「あの紫柚様が、私にありがとうだって」

「良かったね。ま、君のお節介が通じたんじゃない?」


 寂東が依依にふわりとした笑みをよこす。

 少し棘ある言い方が気になる所ではあるが、それすら何だか紫柚に似ていて微笑ましいと依依は感じた。


「やば、物凄い嬉しい!!紫柚様、待って。私もお礼を言いたいーー!!」


 依依は嬉しさ全開。

 大慌てで部屋を飛び出し、紫柚の背中に後ろから抱きついたのであった。

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