表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【つづく】天楼国物語~新米道士と科挙試験~  作者: 月食ぱんな
新米道士と科挙試験
100/103

100 事の顛末2

 紫柚シユの一件が良い方に転がりそうだと知り、胸を撫で下ろす依依。


 冷めてしまったジャスミン茶を口に含み喉を潤す。

 すると向かい側の燈依トウイが依依を見てニヤリと意地悪く口元を歪める。


「最後にお前が一番気になっているであろう、寂東ジャクトウの件だが」

「一番気になっているわけじゃないけど」


 燈依の含みを持たせた言い方に対し、依依は即座に抗議する。


「そうか?お前はこの前あいつと抱き合い、対食たいしょくがどうのって、まるで恋人同士のような距離感だったじゃないか」


 依依は燈依の言葉で寂東に羽交い締めにされた時の事を思い出す。


「依依、ついにお前は宦官かんがんと恋仲になったのか?」

「だから違うって。あれは正しくは抱き合うじゃなくて、羽交い締めにされていただけだし。それに寂東とは、その、たぶん……友達だし」


 依依はモゴモゴと口ごもる。


「たぶんってなんだよ」

「まさか寂東の事を好きなのか?」

「違います。友達かどうかをしっかり本人に確かめた訳じゃないから、だからたぶんと言っただけだし」


 拳を交えた寂東に関し、依依の中では既に友達と言ってもいいかなくらいには思っている。


(なんだかんだいつも振り回されてばかりな気もするけど、根は悪い人じゃないと思うし)


 それにある意味寂東は沈麗シンリーに曹暁柚を恨むよう洗脳されただけ。

 そんな気がしてたまらない。


「依依、お前な……友達かどうかなんて、いちいち相手に確かめるものなのか?」

「おなご特有のやつじゃろ」

「あーもう、いいから兄様話を進めて」


 依依は複雑な女心が微塵も理解出来そうもない燈依と劉帆リュウホに対し、無理矢理話をせかす。何故なら桜花園で行われた花見の宴において、ハッキリと解決出来なかった謎があるからだ。

 その謎は未だ喉につかえた魚の骨のような異物感となり、未だ依依を日々悩ませているのである。


「私が知りたいのは、何で寂東は兄貴と飛仁トンジンにキョンシーに化けるよう指示したかってことなんだけど、兄様はその理由を知っている?」

「それは沈麗様がキョンシーとなって李華リカ宮から逃げ出し、龍静ロンジン様に目撃されてしまった。それを誤魔化すためだと、思蘭スーラン公主様が仰っていただろう?」

「確か爪を切るのを忘れて凶暴になっちゃったとか言ってたやつでしょ?」


 そもそも依依が後宮に宦官として潜入捜査するキッカケとなったキョンシー。

 実はそのキョンシーは思蘭が李華宮に隠していた沈麗の死体だという事は判明している。


「死体を隠していたのは理解してる。でも死体を隠していただけではキョンシーにはならないよ?」

「寂東が沈麗の死体に霊符を貼り操っていんだろう?ってお前気付いてなかったのか?」


 燈依に軽蔑した眼差しを向けられる依依。


「……知ってたし」

「嘘をつくでない」


 劉帆にはお見通しだったようだ。


「そうかなとは思ってた。だって埋葬されていない死体に霊符を貼り、こんを入れることによって無理矢理死体をキョンシー化出来るって事。それは道士の間では常識だし、それが出来るのも道士として特別な修行をした者のみだから」


(それに後宮に入れるのは宦官か女官だけ。そして最初に会ったパンダの仮面の怪しい男は寂東だったわけだから)


 自ずと、思蘭が口にした知り合いの道士は寂東。

 そこに答えは導かれるのである。


「私が知りたいのは、何で兄貴と飛仁。それに数人の宦官までもを巻き込んだのかってこと。しかも女装までしてなんだよ?何かそこには理由があるんでしょ?」


 早く理由を教えてと依依は燈依にせがむ。


「あー。それは明景メイケイ様曰く、天子様のご指名でお前を誘い出すため……だったらしい」

「えっ!?」


 言いづらそうな顔でチラリと劉帆の顔に視線を送る燈依。


「劉帆先生、何を隠しているんですか?」

「知らん」

「お小遣い減らそっかな」


 依依は腕組みし、劉帆に薄目を向ける。


「後宮で龍静殿下がキョンシーを目撃した。その件があってすぐにわしは天子様に呼ばれたんじゃ。曰く調査しろと。しかし儂は立派に男じゃ。後宮には入れん。勿論宦官に今更なるつもりもない。すると天子様がお前を後宮入りさせろと言い出したんじゃ」


 困った時のお小遣いは効果覿面こうかてきめん

 劉帆はあっさりと白状した。


 しかしその内容に依依は驚きを隠せない。


(そう言えば劉帆先生は、天子様のねずみなんだっけ)


 秘密会議の定番、内侍省ないじしょうにある明景の執務室で依依はそのような事を聞かされたと記憶の糸を手繰たぐる。


『劉帆道士は杏玄道士隊、影玄部にいた頃より秘密裏に天子様の鼠となり、各地の動向を探っている』


 確かに赦鶯シャオウが口にしていたと依依はハッキリと思い出した。


「つまり、私は兄様にも、赦鶯様にも騙されていたってこと?」

「それは違う。赦鶯様も俺も依頼を受けた時は全く知らなかったんだよ」

「えーほんと?」


 依依は疑いの眼差しを燈依に向ける。


「それは本当じゃ。儂がお前を後宮入りなどさせんと断った。その結果、他に信用出来る女の道士がいないとあって、天子様はお前を何とか後宮入りさせようと画策した。その結果赦鶯様に白羽の矢が立ったんじゃ」

「何でまたそんなややこしい事を。最初から素直に頼んでくれたらよかったのに」

「お前みたいな世間知らずは後宮なんぞ無理。そう儂が判断したからじゃ。だから儂は口を酸っぱくし、お前に注意していたはずじゃ」

「あっ!!」


 依依の脳裏にめくるめく過去の記憶が蘇る。


『とにかく、今後あやつに任務を頼まれても、ホイホイ調子良く引き受けるでないぞ』


 あれはそう。

 赦鶯の最初の依頼、夜な夜な訪れる、今となっては冤罪のちキョンシーになってしまった人を討伐する任務を終えたばかりの頃だった。


(確かに桃玄道士隊の義荘の中庭で、劉帆先生は言ってた)


 あの時は赦鶯を金払いの良い優良顧客としか思っていなかった依依。


(だから劉帆先生の言葉は右から左に聞き流していたっけ)


 依依は長い時を経て、ようやくあの時劉帆が赦鶯の依頼を受けるなと口にした本当の意味を知ったのであった。


「しかも赦鶯様は燈依の上司じゃ。奴から頼まれたら自然と燈依が依依に任務を受けるよう進めるじゃろう。天子様はそうお考えになられたのじゃ。全くあやつも腹黒な上に、こうと決めたら譲らん頑固者じゃからのう」


 皇帝に対する口の聞き方ではない劉帆の物言いに依依はドキリとする。

 しかし、依依が思うよりずっと皇帝と劉帆の付き合いは長いのだろう。


(共に年月を培ってきた仲だからこその、親しさなのかもな)


 依依は劉帆が皇帝の鼠である事を思い出し納得する。

 そして最後に一つとばかり、質問を口にする。


「本当のところ、寂東は誰の鼠なの?」


 最初は思蘭のお気に入りの宦官、依依はそう思っていた。

 けれど事実を振り返ってみると、ある意味依依を真実に近づけるために気を引く役、寂東はそんな役目をしていたような気がしてたまらない。


(それに、花見の宴で対峙した時。寂東は本気じゃなかった)


 何故なら依依はもう何度も寂東に近づく事を許し、そして二回も羽交い締めにされたのである。


(私はわりと本気で抜け出そうとしてたんだけど)


 出来なかったのである。


 つまり寂東が本気を出せば、道士である依依を拘束することくらい簡単だと言う事になる。武道派を名乗る依依は、実際の所その辺の年頃の娘よりずっと武芸に秀でている。つまり依依は見た目通り、十六歳の結婚適齢期を迎えた娘ではない。


(私は道士。だけど、寂東には敵わなかった)


 それは寂東が只者ではないと言うことを意味する。


「寂東は一体何者なの?」


 依依は再度尋ねる。


「儂が直々に教えた道士じゃよ。つまりお前の師弟じゃな」

「え?」

「九年前の事件。儂は天子様の依頼を受け南凰に向かった。その時、リー隆慶リュウケイの死について真実を知るために宦官になったばかりの寂東に出会ったんじゃ」

「なったばかり?どういうこと?」

「宦官になれば後宮入りができる。あいつは違うと言うが、どうせ姉の復讐に巻き込まれ、言いくるめられ宦官になったんじゃろ。しかも季隆慶が亡くなって一ヶ月も立たぬうちにじゃ。全く馬鹿げておる。しかし当の本人は真剣だったんじゃよ」


 依依は思いがけない暴露話の連続で言葉を失う。


「あやつは儂が天子様の命で動いている者と知ると弟子入りしたいと言い出したんじゃ」

「それは天子様に近づくため?」

「そうじゃ。天子様に曹暁柚が犯人だと直訴するつもりだったようじゃ。儂は弟子など取るつもりはなかった。しかしな、どうにも沈麗という女の近くに置いておく気にもなれなくてのう。なんせ寂東、あいつはその時たった九歳の童子であったからな」


 劉帆の体からまるで刃のように尖った気が僅かに放出された。


(劉帆先生の怒りの気、久々かも)


 普段から口うるさい劉帆である。

 しかしそれは形ばかり。

 本当の「怒」の感情を劉帆から感じる事はまずない。


(確かに沈麗という人は、自分の復讐の為に人を巻き込み過ぎだよね)


 依依は紫柚の事を思い浮かべ、劉帆の発する気に共感する。


「渋々引き取り、天楼城に預けたんじゃ」

「じゃ赦鶯様も寂東の事をご存知だったの?」

「それはないじゃろう。奴は小僧の宦官として働いておったし、赦鶯様はその頃既に後宮を出られ、東宮に生活拠点を移されていた。すれ違う事すらない関係性じゃ」


 依依は幼い寂東が宦官として後宮で働く姿を想像し、切ない気持ちがこみ上げる。


「そんな悲しむ事はない。儂は道長任務と称し、全国を天子様の名で駆け回っておった。そういう時は必ず寂東を後宮から連れ出しておったからのう」

「では後宮にずっといた訳ではないのか」

「そうじゃ。儂は寂東を連れ回し、武術に道術のイロハを教え込んだのじゃ」


 依依は劉帆の言葉に僅かに胸を撫で下ろした。


「寂東は道術を学び、善の心を学ぶうちに変わった。復讐などしても亡くなった者は生き返らぬ。それに気付いたのかも知れん」

「でも寂東は花見の席で怒り狂っていたけど」


 あれは復讐する気満々だったと依依は振り返る。


「そこが人間の難しい所じゃ。そして奴の未熟な所でもある。一度は復讐を諦めたかのように思えたが、まだ心の何処かに抱える闇を拭いきれていなかったのじゃろうな」

「寝返ったってこと?」

「そうではない……と信じておったが、寂東が公主様に近づいてから、少し様子がおかしくなってしまってのう」

「寂東は護衛かなにかの任務で公主様に近づいたの?」


 依依の問いかけに、劉帆は小さく首を横に振る。


「公主様が宦官として後宮で働く寂東を見かけ、自分の宮に引き入れたんじゃ。それを知った天子様は利用出来ると」

「利用ですか?」

「公主様には色々と事情がある。天子様は寂東を傍に置くことで公主様を監視しようと企んでおった」

「監視?何のために?」

「己で考えなさい。既にお前は真実に近づく鍵を得ているはずじゃ」


 劉帆に試すような言葉をかけられた依依。

 とりあえず師の言葉に従おうと思考を巡らせる。


(思蘭公主様と言えば……)


 可憐な見た目とは裏腹に、苛烈な性格を秘めた女性である。

 花見の席で思蘭の様子をこっそり観察していた依依は密かにそう分析している。


(更に言えば)


 何となく皇帝や赦鶯に対し、反抗的な態度と言葉も吐き出していたと依依。


(仲よさげではなかったかもな)


 だとすると一体何故だろうと依依は思案する。

 そしてふと閃いた。


「劉帆先生、思蘭公主様のお母様って誰ですか?」

丹風タンフウじゃよ」


 劉帆の告げた名前に依依は息をのむ。


(丹風様と言えば、偽宦官と密通した妃じゃない)


 となると、完全なる推測でしかないが、思蘭の父親が偽宦官である可能性も出てくる。


(でもそれが事実だとしたら天子様が先帝の後宮を解体した時に、母親同様粛清対象となっていてもおかしくはない)


 いつぞや赦鶯は言っていた。


『私は先帝の第十四番目。最後の子だ。私が生まれた時母は亡くなった。私の母は丹風側についていたそうだ。――私の母は天子様から見れば反勢力側。本来であれば私は天子様に殺されても仕方ない存在だった』


(だけど赦鶯様は殺されてない。それどころか天子様に恩を感じている様子)


 思蘭に関して言えば、皇帝に恩を感じている事はなさそうである。

 しかし、皇女として生かされていることは確かだ。


(そう、生かされている。そう思蘭公主様は感じているのかも)


 依依は思蘭が含みを持たせ、花見の席で口にした言葉を思い出す。


『私と沈麗が仲良くなれたのも、人にはなかなか理解出来ない願望。それを共有出来たから。だから沈麗が死にたい気持を抱えていたのは間違いないわ』


(つまり、人にはなかなか理解出来ない願望って、まさか自殺願望ってこと?)


 思蘭は沈麗の復讐に手を貸すほど、意気投合した仲である。

 その二人を結びつけていたのは「死にたい」という願望。

 その事に気付いた依依はどんよりと顔を暗くする。


(全ては推測でしかないけど)


 それでも依依は思蘭の抱える真実に少し迫った。

 そんな気がしてたまらなく胸が苦しくなったのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ