H、トラブルを起こしてしまう
私はいつの間にか、駐車場に向かって戻っていました。
用がないなら、いち早く人の目のない場所に行ったほうがいいに決まっています。
天神の街にたくさん並ぶ店を覗いてみました。
積み上げられた商品をじっくり眺めようにも、そんな時間はなさそうです。
それに、もしそうしたとしても、私には欲しいものなどありません。
ショーウィンドウの向こうの品物が、絵のように見えてきます。
そんな時、前方から一人の男性が足早に歩いてきました。
私は歩道の端のほうに避けましたが、なぜかその人は私のほうに近づいてきました。
私ももっと速く動けばよかったのですが、その人と私はぶつかってしまいました。
「すみません、大丈夫ですか?」
その人の鞄を拾い上げ、声をかけます。
が、その人はしゃがみこんだまま顔を上げようとしません。
よく見ると、しゃがみこんだまま、メガネを見ていたのです。
「割れとるわ」
私は再び謝りました。
先ほどのホームレスのこともあり、できるだけ目立たないようにと決めた矢先のことでした。
男は立ち上がりました。
服装は普通ですが、髪を染め、ちょっとホストみたいな感じでした。
男は私にメガネのいわれを話しました。
このメガネは福岡にいるメガネメーカーの知り合いが特注したもの。
何ヶ月かかかって完成し、今日受け取ったもの。
そして、男は今日大阪に帰らなければならないこと。
すまないと思っていた私は、急に冷静になりました。




