発端 1-9
今まで殺した連中よりもずっと若かった。もしかしたら、成人していないのかもしれない。
「あなた、私のお腹叩いたでしょう?」
「いえいえ! 違います!」
「まあ、どっちにしろ、殺すけどね」
生き残りは二人いたが、Hは一人に絞った。
五人目の彼は坊主頭で、太っていた。指を彼に向けて、動かしてみる。すると、彼はさっきまでの態度を消し、頭を下げてきた。
「すみません、すみません。もうしないので助けてください」
「謝るぐらいなら、初めからやらなければいいのに」
「すみません、リーダーの小沢さんたちに、勧められて無理矢理。僕は、本当はこんなことをしたくなかったんです。疲れていたのに、小沢さんが無理矢理引っ張ってきたんです。レイプになんて、恐れ多くて出来ないので、ここは見逃してください」
早口で哀願し、地面に手を突き、額を地面にこすりつける。
しかしHは何も言わずに近づいていった。
ザッザッという足音が耳についた。
Hの手はたくさんのガラス片があった。どれもが大きく、尖っている。Hはそれをもてあそびながら、五人目に近づく。
足を止めた。そして、低くくぐもった声、それは笑い声を押し殺したような声だった。
五人目は顔を上げた。
Hは空を仰ぎ、首を動かす。コキコキと音が立てられている。
「あなたは……、私がやめてと言った時、やめたのかな?」
Hは親指と人差し指で一枚のガラスを挟む。そして彼女の視線は五人目に向けられた。
冷たい瞳だった。
どんなことを言っても、許してはくれない。その現実から来る恐怖が五人目の心を支配したのだろう。彼の顔はみるみるうちに青ざめていく。
外灯が彼の顔を照らす。彼の額に汗が流れた。
「ダメダメ。私に、殺すって言ったでしょ? 言ったことには責任取らないと」
「それは俺じゃないよ!」
「そう? 私誰が言ったのかわからないし、それに、そもそも許す気なんかないので、ごめんね」
「いやだ、いやだ、死にたくない!」
五人目はそれまで腰をぬかしていたが、立ち上がった。でも姿勢は保てなかったようだ。何度も足を滑らし、両手を空中で泳がせた。
Hにとって、それは動いていないのと同義だった。
ガラス片を投げつけた。持っているガラス片が全て無くなるまで、繰り返し、連続して投げつけた。
ガラス片は五人目の背中や足に当たった。そのとき、五人目の動きが止まる。そこですかさず追いつき、髪をつかむ。
「ねえ、ほんと? やばくない? わりにあわないっしょ?」
Hは答えなかった。彼女は髪をつかんだまま、思い切り後ろに引いた。足元に手ごろな石があるのに気がついた。その石に向かって、五人目の頭を力任せに振り下ろす。五人目は倒れまいと抵抗した。背に力を入れて、石を避けようとした。Hは五人目の鼻の頭を叩き、地面に引きずり倒し、踏みつけて押さえこむ。そして石を拾い上げ、五人目の頭に投げ下ろした。五人目は出血した頭を押さえ、悲鳴を上げた。それにかまわず、Hは彼の首を踏みつけ、もう一度石にぶつけた。鈍い音と共に、地面に生暖かい液体が飛び散った。
まったく別の方向から足音が聞こえた。
Hが叫んだ。
「生きていたか! ぬかった!」
不意に立ち上がって逃げていく男がいる。二人目だった。首を折られて死んだと思っていたのに。Hはすぐに追った。しかし既に男は道路に出ていた。
そこでHは車に乗り込んだ。鍵はついたままだ。エンジンをふかし、ハンドルを切る。
「にがすか! 」
アクセルを目一杯踏む。
「私が誰だか、わからないのか!」
車は車道に出た。車の明かりで男の姿が浮き彫りになった。そして、さらにアクセルを踏んだ。男は一度だけ振り返り、それから全力で走る。しかし、人の足が車にかなうはずはなかった。Hはハンドルを握る手に力を入れた。
その直後、前面から衝撃が来て、片方のタイヤが一瞬浮かび上がった。
Hは車を止め、建設現場に戻った。
そこには、最後の一人が残っていた。
Hにより、あっという間に仲間たちが殺された。おそらく、レイプしても反撃はない、と思っていたのだろう。しかし、現実に仲間が殺害されてしまったために、精神が萎縮してしまい、動けずにいたのに違いない。
「すみません、すみません。助けてください」
地面に尻をつき、命乞いをする。声は小さく震えている。よく見ると失禁している。
「それじゃ、警察を呼んでくれない」
「け、警察ですか?」
「そう。早く呼んでくださいよ」
「で、でも」
「私は『殺しの天才、S』の彼女なの。あなたなんか、一瞬で殺せるの」
「え、S……」
「私にくびり殺されないうちに、さぁ……」
最後の一人が携帯電話を取り出し、震える指でボタンを押す。
その間、Hは笑った。
「ふふ、ふふふふふ、うふははは、あっはははははははははは」