作者と主人公、カウンセラーと会う
Hが逃げ出してから、一週間ほど経った。
マスコミはHに関するニュースを減らしつつあった。
そうだろう。
毎日同じことの繰り返しでは飽きてくる。
そもそもH自身も姿を現さないし。
そんな時、里緒が俺に言ってきた。
「ねぇ、一緒に行ってみない?」
行き先は、Hのカウンセラーだった人の所だ。
彼は大学でカウンセラーをしている。
少し前までは心理学の非常勤講師として働いていたのだが、今では辞めているという。
たまたま仕事が早く終わったので、里緒に同行した。事前にアポをとっているらしく、俺たちはすんなり案内された。
カウンセラーは『クラウス・ハンマースホイ・ファーター・アンデルセン』というデンマーク人だった。
彼は俺たちを部屋に招きいれた。日本語の達者な人だった。
年は50から60の間。うっすら白くなった髪と、それと同じ色の口ひげを蓄えていた。
髪は無造作に撫で付けられていた。
服装だが、黒ずくめ、裾の長い上着を着ていた。
一見、神父や牧師に見えなくもない。
部屋を貸切にしてもらい、俺と里緒はアンデルセンと向かい合った。
そして自己紹介が終わり、里緒が身を乗り出す。
本格的な話はすぐに始められた。
里緒(以下『L』)「本日は、時間をとっていただき、ありがとうございます」
アンデルセン(以下『A』)「いやいや、かまいませんよ」
L「ところで、Hの事件ですけど」
A「うむ。彼女のことは覚えておる」
L「Hのことを教えてほしいのです。私たちでは、Hのことが、うまくつかめないからです。とい
うのも、Hの性格では、このような事件を起こすとは考えられないからです。誰に聞いても、
おとなしくていい子だった、という話しか聞かないからです。Hのカウンセリングをしたとき
に何か判ったことがあれば、教えて欲しいのです」
A「わかったこととな……」
L「大体のことは判ってきましたが、確証がないのです」
A「何が、聞きたい?」
L「引きこもった時のHは、どんな感じの人間でした?」
A「うむ。殺風景な部屋をカーテンで閉め切っていて、照明も消していた。薄暗い部屋の隅にHは
座っていた。わしが入ると、おびえたように肩を震わせ、上目遣いで見上げてきた。前髪が長
く伸び、顔が隠れるぐらいだった。それでも、分厚いメガネの奥の目が脅えているのがわかっ
た。ネットにはつないでなく、家族以外の者との接触は久しぶりの様子だった。何回かの面接
で会話が出来た。話下手で言葉も聞き取りにくいのだが、礼儀正しくて、わしに合わせて応対
をしてくれるようになったのもすぐだった」
L「なるほど。確かに近所でも評判のいい優等生だったみたい」
A「終始自分に自信がないようだった。視線は定まらず、おどおどと言葉を選びながら話してい
た。コミュニケーション能力の低さはひどいものでな。友達づきあいもそこそこに、受験勉強
をしていたのが原因だった。そのため学業以外のスキルは低かったが、元々頭はいいのだ。親
の評価は低かったがね」
S「どうしてそんなことに」
A「他の家族が優秀でね。家族からすれば、Hだけが落ちこぼれているように見えていたのだと思
う。たとえば、70点というテストの答案。20~30点ばかり取る生徒からすればいい点に
見えるが、100点ばかりの生徒だと低く感じられる。と、こんな例えでわかったかな?」




