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L3 killing of genius "H"  作者: 迫田啓伸
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発端 1-4

 Hはここまで説明し、息をついた。

 なるほどと、と今井刑事は呟いた。

 後ろでは記録係が無言でペンを動かしている。

 辛い体験を思い出しながら話すのは大変辛いことだ、と今井にはわかっていた。

 だから、話を聞く役目が自分に回ってきたのだ。

 強制わいせつとか、それに類似した行為なら、女性のほうが話しやすいという配慮からだ。

 それなのに……!

 目の前のHという女性は……子供に本を読み聞かせているかのように、淡々と語る。

 ありえない!

 それが今井には異様に感じられた。

 昨日の今日!

 事件の真相を聞いたのは。婦女暴行では話を聞くだけでもかなりの時間が要る。事件として立件しようとしたところで、被害者が訴えなければ事件はなかったことになるのだ。こういうのを親告罪と呼ぶが、そのせいで、事件にならなかった事件が数多くある。

 被害者の心理状態を考えれば仕方のないことかもしれない。

 しかし、Hは違う。

 まるで他人事のように、Hが口を開く。

「そのときに、私はひとつ思い出したんです」

「何を?」

「私は、今のスーパーに勤める前は、引きこもりだったんです。大体半年ほど引きこもっていました。それではいけないと、思い切って応募したんです。そして採用になって、働いたんです。辛かったですよ、引きこもりのとき」

 今井は顔を上げた。Hの声の調子が違っていた。

なんというか……、元気が良かったのだ。

 Hは姿勢を正し、まっすぐ今井を見つめた。

「そんな時」

 今井ははっとして、Hの目を見る。続きを話しているのだ。

「私は思い出したんです」

「何を?」

 Hはゆっくりとした口調だった。

 それほど重要だとは思えないが、聞いてみたいと思っていた。

 外からは強い雨の音が聞こえた。

「私は、Sさんから、もらったものがあると。引きこもる前にも、私は色々辛い目にあっていたんです。彼らがなんと言っていたのか、覚えていません。でも、ひとつだけ、思い出したんです」

「何を」

「そうでなければ、私はここにはいませんよ」

「だから、何を?」

「目の前は真っ暗になりまして、全ての感覚器が麻痺してしまったみたいでした。ああそうだ、こんな感覚か、これをいつも感じていたのか、ああ、そうです、いらなかったんです。だれにも許可は要らなかったんです。私にはあの人から既にもらったものがありました」

「なんなの?」

 今井はイラついて机を叩いた。

 ところがHは驚くどころか、逆にリラックスした態度で見つめ返していた。

 そして笑顔を浮かべ、机の上で指を組み、今井の顔を覗き込む。

「聞こえて来たのです。Sさんの声が。大丈夫か? しっかりしろという声でした。私が手を伸ばすと、その手を取ってくれました。そして、言ってくれたんですよ。Hさん頑張れって」

「それで?」

「待ってSさん、待ってSさんと手を伸ばしました。そういえば、言われたことがあるのです。もしもの話だったけど、好きだって……うん、他人行儀だから、S君と呼ぼうかな」

「何が言いたいの? Sって、まさか」

「S君は私にその才能を、譲ってくれるって」

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