Sの回想をHが語る-2
Sさんがコンビニにいるとわかったため、警察がコンビニを包囲しました。
そのすぐ後のことでした。
私のほかに人質は四人いたのですが、彼らは解放されました。
その後、Sさんは事務所から椅子をもって来て、カウンターの前に置きました。私はカウンターの奥で椅子に座らせられていました。
「昼ごはん食べた?」
「いえ、まだ」
私は親しげに話しかけられ、一瞬戸惑ってしまいました。
Sさんは一言二言、私に声をかけました。私は生返事しか返せませんでした。Sさんは、ちょっと待っててと言うと、缶ビールを二本とってきました。
「会計して」
「えっ、買うんですか?」
思わず甲高い声をあげて質問してしまい、Sさんは驚いていました。
「俺はコンビニ強盗なんかしていないからな」
「……、なんか、こだわっていますね」
「Hさん、一本どう?」
「いや、まだ仕事中なので」
「外見てよ。これじゃ仕事なんて出来ないよ」
既に外はSATで囲まれていました。
Sさんの言うとおり、この状態では客なんか来るわけがありません。
Sさんは改めて、昼はどうするつもりだったかと聞いてきました。
私は正直に、レタスサンドでも買うつもりだったと答えました。
「じゃあ、ちょっと来て」
Sさんは私の手を引き、商品棚まで連れて行きました。
「これかな?」
「あっ、はい」
「他にも何か買う?」
「いいです、自分で」
このようなことになるとは、予想できませんでした。
Sさんの横をすり抜け、Sさんを見ないように手を動かしました。
私はへんな緊張感に包まれていました。
下手なことをすれば何をされるか分からなかったから。
不意にSさんが口を開きました。
「意外と大食いだな」
「ほっといてください」
つい、こう答えしまいました。
私は今の口答えで、殺されるかもしれない、と血の気が引く思いでした。カレーパンが落ち、Sさんはそれを拾ってくれました。
でも、私はそれどころではなかった。足がすくみ、肩が震え、視線が上げられなかった。
このときの私にとって、Sさんは凶悪殺人鬼でした。自分の不用意な発言で命がなくなると、思っていました。
でも、そんなことはまったくなかった。
それから、何時間か経ったときのことでした。
コンビニで売っているビールなどを飲みながら、私たちは話し込んでいました。
私とSさんは気が合いました。
コンビニに立てこもった当初の緊張感とか、怖さとか、死へ対する不安とかはすっかりなくなってしまい、くだらない話で笑っていたりもしました。
夜になったとき、Sさんは不意に目に涙を浮かべました。
「もっと他にやることがあったのかもしれない」
「Sさん?」
「こうなる前に、なんとか回避できる方法があったのかもしれない。俺は、殺人者になりたくなかったのに。どうしたって言うんだ、俺が何か悪いことをしたと言うのかよ。それが、全て俺のせいか! 畜生、畜生、畜生……」
私ははじめ、酒に酔っているのかと思いました。呂律が回らず、発音も、言っていることも判然としなかった。
でも、彼の言葉を聴いているうちに、私は彼から目が離せなくなりました。
Sさんは私から目を背けたまま、話し続けました。
「Hさん、俺は、もうどうしようもないんだ。もう人を殺すこと以外にやれることがない気がするんだ。聞いただろ? 俺は、……。それが事故だったとしても、許されることではないだろう? 天才だとおだてられ、いい気になっていたけれど、……。それでも、どうしようもない犯罪者だ。俺は、もう、誰にも許してもらえない……」
私の回想はこの言葉で途切れました。




