発端 1-3
Hは説明を始めた。
昨夜、22時30分頃。
歩いていたのは、いつも歩いている道だ。
舗装された道路の周囲には農地と、誰も住んでいそうにない古びた家屋。行く先には何かの建設現場。
そこは最近作業を始めたらしい。
スーパーに勤め始めて一ヶ月。
終るころには疲れていた。
お釣りを間違えるようなの失敗も多かった。
精神的、肉体的にも疲労を感じていた頃だった。
この時はメガネをかけていた。
自宅までは歩いて20分ほどだが、疲れているので、余計と時間がかかる。
道路に人気はないが、外灯はある。
そんな時、めったに通ることのない車が後ろから走ってきた。
気になり、足早に歩き出した。このまま黙って通り過ぎてくれればと思ったが、車は自分の隣に来るとスピードを落とした。
クラクションが鳴らされた。チラリと横を見ると、さらに足を速めた。
「ねー、どこ行くの?」
車の窓が開き、金髪のヒゲ面が現れた。年は自分よりもやや若いぐらい。それから次々と人相の悪い顔が現れた。
「おっ、可愛いじゃん」
「おお、メガネっ子」
「どこ行くんだよ」
「帰っているんです」
「そう? 一人じゃ危ないよ」
「俺たちが送っていってやるよ」
半ば冷やかし半分に声をかけられる。Hはますます警戒し、さらに歩くのを速める。ほとんど走っているようなものだった。
「おい、待てよ」
「いえ、近くですから」
「遠慮するなよ」
男たちの語気が荒くなった。
Hは走った。全力で。しかし車もスピードを上げた。
建設現場まで来たとき、車は自分の前に回りこみ、前方をふさいだ。慌てて止まり方向を変える。
男たちが降りてきた。たくさん乗っているように見えた。こんなときに限って足が動かない。腕をつかまれ、引っ張られる。倒れそうになった。他の数名が服をつかむ。
「動くな! おらぁ!」
顔を殴られ、メガネが吹き飛ぶ。
「じっとしていろ!」
もう一発顔に食らう。
目を開ける。
自分を囲んでいる見知らぬ六人の男。
なんとか抵抗しないと。
声をあげて助けを呼ばないと。
しかし、動かない。声が出せない。恐怖で身がすくんでいる。
「運び込め!」
「よし、まずはオレからだ!」
口を押さえられ、両腕もがっちりと押さえ込まれている。口をふさがれた状態でも、なんとか声を振り絞り、頭を振り、体の動く所を動かす。
「ん……、んむむ……!」
「うるせえぞ、こら!」
「おとなしくしろぉ!」
「殺すぞ! ブスが!」
背後から前髪をつかまれ、引っ張られる。殺すと凄む男の顔は目を見開き、口をゆがめ、眉を吊り上げている。
「ムグ……、んん。嫌……」
「うるせえ!」
腹に拳を叩き込まれたようだ。
体が「く」の字に折れ曲がり、一瞬意識が飛んだ。
痛みで抵抗できないHを男たちは担ぎ上げ、車に投げ込んだ。既にシートは倒され、フラットになっていた。叩きつけられた痛みで意識は戻ってきた。
「やめて、やめて! いやぁぁぁ!」
「押さえ込め!」
リーダーらしき髭の男の号令で、子分たちがHを仰向けにする。そのとき、再び腹を殴られた。息がつまり、体全体がしびれたみたいになった。悲鳴が上げられない。車が滅多に通らないから、誰にも気づかれない。
リーダーが自分の上に覆いかぶさり、ベルトを緩めた。