Hが狂い始める-2
まだ怒りが収まらなかった。
女の服は後部座席に投げ捨ててあったので、それをいただくことにした。
ふたりが行為に及んでいる場所は助手席だった。
運転席には鍵がつけっぱなし 。乗り込むとキーをまわし、エンジンをかける。オートマ車だ。
知っての通り、オートマ車はギアを入れたままで、ブレーキを踏んでいないと動き出してしまう。クリーピング現象というが、それを利用しようと思った。
車を路肩から出し、フロントを崖に向ける。
その状態で車から降りる。
すると、車のほうが勝手に崖から落ちてくれる。思いついたので、やってみることにした。
車を崖に向けた途端、通行車が来た。自分が動かした車が道をふさいだような形をとっていた。クラクションが鳴らされた。
無視することにした。
車を降りた。
通りかかった車は白のワゴン車だった。
「おい、何やってんだ! 早くどけろ!」
無視を続けた。
車は崖に近づいていく。やがて前輪が道路から外れ、車は大きく前面に傾いた。
「おい、聞こえてんのか! ふざけるのもいい加減にしろよ!」
ワゴン車から野太い声が聞こえてくるが、振り向かなかった。
車は傾き、崖から落ちようとしている。が、車体が道路に引っかかったらしく車はその位置で停止した。後輪は空回りを続けた。一方、ワゴン車からは男が四人降りてきた。
「おい、お前!」
うるさいなぁと思いつつ、車の後ろにまわった。そして、おもむろに車体のリアを蹴った。ぐらっと揺れる車体に、今度は体当たりを食らわせた。
「あ、あああっ! ひでえっ」
それを見ていた四人の男は悲鳴に近い声をあげた。
車は崖下に落ちていった。意外とそんなに派手な音は立たなかったし、車体もそんなに大きく変形しなかった。
雨で地面がぬかるんでいたので、それが落下のショックを和らげたのだろう。ガソリンに引火することも無かった。
こうるさかった四人組は自分に近寄ってきた。一人が指を突きつけてきた。外灯の下、よく目立つ真っ赤なアロハシャツに金髪で、どう見ても人相の良くない男だった。
そいつが声を荒げ、自分に対し抗議してくる。
「てめえ、何やってんだ、コラァ!」
口を開かず、彼らのほうを振り向く。よく見ると、似たような姿の男性が他に三人。どの顔も怒っている。どうして彼らが怒っているのか、このときはなぜか理解できなかった。
分厚い雨雲が途切れ、久しぶりに月が見えた。
「なんとか言いやがれ! おらっ」
別の奴が巻き舌を飛ばす。面倒だなと思いつつ、返事した。
「何怒っているの? 警察でも呼ぶ?」
「お前が警察だろ!」
こう切り替えされた。はっとして自分の服装を見る。
しまった。婦警の格好をして逃げていたんだった。すっかり忘れていた。恥ずかしくなり、表情が緩む。
「あ、うっかり」
「うっかりじゃねぇ! 何やってんだ、お前!」




