Hが狂い始める-1
坂を上りきる。
そこからは平坦な直線。
今、自分は道路の左側。その横には森が広がっている。
一方、反対側は崖になっていた。道幅が広いからか直線だからか、それともただの手抜きだからか、崖側にガードレールは無かった。
その直線道路の路肩に、一台の車が止まっていた。その車が、不自然な揺れ方をしている。
近づいてみた。
車はまだ新しい。それに、揺れ方もなんだかリズムを刻んでいるみたいだ。
月が隠れた。
中が見えない。そこで近くに行って耳をそばだてることにした。
「な、なにぃ!」
と、思わず叫びそうになった。
慌てて口を押さえるが、心中穏やかでいられなかった。
口を押さえていた両手は拳を握りしめた。
歯が欠けてしまいそうなほど強くかみ締めていた。寒さを一瞬で忘れた。
「私でさえ、Sさんとはプラトニックなキスしかしていないのに」
背筋を伸ばし、目を見開く。
眼が暗さに慣れたのだろう。行為中のシルエットが見えた。中の奴らは行為に夢中で、自分に気がついていない。
さっきまで雨に打たれ、思い出したくもないことを思い出して苦しんでいた。
ついでに、自分はまったくモテなかったことも。
せいぜいSぐらい。
中学生ぐらいからクラスの女たちは男子と何らかの付き合いを持ち始めていた。友達すらいない自分が、そんな輪の中に入って行くにはどうすればいい。
なんと言えばよかった?
それに、中学生なのにまだ早いと、あの親どもは反対するに違いなかった。
びん底メガネの根暗で、コミュニケーション力が低い自分に……本当はそんなこと無いのだけれど……クラスでも不細工認定されている自分に、声をかけてくれる人がいるはずも無い。
たまに自分から声をかけてみても、会話はそのとき限りで終ってしまう。
恋愛なんて、テレビドラマの中だけだった。
現実にそれを行うのが可能な人と、自分みたいに実行不可能な人がいる。
それはそれで事実として受け止めるから、こういうことは自分の目の届かない所でやって欲しかった。
こんな場所に車を止めて、その中でやって、いやみのつもりか!
他所でやれ!
どうして真面目に生きてきた自分が……成績は悪かったし、大学行ってないけど……、いかにも自分より勉強してなくて……そのくせ楽しく学校生活を送って……、どう考えても人生甘く見ている脳みその軽い馬鹿オンナどもが、自分よりモテているという現実が許せない!
嫉妬は怒りに転じ、眠っていたはずの殺意に火をつけた。
銃を取り出し、窓を叩く。
うるさそうにこちらを向いた男は、自分の顔を見て驚き、そろそろとドアに手を伸ばした。
女の方もそれまでの状態から正気を取り戻した。
カッと目が開かれ、おびえたような視線を送ってくる。
「はい」
小さな声で、上半身裸の男がドアを開けた。
とっさにニューナンブで、男の額に向け一発。
地味な音と共に男は倒れた。一瞬遅れて額の穴から血があふれ出した。
「ねえ、ちょっと……。あっ、きゃぁぁぁ……」
ドアをこじ開けて中に押し込み、女に狙いをつけ、撃つ。




