発端 1-2
本日、午前八時ごろ。
里緒が出かける一時間ほど前のことだった。
取調室に一人の若い女性が連行されてきた。中には記録係の警官が席に座っていた。
女性は、白のマル襟ブラウスに紺色のキュロットスカートという、どこかのスーパーの制服のような格好。あまり背は高くなく、中肉中背。よろよろとした歩き方からは、あまり運動が得意ではないということもわかる。前髪は目を隠すぐらい。やや長めの髪を後ろで一束にまとめている。伏せ目がちで、無表情。取り立てて醜くもないが、人目を引くということもない。
簡単に言えば、地味な容姿だった。
年かさの女性刑事である今井に従い、女性は取調室の椅子に座る。その間、終始無言。
「よく眠れましたか?」
「はい」
「昨日は夜遅かったのですぐに終わったけど、今日はじっくりと聞かせてもらいます」
「はい」
それまで眉間にしわを寄せ、女性をにらんでいた今井刑事は不意に笑みを漏らした。女性の素直な態度に好感を持ったのだろう。
今井は女性の向かいに座り、資料を取り出した。
「まず確認。名前は『H』で、スーパーのレジ打ち店員。あっているわね」
「はい」
「事件ですが、昨日20時30分に仕事を終え、帰宅。その後徒歩で自宅に向かう。そして、20時37分、小沢ら六名の乗ったワンボックスカーが近づき、無理矢理に車内に連れ込まれた」
「はい」
今井は話を止めた。ちょっとおかしい。Hに動揺する気配が見えない。昨夜もそうだという報告だったが、レイプによる恐怖で泣き叫んだり、怯えたり、茫然自失であったりと、今まで多かったケースに見られるような行動がない。
さらに、五人殺害という事実をH本人が認めているのに、それに対しての感情というものが表に現れてこない。
何事もなかったかのようにふるまい、能面のように表情を変えずにいる。
今井は思い直した。ショックのあまり、感情が麻痺してしまったためだ、と。もし感情が動き出し、事実の重さを認識したのなら、その重さに耐えられるはずがなかった。
「いいですか?」
Hの方から話が切り出された。
「なんです?」
「あの、生き残った人は、ここにいるのですか?」
「そうね、実際は被害者だけど、原因が原因だからね。今も拘置して……もうすぐ取調べかしら」
「そうですか」
ここで、Hは口端を吊り上げた。
よく見ていないと気がつかないほど微妙なものだったが、確かに笑っていた。
今井刑事は咳払いをした。
「ところで、あなたはどうやって、五人もの人を殺害したのかしら。見たところ、そんなことをするようには見えないけれど」
「説明します」
「できる所まででいいから、ゆっくりと、話してくれればいいからね」




