H逃走-3
「もしもし」
どうした?
「交通事故です。確か……から山道に入り、筑豊山地に向かって南下していたところですね」
Hだな? 戸口巡査はどうした?
「それが、シートベルトが外れてしまいまして。戸口さんは、えっと、説明しないほうがいいかもしれませんね」
H、貴様の位置は特定した! 捕まえてやる!
「これはうかつでした。でもSさんは、宗像事件のとき、逃げ出しましたよ。S君から才能を譲ってもらった私が、逃げきれないわけが無いでしょう? それでは、私はこの辺で」
待て! H!
既に止まっているエンジンのキーを回し、offにしてから鍵を引き抜いた。
死ぬとは考えていなかった。
Sがヤクザ事務所に乗り込んだときも、自分が死ぬとは考えなかったかのように。これは推測ではなく、S本人から聞いた。
小脇に自分の服を抱えているが、警察官の姿というのは意外と目立つ。どこかで新しい服を調達したい。動かなくなったミニパトを後に、道なりに歩き出した。
そういえば、昨日逮捕されたときに持ち物を全て没収されたのだった。今頃それを思い出し、持ってくるべきだったと後悔した。
財布には多少の金と保険証、親の引き出しから取ってきた自分のキャッシュカードも入っていた。
よく考えれば、カードを使えば自分の居場所が警察にわかってしまう。
携帯電話も同じ。それほど上等な物ではないけれど。
改めて、自分の姿を見る。山道を徒歩で歩く女性警官。
慌てて森の中に入る。不自然にも程があるというものだ。あのまま歩いていたら、すぐに捕まってしまう。
Sのように、うまくいかないようだ。
森の中は薄暗かった。
雨にぬれるし、足元もぬかるんで歩きにくい。外からエンジン音が聞こえてくると、思わず身を低くし、茂みに隠れてしまう。聞こえてきたエンジン音の正体が一般の乗用車だとわかるまで、安心できない。
どこまで歩いたかわからないが、雨は止んだようだ。
しかし森の中は霧が立ち込め、皮膚に湿り気がまとわりつく。
冷たいし、不快だ。
おまけに視界も悪い。歩きにくくて、その分体力も削られる。
それでも、進んでいくうちに『逃げられる』という確信めいたものは強くなっていく。Sは、これよりも大勢の警察の囲まれても、逃げおおせることができた。
もし、これが気のせいでなく、本当にSの才能が自分に譲渡されたのなら、必ず逃げ切れる! そして、胸のうちに溜め込んでおいたものを全て吐き出し『敵』を倒しに行くことができる。例え勝てなくとも、思い知らせることぐらいできる。
そのためにも、こんな場所で逮捕されるわけには行かない。
「それにしても、寒いなぁ」




