H逃走-1
福岡県南部に向かう山道をミニパトが軽快に走っていた。
途中無線が入り、自分たちに呼びかけがあったが、答えずにいた。
左右を森に挟まれた山道は続いているが、筑豊山地にまでは到達していない。
助手席には自分と同じ姿の警官が座っていた。
彼女は眠っていた。ミニパトを発進させる際に銃のグリップで頭を強打したからだ。ちなみに、彼女の銃と予備の弾は取り上げてある。
彼女といっしょに乗っていたはずの女性警官は、発進時に死んでしまった。彼女を車から降ろし、銃口を胸に直接当てた状態で引き金を引いたからだ。
いわゆるゼロ距離射撃。
心臓を打ち抜き、即死させたという自信はあった。
助手席の婦警は自分が乗り込むと、騒ぎ出し、自分に襲い掛かった。
逮捕するつもりだったのだろうが、無駄だった。女性警官を助手席に押し戻し、頭を殴って気絶させた。
山道が下り坂に差し掛かり、それまでカーブの多かった道は直線になった。
引きこもっていた期間が長かったため、久しぶりの運転には不安を覚えたが、今では慣れてしまったらしい。
今では、とても解放された気分だった。
できないことができた。
いつも、自分に付きまとう白い視線に悩まされず、おびえずに暮らせる……。
暮らせる……?
昨日と今日で、あれだけやってきたのに?
雨が止んだようだ。路肩に車を止めて、窓を開けた。
少し降っていたが、警察署から出た時ほどではなかった。
苦笑いが出た。
まだ、普通に暮らせると思っていたのだろうか。
確かに、中学や高校のとき、教室内にいて周りは友達や彼氏彼女同士でしゃべっている。そうでない連中もいる。でも、彼らと自分は違っていた。
校則どおりの真面目な服装に、びん底メガネ、ダサい髪型。メガネを取れば美人かといえば、そんなことも無く……可愛いといってくれた人は『一人だけ』いた……とにかく目立たない。
クラスに所属しているものの、自分の周りにバリアが張っているかのよう。周りと遮断されている気になってくる。ちなみに、席は真ん中あたりが多かった気がする。
バラエティ番組で、人気のお笑いコンビが……そんなの知らない。昨日のプロ野球の結果……見てない。
今度の連休に何人かで遊びに行く……私は行かせてもらえない。本当は行きたいけど、仲間に入れてもらえない。
椅子に座っているだけなのに、居心地が悪い。逃げたい。
ここは、自分のいるべき場所ではないように思う、けど、どこにも行く場所がない。拒絶されているのがわかる。そういう空気が周りから自分に向かって流れ込んでくる。
自分は一人なのだ。孤独なのだ。今自分がいるこの場が、それを浮き彫りにし、自分自身に見せ付けてくる。
回想は終わった。
窓を閉める。助手席の女性警官がもうすぐ目を覚ましそうな気がする。ミニパトを発進させると同時に、隣の婦警に一瞥をくれる。
無線が入った。
○●署の交通課××号機、応答せよ!
聞き覚えのある声だ。確か、迎という刑事だった。
無線の声は繰り返された。ほっといて、アクセルを踏み込む。
「こちら、交通課の戸口巡査! Hが……」




