母親から話を聞く-2
「このたびは、あの子がご迷惑をおかけしまして。なんとお詫びしてよいやら」
「いえいえ。そんなことより、お話を聞かせてもらえますか? 申し遅れました。私はこういうものです」
里緒は名刺を渡した。
「弁護士の先生ですか?」
「はい。本当なら、私がHさんの弁護士としてつくはずでした。で、今朝接見に来たものの、入れ違いになってしまいまして」
挨拶もそこそこに、母親の正面には里緒、その横に稲垣が座った。
母親は弁護士が来たということに安心したのだろう。
改めてハンカチで涙を拭き、身を乗り出してきた。
何か言おうとした母親より早く
「緊急時なので、こちらの稲垣刑事も同席させてもらいますが」
「あ、はい。あの、ところで」
母親は話を切り出した。不安な気持ちを隠そうとしない、弱弱しい口調だった。
考えてみれば、それは当然のこと。
供述書を見せれば、Hがどんなことをしたのかが説明できる。
しかし……。
里緒は頭の中に浮かんでくる憂鬱さを打ち消し、母親の言葉に耳を傾ける。
だが、Hに関して聞こえてくるのは青屋が聞いたことばかり。Hがいかにおとなしくて、虫も殺せないような人間であるかを強調するばかり。里緒は、そんな人間がどうして殺人を犯し、さらに、銃を奪って逃げるか、と反論したくなった。
母親は不意に言葉を切り、深くため息をついた。
「いったい、どうしてこんなことに」
母親は顔を上げようとせず、ぼそりと呟く。部屋に沈黙が漂った。里緒は椅子に座ったままじっと母親を見つめていたが、母親はそれ以上話そうとしない。
隣では、稲垣がそわそわと視線を動かし、落ち着き無く指先を動かしている。
里緒は供述書を開き、Hの発言のページを開いて母親に見せた。母親はにわかに顔を上げ、里緒が指している文章を見る。
そこには『S』という人物がかかれてあった。
母親は供述書をひったくり、食い入るようにそのページに顔を近づける。
里緒が身を乗り出した。
「HさんとSとの接点はありますか?」
「あります……」
母親は供述書を置き、姿勢を正した。里緒と稲垣は息を殺し、じっと母親の言葉を待つ。
「Sが死ぬ前に、コンビニに立てこもりましたよね? そのときに人質にとられた店員が、あの子なのです」
里緒があっと声をあげた。
どこかで見たことがあると思ったら……。
実際のニュースでは、人質の顔にはモザイクがかけられていた。したがって、テレビでSの事件の顛末を見守っていた人には、Hの名前は知らされていたが、顔は画面に映ることはなかったのだった。もっとも、事件中はずっとコンビニ内に閉じ込められていたのだが。
とはいえ、地上波テレビだけでなく今では、BS、CS、インターネットなど色々な放送メディアがある。その中のひとつにHの顔をそのまま映したものもあるだろう。もちろん、地上波ニュースでもHの顔、または顔写真をわずかな時間でも映した所もあるだろう。




