現場到着 3-3
「よく読んで。Hは自分に襲い掛かってきた男五人を殺しているのよ。事情を知らない婦警
パトカーから降ろすことができたら、一瞬で終るわ。銃があるし。それに、Hは『Sに出来ることは、自分にも出来る』と言っている。そして、その言葉通りに、この取調室で暴れてみせた」
迎と稲垣の顔色が悪くなった。
「それでは、俺たちはまた『殺しの天才、S』を、追うことになるんですか?」
不安げな顔を見せる刑事ふたりだが、里緒は軽く微笑み、小刻みに首を振った。
「そうはならないと思う。本当に、Sから才能を受け継いでいたとしても、肉体が女から男になったわけでも、マグナム弾を使う銃を持っているわけでもないのよ。それに才能の譲渡なんて出来るわけがない。さて」
里緒は刑事二人に向き直る。
「今、出ているパトカーに無線を流して、全員が乗っていることを確認したほうがいいな。万が一、私の推理が当たっているとも限らないから」
「私がやります。HとSとの関係も探ってみましょう」
「そうね、お願い」
迎が席を外し、部屋を出た。
里緒は稲垣に向き直る。稲垣の表情も軽薄なものは消え去り、引き締まった表情を見せている。それを見た里緒は口元に薄笑いを浮かべた。
「氷高先生、我々は」
「Hのご家族に連絡して、事実を話すしかない。Hの捜索はまだ時間が……」
里緒は発言の最中に、不意に言葉を切り、口元に手を当てた。
一方、稲垣は今の里緒の動作の意味を計りかねていた。
「Hの捜索なら、既に検問がしかれています」
「違うよ。Hの脱走から時間が経っていないから急げば、と思ったけど、本当にSの才能を引き継いだとしたら、もう遅いかも」
「どうして?」
「Sは宗像事件のとき、多数の警察から逃れて、さらに長期にわたって潜伏した。Sに及ばないとはいえ、Hも似たようなことができるかも知れないでしょう。既に何らかの方法で逃げているに違いないわ」
「大丈夫ですよ。Sの事件以来、警察もそれなりの訓練を重ねました」
「だといいけど」
稲垣の楽観的な声を、里緒は額面通りに受け止めることができなかった。
「今はできることからしようか。とにかく、Hがどんな人物か知る必要があるから、Hの身辺は洗っておくほうがいいわね」
「それなら今、Hの母親が来ていて、青屋刑事が話を聞いています」
里緒がテーブルを叩いた。
「どうしてそれを早く言わないの!」
「すみません」
「稲垣君、その部屋はどこ?」
稲垣から場所を教えられると、里緒は議事録を手に、足早に部屋から出た。彼女の後ろを慌てて追いかけた。




